第30話


「面妖な……。何者かは存じませんが、そんな貧相な成りで一体何を為そうと言うのですか?」






 油断なく男に自身の獲物である長刀を向けるキーラ。

 その長刀は修行用の物であるため、刃引きされていて実戦で使用するものでは決してない。


 そんな獲物を手にするキーラだが、それでも彼女には余裕があった。

 

 こんな貧相な男に負ける訳がない。

 それはおごりなどではなく、ただの事実だ。

 先ほど部下のカラレスに変身していたこの男はキーラの一撃を受け止めたが、その一撃も牽制けんせいの為に放ったもの。さして驚く事ではない。


 そして一合交えてわかったこと。

 この男は大した手合いではない。

 自分一人でも十分に拘束は可能であるし、少し距離こそ離れているものの視界内には同じ隊の仲間も居る。

 万が一さえありはしないだろう。


 なのに――


 男は長刀を構えるキーラに全く恐れることなく、その指をナナへと向けて言う。


「なに、大した用ではない。主からの命でな。その娘を貰いに来た」


「え……私? なんで……」


 突然のご指名、訳も分からず問い返すナナ。

 おそらくはそれは答えてもらうつもりで放った問いではなかったのだろう。

 しかし、男は隠すつもりもないのか律儀にその問いに答える。


「お前はあの男……デッドエンドの支えとなる者なのだろう? ならば、お前を痛めつければあの男はきっと猛る、怒る、そして覚醒する。それこそが我が主の望みだ。ゆえに――」


「――させるとお思いで? ナナさん、後ろへ」


「え、ええ」


 そんな男の言葉をさえぎるようにキーラが言葉を挟む。

 彼女はそうはさせないと、男からナナを守るように彼女を後ろへと下がらせる。



「さて……あなたが何者なのかは存じません。ですが、そちらの要件は概ね理解致しました。その上であえて言わせて頂きましょう。

 ――ナナさんをあなたのような方には渡せません。彼女はあなたの言う通りデッドエンド様の支えとなるお人。そのお人に手を出そうなどと、わたくし達がそれを許すとお思いですか?」


 そんなキーラの言葉と共に、


「キーラ副隊長!!」

「こいつは……一体何者ですか?」

「遠くで見てましたが何やら剣呑な雰囲気。こいつ、敵ですか?」



 悠長に話していたせいだろう。

 少し前まで距離の離れた場所に居たキーラと同じ隊の仲間達だが、今は突然現れた男を取り囲むように円陣を組んでいた。

 

 

「ええ。何者なのかは分かりませんが、敵に相違ありません。この男の言が確かならば、狙いはナナさんのようです」


 そんなキーラの報に仲間達は「んだとぉ……」など怒りに満ちた声を上げる。

 それを確認し、キーラは未だ誰かも分からぬ男に告げた。



「さて……これでもまだやりますか? あぁ、逃走など許しはしませんのでそのつもりで。わたくしとしては大人しく投降する事をお勧めしますよ? そうすればこちらも手荒な真似は――」


 圧倒的優位。

 そう確信したキーラは投降するように男に呼びかけるが、しかし――


「――下らん」


 キーラの言葉をさえぎり、ただ一言「下らん」と男は一蹴する。


「貴様ら有象無象が群れた所でそれがどうした? 投降? 何をたわけた事を。こちらこそ警告してやる。俺の邪魔をするな。邪魔をするようなら一切の容赦はせんぞ」


「んだとぉ……」

「てめぇ……そんなひょろいナリして何調子にのってやがるんだ? あ゛あ゛!?」

「何だ……この自信は……」


 まさに一触即発の空気。

 しかし、それは異様な光景だった。

 屈強な隊員達に取り囲まれている貧相な男。


 傍から見れば勝敗など見えていると言うのに、なぜか男の態度は自信に満ちているのだ。


 そうして、数瞬のにらみ合いの中。

 男は何の迷いもなくナナに向けてその一歩を踏み出した。



「――きなさいっ!!」


 そうはさせないとキーラが部下達に号令を送る。


「「「オォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」」」


 キーラの号令を待ってましたと言わんばかりに、隊員たちは男に襲い掛かる。

 その手に持った獲物はキーラと同じく刃引きされた物ではあるが、それでも相手はみすぼらしい貧相な男。短い間とはいえ、デッドエンドに鍛えられた自分達が負ける訳がない。

 

 そんな確信をもっての突撃だったのだが――


「愚かな」


 男はそんな隊員たちの殺気に恐れることなく、



「――落ちよ我が星。この身に宿りて地上にて輝きを示せ」


 そう口にした。

 ――瞬間。



「「「なっ――うおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」


 まとめて吹き飛ぶ第49部隊の隊員達。


「「なっ――」」

 

 それを見ていたキーラとナナは揃えてあり得ないと声を漏らす。

 同じ隊の仲間である第49部隊の仲間達がああもあっさりとやられてしまった。

 無論、その事に対する驚きもあった。


 だが、真に驚いたのはそういう理由ではなく――



「あぁ!? なんだなんだてめぇらぁ!? 揃いも揃って情けねぇなぁっ。ハハハハハハハハハハハハハハァッ――」


 今まさに仲間達を吹き飛ばした男がそんな笑い声をあげる。

 豪快で男らしく、なによりも力強いその声。

 その声を誰よりも知る二人は、だからこそ信じられない。


「シェ……シェロウ……?」

「まさか……どうして……デッドエンド様っ!!」


 そう――。

 そこに居たのは先ほどまでの貧相な男ではない。

 頑強な肉体を持つ男であり、誰よりも強いとキーラが慕う男。


 シェロウ・ザ・デッドエンドの姿がそこにあった。



「あぁ、自己紹介が遅れたなぁ凡夫共」


 そんなキーラ達に向け、デッドエンドは今までに見せた事のないような下卑た笑みを浮かべ、


「オレはメテオレイゲンの首領たるエルハザード様直属の配下、エンウィディア。誰よりも狡猾で残忍なあのお方に仕える、あの方の右腕たる存在だぁ」


 デッドエンドの姿で、その声で。

 エンウィディアと名乗ったその男はそうキーラ達に告げるのだった――


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