第22話


 右足を失ったデッドエンド。

 彼は――まだ立っていた。

 壁に寄りかかりながら、しかしそれでも立っていた。


「……凄い。でも――」


 そう。しかし、それだけだ。

 無論、その傷で倒れまいとするその精神は称賛に値するものだろう。


 なにせデッドエンドは自らの片足を消滅させられたのだ。通常であれば立つ事など出来るはずがない。

 想像を絶する苦痛がデッドエンドを襲っているはずだ。泣き叫び、その痛みだけで絶命したとしてもなんらおかしくない程の手傷をデッドエンドは受けているのだから。


 ゆえに、再び言おう。

 倒れずにイリアを見据えるデッドエンドの精神は称賛に値するものだと。



 ――だが、それで?

 片足だけでまともに戦える訳がない。

 ましてや相手は元帝国軍第五将『イリア・ルージック』だ。


 万全の状態だったとしても勝てるか分からない相手。

 それに片足だけで対抗できるはずがない。

 なのに――


「まだだ。まだ……まだ終わってねぇだろうがっ! 俺はまだ立ってる。こんな所で戦力外通告受けて『はいそうですか』なんて……受け入れられる訳がねぇだろうよぉっ!!」


「それは――」


 それは誤解だと、イリアが口を開こうとしたとき――


『その通りだ』


 ――カッ


 目もくらむような赤の輝きがデッドエンドの身を覆う。

 それこそ星の輝きであり、宿星した星持ちの身体を覆うオーラだ。

 しかし――



「っ!? なに……これ?」


『な……んだ……こりゃぁ……』


 暴風雨のように吹き荒れる赤のオーラ。

 それがデッドエンドの身体から発せられている。

 量が多いとか多くないとか、そんな問題ではない。


 そもそも、こんなものオーラを纏っているという表現すら間違っている。

 これではまるで――


「まるで生きているみたい――」


 変幻自在に荒れ狂う赤のオーラ。

 それはイリアが評した通り、まるで生きているかのようだった。


『あり得ねえ。これで宿星だと? こんなもんまるで――』



 イリアの星であるハシュマダは誰が聞いても分かるくらいに動揺していた。

 それは宿主であるイリアも同様だが、彼のはその比ではないように見える。


 そして、その間もデッドエンドとその星であるアギトの会話は続いていた。


『これしきの事でお前が終わるはずがない。そうだろう?』


「あぁ、そうだ。足の一本や二本がなんだ。俺は誓ったんだよ。必ず守ると。だから――こんな所で足踏みなんて出来る訳がねぇっ」


『当然だ。深手を負った? 敵が強大? ――くだらん……実に下らん。そんな障害など乗り越えればいいだろう。全力を尽くし、覚醒し、成長するのがお前達人間のすばらしさだ』


「分かってんじゃねぇかよアギト。そうさ。意志の力ってのは存外バカにできねえもんだ。可能か不可能か? 出来るか出来ないか? くだらねぇよなぁオイッ! そんなもん知ったことかよっ! やるんだよっ。やらなきゃいけない事があるなら、出来るかできないかじゃなくてやるんだよっ!!」


「だから――」


『ゆえに――』



「――まだだっ! まだ勝負は終わってねぇっ! 勝手に見切り付けてんじゃねぇぞゴラァッ!!」


『――まだだっ! 我らに限界などあろうはずなし。最後には必ず勝つっ!』



 揃って「まだだ」と叫ぶデッドエンドとアギト。

 デッドエンドは器用に片足だけで自身の身体を支え、イリアへと突貫する。



「――正気じゃ……ない」


 その姿はまさに諦めを知らぬ勝利に執着する亡者とでもいうべきもの。

 悲壮な覚悟など抱かず、『ただやれる』と。

 何の根拠もないのにそう信じて疑わない精神がそこにあった。



「――ハシュマダッ!!」


『おうよっ!!』



 イリアの滅びの蹴りがデッドエンドめがけて放たれる。

 威力は保証済み。ゆえに当たれば即死コースで――



「あっ――」



 その時、イリアは自身の失態に気付く。

 全力の一撃。自身が放てる中で最速最強の一撃。

 ゆえに、その一撃はイリア自身にももう止められない。


 そして、この一撃が向かう先はデッドエンドの胴体ど真ん中だ。

 当たればさしものデッドエンドといえど絶命は間違いないだろう。

 単純にデッドエンドがイリアの敵であるのならば何の問題もないのだが、そういう訳でもなし。

 イリアにとってデッドエンドは貴重な戦力だ。

 こんな試しの場で消費させるなど愚の骨頂。

 ゆえに、こんな本気の一撃を繰り出すこと自体が悪手あくしゅ


 それでも、イリアは無意識で全力の一撃を選択していた。

 自分では気付いていないが、イリアは恐怖したのだ。


 シェロウ・ザ・デッドエンド。

 どれだけの劣勢に立たされても『まだやれる』と言って立ち上がる勝利の殉教者。

 そのあまりの異常性にイリアは無意識化で恐怖を抱いていた。



「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ――」


 そんなイリアの葛藤など知るはずもなく、デッドエンドはそんなイリアの全力の一撃を迎え撃つ。


 当たれば消滅するという一撃。ゆえに防御は不可。回避すべき。

 しかし、今の自分は片足立ち。ゆえに機動力などなく回避も不可。

 ならば――


「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――」


 ドォンッ――


「なっ!?」


『んだとぉっ!?』



 デッドエンドはイリアの蹴りに合わせ、自慢の拳をそこに叩きこんだ。

 触れれば滅びると説明を受けたばかりのイリアの蹴りに、自らの拳を合わせたのだ。

 そして――


「きゃぁっ――」



 振りぬかれるデッドエンドの拳。

 不十分な体勢のまま放たれたソレは、イリアの蹴りを押し返した。



「くっ――」


 自身の必殺の蹴りを押し返された事で体勢を大きく崩すイリア。

 幸いと言うべきか、デッドエンドの追撃はない。イリアはデッドエンドの拳が届かない安全圏まで下がる。

 そして――


「今の……は?」


 安全圏まで下がったイリア。

 彼女は先ほどの衝突で起きたあり得ない結果について思考を巡らせ――



「いたっ――」


 ――ようとした所で、その痛みを知覚する。

 デッドエンドへと蹴りを放った右足。

 その右足の、先ほどまさにデッドエンドの拳を受けた箇所が……痛い。


 別に戦闘に支障があるほどの傷ではない。軽い打撲程度の傷だ。

 その痛みの原因は当然、デッドエンドの拳の一撃を受けたから。

 イリアはデッドエンドの方を見て――



「あり得……ない」


 

 イリアの滅びの一撃に確実に触れたであろうデッドエンドの右拳。

 それを見たイリアはそう言葉を漏らしていた。


 理由は単純。

 その右拳が欠片も消滅していなかったからだ。


 全力全開のイリアの一撃を受けてなんともなっていない右拳。

 ある程度の消滅で済んだというなら理解もできるが、全くの無傷と言うのはイリアの想定の内になかった出来事だった。

 だというのに――


「ちっ――やっぱり踏ん張り効かねえと全然力でねぇな……」




 当のデッドエンドは不満げに自身の一撃をそう評価する。

 滅びの一撃を押し返したのにも関わらず、その事を恐怖にも感じず、誇りすらしていないのだ。


「どうして?」


「あ?」


 ゆえに、イリアは尋ねずにはいられなかった。


「どうして……そんな風に立ち向かえるの? イリアの力……さっき見たはず。傷も深いのに……怖くないの?」


「あぁ? んなもん怖いに決まってるだろ」


 あっさりと。

 微塵も怖いと思ってなさそうな顔で、怖いと答えるデッドエンド。


「今も足がジクジク痛むし、気ぃ抜いたら失神しそうになるレベルだ。状況も俺のが圧倒的不利。ここで諦めて退いても一人しか文句は言わねぇだろうな」


「この状況で文句を言う人なんて――」


「――居るさ。オレ自身が……オレに文句をつける」



 断言するデッドエンド。

 万人が仕方ないと言ってくれたとしても、他ならない自分自身が諦めて退くことを良しとしない。

 ゆえに――デッドエンドは退かない。


「オレはぜってぇにメテオレイゲンの奴らをぶっ潰す。なぜなら、奴らが『敵』だからだっ。オレの愛する民を奪う憎き『敵』だからだっ! だから……軍人として、こんな所で勝手に戦力外通告なんてされる訳にはいかねぇんだよっ!!」


 そう。彼こそは――



「オレは――共生国軍第49部隊隊長デッドエンドォッ! オレの大切な宝に手を出す馬鹿に終わりを与える民衆の矛だぁっ!!」


 誇りあるその名を胸に、デッドエンドは拳を構える。


「怖かろうがションベン漏らそうが関係ねぇっ。ただ全力で敵をぶちのめす。それがオレだ。 滅びの星? 重症? んなつまらねぇ事で俺の拳が止まる訳がねぇだろうがぁぁっ!」


 愛する民衆の為、怖くても戦う。

 相手が誰だろうが関係ない。それが民衆の敵だと言うならデッドエンドは神にすら噛みつくだろう。

 ゆえに、滅びの星だの自分が重症を負っているだの、彼にとっては些末な事だった。


「だから――お前に認められなきゃ奴らと戦えないと。そう言うならお前を倒してでもお前にオレを認めさせてやる」


「っだから、それは……ちが――」


 相変わらず何か誤解しているデッドエンド。

 慌てた様子で訂正しようとするイリアだが、心に火がついたデッドエンドはもう止まらない。

 増大する想いの力。諦められない、ここで諦められるかというその想いは――



『そうだ。このようなところで足踏みしている暇はない。ゆえに――覚醒の時だ』



 デッドエンドの星であるアギトにその想いが届く。

 ゆえにこれは必然だろう――覚醒の時だ。

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