第1話『デッドエンドの由来』


「シェロウ。こら、シェロウってば」


 それはとある宿舎の中。

 ベッドにて眠っている黒髪の青年を起こす為、少女は声をかけていた。


「ぐぅ……すぅ……ぐぅ……」


「ほら、シェロウ? 早く起きよう? ね? 私が優しくしている内に起きた方がいいと思うわよ?」


 少女は仕方ないなぁと言わんばかりにその手を青年の肩にのせ、揺さぶる。

 しかし――


「くっくく……ふぅ……すぅ……」


 触れられたのがくすぐったかったのか、青年は身じろぎこそするものの起きる気配はない。

 そうこうしている内に少女のこめかみに怒りマークが浮かび――



「こんの――いい加減に起きなさいってのっ!!」



 少女は眠る青年の尻を力任せに蹴り、場外ベッドの外へと叩きだした。



「あっでぇっ!?」


 当然ながらベッドから叩きだされた青年は床へと激突する。


「――ってぇなぁ……もっと優しく起こせねぇのか? ナナ」


「うっさいわね。アンタがさっさと起きないのが悪いんでしょ、シェロウ」


「へいへい、俺が悪かったよ。」


 青年――シェロウ・ザ・デッドエンドは頭をさすりながら渋々と言った様子で起き上がる。

 

「ただな。この国ではシェロウって呼ぶんじゃねぇよ」


「い、今は別にいいじゃない。ここにはアンタと私しか居ないんだから」


「ああ、それで使い分けがきちんと出来てるんならな」


「なら――」


「でもお前、そういうの無理だろ。この前も身内以外が居る時に俺をシェロウって呼びかけてたじゃねぇか……」


「うっ――」


 そんな言い逃れようのない指摘を受けて少女は――ナナ・ストリングはあからさまにうろたえる。

 ナナは腰まで伸びた自身の美しい黒髪を弄りながら。


「いや、でもさ……ねぇ。本当にそう呼ばなきゃダメ? 正直、一部改名するにしてももっといいのがあると思うんだけど――」


「ハハッ――。ざ~んね~んで~した~~。もう既にここらじゃ俺の『デッドエンド』って名前は知れ渡ってんだよ。恨むなら半年前の自分自身を恨むんだな。オレはきちんと聞いたぜ? 『なぁナナ。なんか俺に相応しいカッコイイ名前ってなんかあるか?』ってなぁ。それをお前は――」


「だからって何よデッドエンドって!? 痛々しくて呼ぶ方も恥ずかしいんだけど!? それなのに当の本人は恥ずかしがるどころか誇らしそうにするし……」


「ハハハハハハ。こういうのはなぁ、堂々としてた方がかっけぇんだよ。恥ずかしそうにションベン漏らすよりも堂々とションベン漏らしてる方がまだカッコもつくだろ?」


「つかないわよ!!」


 そうしてじゃれあうデッドエンドとナナ。

 そんな中、部屋のドアが『きぃっ』と音を立て、新たな来訪者の到来を知らせる。


「――お二人とも、少しはお静かに。外まで聞こえかねない声量でしたよ?」




 現れたのは紫髪の女性だ。

 腰に身の丈ほどもある長刀なぎなたを下げたその女性は、先ほどまでギャアギャアと騒いでいた二人を困ったような顔で眺めている。



「キーラか。いや、だってこいつが――」


「ほら、キーラもハッキリ言ってよ。こいつ、今からでも絶対改名し直すべきだって」


「まったくもう……何度その不毛なやり取りを続ければ気が済むのですか……」


 はぁ……と深いため息をつく紫髪の女性――キーラ・ブリュンステッド。


 その態度は他の二人より格段に大人びており、今の三人を見れば十人中九人はキーラがこの中で最年長だと思うだろう。


 しかし、実際は今も子供みたいにナナと口喧嘩を続けているシェロウこそが三人の中では最年長だ。

 と言っても、シェロウが18歳でナナとキーラは17歳と三人の年齢に大きな差はないのだが。


「そーだそーだ不毛だぞぅ? 俺の『シェロウ』って名前は有名過ぎて一部じゃ知られまくってるからなぁ。だからこそ、この国では俺はただのデッドエンドで通してんだよ。それなのにお前だけシェロウって俺の事を呼んでみろ。聞く奴によっては俺の正体が即バレすっだろうが。もうちょい頭を使えよ頭を――」


「その通りですよナナさん。ただ……それを言うならデッドエンド様ももう少し頭を使われた方が宜しいかと。デッドエンド(出会えば死)など……そんな不吉な名前の方がいる訳もないでしょうに。既に広まっているので致し方ありませんが、聞けば誰でも偽名なのだと分かりますよ?」


「それくらい別にいいだろ? それに偽名じゃねえよ。届け出なんざ出してるわけもねぇが、今の俺の名は紛れもなくデッドエンドだ。俺の大切な民衆たからに手を出す馬鹿野郎共をぶち殺すデッドエンド(出会えば死)。それこそがここ『アンタレルア共生国』での俺だ。帝国軍第九将のシェロウ・ザ・キディランドなんざとっくにおっんでるんだよ」


「全く……そのような事ばかり――」

「本当にアンタって呆れるくらい馬鹿よね。まぁ、そういうのは嫌いじゃないけど……」



 シェロウ、ナナ、キーラ。

 彼らは元々『軍事帝国レスレクチオン』にて各々の生活を送っていた。


 帝国軍第九将……つまりは帝国内で九番目に強いとされているシェロウがナナと辺境の村で出会い、その過程で弱肉強食を是とする帝国のやり方に嫌気が差した彼はナナを連れてアンタレルア共生国へと亡命した。

 それをシェロウと同じ隊で副隊長を務めていたキーラが追って来て――そうして今の三人がある。



「はぁ……仕方ないなぁ。はいはい降参。私が悪かったわよ…………デッドエンド。うぅ……これに慣れなきゃいけないのかぁ。やっぱ無理でしょ」


 お手上げという感じで両手を軽く上げながらそう呟くナナ。

 彼女がデッドエンドという改名後の名前を呼んだ回数は既に十を軽く超えているはずだが、それでも一般的な感性の持ち主だからか未だに恥ずかしいらしい。


 なので、彼女がデッドエンドの事を基本的に何と呼ぶかと言えば――



「ほら、隊のみんなも既に食べ始めてるんだからアンタも早く降りてきてよね」


 まさかのアンタ呼びである。


「いや結局ソレかよ。まぁ構わねぇけど」


「ふふっ。ナナさんのご飯は美味しゅうございますからね。手早く支度して降りましょうか。

 ――時にデッドエンド様。朝の奉仕や着替えなどの手助けは必要ですか? もし必要ならば不肖このキーラめがお手伝い致しますが――」


「はいはい。そういうのは夜にやってよね。全く……キーラはこいつの何がいいんだか……ぶつぶつ……」


 そうしたやり取りを終え。

 今日もデッドエンド達の一日が始まるのだった――

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