05話.[逃げてしまった]

「一青君、ちょっとお願いしたいことがあるんだけどいいか――一青君っ?」

「あ、出し忘れていた物を思い出した、今日も混むでしょうからちゃんと準備しておかなければならないですよね」


 危ない危ない、苦労することになるのは自分だからちゃんと思い出せてよかった。

 いやでも俺もすっかりここで働くメンバーとしてちゃんとやれている気がする、これはいいことだと断言できる。

 人付き合いが少し苦手な人間でもできる内容と、土日だけでもこれまでを考えたら遥かに多い金を得ることができるわけだから最高だろう。

 ま、それは前も言ったように店長がこんな感じでいてくれているからだ、だから話を聞いてやりたいが嫌な予感がしてついつい逃げてしまった。

 最近は逃げ癖がついているというのもある、理央からではなく諸永から逃げているから少しのやりづらさはあった。


「ま、真面目にやってくれるのはありがたいけど話を聞いてもらえるともっとありがたいかなって……」

「娘さんのこととか言わないですよね?」

「あれ、よく分かったねっ、そう、日出美の――ああ!」


 冷凍庫から必要な物を取り出して持って行こうとしたタイミングで制服に着替えた諸永がやって来た、娘のことなら諸永の方が役に立てるだろうから固まっている店長には触れずに移動する。


「も、諸永さん、ちょっと話を聞いてくれないかな?」

「私でよければ聞きますよ、日出美ちゃんのことなら私も興味がありますし」


 会ったばかりの人間にすぐに興味を抱けるのはある意味才能だと思う、少なくとも俺にはできないことをしている。


「ありがとうっ、いやぁ、いつもは優しい一青君がなんでかこのことに関してだけは冷たいからさぁ」

「色々あるんじゃないですか、中学生と高校生ということで一緒に過ごしづらいのかもしれません」

「なるほど、じゃあ来年になったら大丈夫かな?」


 来年になっても変わらないし、なにより時間が経過してからあの子が近づいてくる可能性はほぼないと言ってもいい。

 俺の本当のところを知ったからだ、無視をするような人間のところに敢えて行こうとするならMとしか言いようがない。


「一青ですからね、来年でも再来年でもその先でも変わらないと思いますよ、だって私からも逃げるぐらいなんですよ?」

「え!? もう、一青君ってどうしてそうなんだろう……」

「勝手に悪く考えて離れたりするんですよ、まあ、その点は私も似たようなものですけどね」


 ちなみに逃げているのもあるが、彼女が近づいてきていないというのもあった。

 良くも悪くも理央が中心で、理央が俺のところに来なければそんなものなのだ。


「私はそんな一青とでも一緒にいたいと思っていますけどね」

「ふふ、やっぱりそういう感じなんだ?」

「あ、別に好意を抱いているとかそういうわけでは、でも、どうせなら仲良くできた方がいいじゃないですか」


 最後まで付き合おうとするな、ちゃんと聞いて答えてしまったらお喋り好きな店長は喋り続けてしまう。

 そういう話は違うところでやってほしい、関係ない人間に聞こえるようにはしないでほしい。


「そうだね、一青君、頑張ってね」

「名字を間違っていますよ、諸永さん、でしょう?」

「ううん、だって頑張らなければいけないのは一青君だから、勝手に悪く考えて諦めてしまうなんてもったいないよ」


 駄目だこりゃ、もうさっさと準備をしてお客が来るのを待とう。

 仕事の話だけしておけばいい、そしてそれを守れる自信がある。

 理央以外とは必要最低限のことだけを話してきた人間なのだ、いまからもそれができないわけがなかった。


「今日も少ないですね」

「あ、確か近くに新しいお店が出来たって話を聞いたんだよね、しかもここと同じような感じの料理が食べられるお店がさ」

「落ち着いたらまた来てくれるでしょうか」

「どうだろうね、一応、長くやっているから気に入ってくれているお客さんは来てくれると信じたいけど……」


 チェーン店というわけでもないから自分達でなんとかしなければならない、変わらないと言えば聞こえはいいがお客からすれば少しずつでも変化がないと物足りなくなる可能性がある。

 で、そういうことを店長がやっているとは思えなかった。


「でも、僕達は僕達らしくやっていくしかないね」

「スタンスは変えないということですか?」

「うん、焦って変えても悪くなるだけだと思うんだ……と言いたいところだけど、本当のところは怖いんだよ」

「なるほど、俺には分からないのでとにかくやれることを頑張ります」

「うん、頑張ろう」


 自意識過剰というわけでもない、何故か諸永から見られていたがスルーして意識を切り替えた。

 ただ、どうせ理央や最近のことについてだからいちいち聞かなくても分かってしまうというのはなんとも言えないところだった。


「一青、休憩時間に話がしたい、ここでぐらいは逃げずにいてくれるわよね?」

「頼んでいるんじゃなくてほとんど命令みたいなものだよな」

「命令ではないわ、でも、あんたは逃げないって言ってくれたのに最近は違うでしょ?」

「同じじゃねえかよ……、ま、休憩時間になったらな」

「足りなかったら終わった後にも付き合ってもらうから」


 だから命令だろそれは、自分がする分にはそういうことにはならないとか言い出さないでほしいがどうだろうか。

 まあいい、今回だけはちゃんと話し合うことで終わらせようと決めた。




「なあ諸永、もう二十時近くになるんだけどまだ終わらないのか?」

「この件は私とあんたの問題と言うより理央とあんたの問題だからね、理央が来るまで待っているのよ」

「じゃあ諸永はいらなくないか?」

「私が見ておかないとどうせあんたは帰るでしょうが」

「一応バイトで疲れているんだけどな……」


 バイトのときは休憩時間が十五時とかなのもあって昼ご飯を食べたりはしない、その状態で追加で働けばそりゃ腹は減ってくる。

 母はそれでも弁当を作ると最初ははりきっていたがそれからは逃げ続けた結果、言ってくることはなくなった。

 あ、手伝わせてくれないのはそれも影響しているのかと気づいたものの、いまは母のことよりもこっちに集中しなければならない。


「別にこれなら約束の時間までそれぞれの家にいればよかっただろ、今回はちゃんと付き合うつもりでいたんだけどな」

「今回はということはこれからは付き合ってくれないの?」

「諸永は理央とか他の友達といればいいし、理央は諸永といればいいだろ」

「……なんですぐにそうなるのよ」

「こういうことで無駄に体力を消費したくないんだよ、普通だろ」


 よかった点は微妙な空気で満たされる前に目的の人物が来てくれたということだ。

 だが、集まったところでどうするよという話だった、俺から言えることはなにもないし、言いたいことも特にない。


「りょ、涼成、この前はごめん」

「よし、じゃあ終わりだな、解――」

「なわけないでしょ、なに終わらせようとしているのよ」


 そもそも彼女が彼の好意に気づいておきながらはっきりしておかなかったからこんなことになっているわけで、彼女が偉そうにできることではない。

 そこを勘違いしてはならない、ちょっとしたことで相手に与える影響力というのがでかいのだから気をつけて行動をするべきだと思う。

 このままでは俺は叩かれ損だ、そして俺がそういう状態になっているときに二人が踏み込むことで関係が変わっていく。

 ちょっとこれは納得がいかないよな、そういうことがなければ付き合おうが性行為をしてくれようがどうでもいいというのに……。


「俺と理央の問題だったんだろ? いくら不満が溜まっていようと物理的に手を出したらその人間が悪いことになる、で、悪いことをしてしまった理央が謝ってきたとなれば終わりだろ」

「はぁ、理央、一青を捕まえておいて」

「わ、分かった」


 俺なんか捕まえてどうするよ、持ち上げたり揺さぶったところでなにかが手に入るわけではない。

 金もこの前みたいなことにならないよう、置いてきているから二人にとって無駄な言葉しか出てこない。


「さて、理央との件はこれで終わったからいいとして、問題なのは私とあんたのことよね」

「逃げないはずなのに逃げていたよね」

「理央のせいだけどな、ただ普通に一緒にいるだけでも勘違いされていたらやっていられないだろ」


 手を離させて少し離れる、この前と同じで雨が降っているから極端に離れることができないのは残念だと言えた。

 でも、俺はここまで付き合ったのだ、逃げないと分かっているはずなのにまるで問題児が相手のときみたいな接し方をするのは違う。


「詩舞は知らないだろうけど僕の好きな子は涼成のことが好きだったんだ。当然、そんな状態で告白をすれば振られることは分かっていた、でも、告白をしないという選択はできなかった」

「それで?」

「涼成が受け入れてくれればまだ救いはあった、だけど全く考えることもしないで『悪い』と即答で……」

「もしかして八つ当たりをしたってこと?」

「……うん、そんな感じかな」


 俺にとってのテロ度で言ったらそのときが一番か、そのせいで無駄に喧嘩をすることになって一緒にいられない空白の期間ができた。

 俺だってそうなるかもしれないからあまり言いたくはないが、告白された側も色々影響を受けるということを分かってほしい。

 というか、これだけ異性がいるのにどうしてそうやって被ってしまうのかという話だった。


「なにをしているの、もうその時点で答えが出てしまっているようなものじゃない」

「いつまでも子どものままなんだよ、だけど今回はっ、……今回は同じようにしたくないと思って積極的にアピールをしていたんだけど結局……」

「私だってちゃんと関わり始める前みたいにはしたくなくて積極的に一青に話しかけていたわ、でも、自分とは関係ないことで上手くいかなくてもやもやしていたの」


 噛み合ってねえな、このままではいつまた暴走するかが分からない、今度は叩く程度ではなく殴られるかもしれない。

 ただ、逃げようものなら彼女もまた同じようにしてくるからどうしようもない、どうしようもなくないならこうはなっていないだろう。

 結局、俺が彼女に対して強気に対応することができるまではずっとこのままだ。


「僕のせいだよね……」

「理央のせいというか……まあ、もし重なっていなかったらいまの時点で変わっていたのかなって考えるときはあるわよ」

「はは、同じようなものじゃん」

「つ、つかね、一青も悪いのよっ、私は理央や日出美ちゃんじゃないのにいちいち逃げたりするのが悪いのっ」

「そうだそうだっ、なんで詩舞からも逃げたんだよっ」


 なんだこいつらは、空腹度が高すぎて爆発してしまいそうだから帰るか。

 なにかを言って空気を悪くするぐらいなら云々と再度内で呟いてから帰ろうとしたら腕を掴まれて無理になった、諸永はともかく部活をやっている理央に掴まれれば当然と言えるが。


「腹が減った、だから帰りたい」

「じゃあ涼成のお家に行こう」

「そ、そうね」

「それでいいからもう帰ろうぜ、バイトの後にこれは流石に疲れる」


 違う方向で彼に対してはっきりとしてしまった彼女のせいでこれからも微妙なことが続きそうだった。

 だが、ゴールは同じだからそこに辿り着くのを待っているだけでいいのは気楽でいられるというものだった。




「まだ起きてる?」

「理央はどうした」


 電気を消して寝ようとしたタイミングで廊下から声をかけられた、これならまだ理央の方がよかった。


「もう寝たわよ」

「入ってこいよ、別になにか変なことをしたりはしない」


 わざわざ家に着替えを取りに行ってまでする価値はないよな、普通ならそうなるはずなのに二人は馬鹿な選択をした形となる。

 父がいたときの家のままだから部屋数はそれなりにあるが、時間をつぶせるような娯楽物は一切ないからおかしい。


「寝転んでいいか、それと電気も消していいか?」

「うん、話すだけなら電気、もったいないからね」


 特に忙しくなくてもずっと立っていれば普通に疲れるから昔よりもこうしていられる時間が好きになっていた。

 突っ立ったままの彼女には椅子に座らせて一応意識を向けておく。


「……私がこのままだと嫌なんだけどって言ったときのこと覚えている?」

「当たり前だろ、馬鹿にしているのか?」


 流石にこの短期間で忘れたりはしない、なんかもう理央と一緒で言葉で叩きたいだけだろこれもう……。


「ち、違うわよ、で、あんたは分かってくれていなかったわよね」

「あのときも言ったけど異性に奢ってもらう前提で――」

「だ、だからさっ、……どうでもいいとかまるで自分は全く関係ないみたいに言ってくるのが嫌なの」


 ちゃんと答えているつもりなのだろうが、いまでも分かりづらかった。

 まあ、どうでもいいという発言は半分は本当のことだがあれは言葉選びに失敗をしていただけでもあるのだ、こうなっていることからも失敗していたということがよく分かるし、反省している。

 実際に言葉として吐き出すには、それを相手にぶつけるとなれば気になってしまうだろう、俺だって「どうでもいいけど」なんて言われたら不満が出てくる。


「もうちょっと分かりやすく教えてくれ、でも、それすらも面倒くさいなら離れた方がいい」

「えっと……つまり興味を持ってほしいってことよ! 私に……さ」

「よくそんなことを言えるな」

「あ、あんたが分かりやすく言えって言ったんでしょうが!」


 とりあえずハイテンションの娘さんを静かにさせて扉を開けた、そうしたら左には母が、右には理央がいてため息をついた。


「「涼成は駄目だ、女の子にそこまでやらせるなんて失格だ」」

「合わせる練習でもしていたのか? そんな無駄なことをしていないでさっさと寝た方が自分のためになるだろ」

「「なんで涼成ってこうなんだろう……」」


 なんで最近の俺はここまで自由に言われているのだろうか、感情的になって言い返そうとしないとか偉すぎるだろ俺。


「なに勝手に聞いているのよ」

「いや、それは諸永が言えることじゃないと思うぞ」

「う、うるさいわよっ」


 物理的にうるさいのは彼女の方だ、そんなことを言おうものなら酷いことになりそうだったからやめた。

 とりあえず野次馬二人を戻らせて彼女に後悔したとか言わないならそうすると答えておいた。


「少なくとも八つ当たりをしたりはしないと誓うわ」

「そうか、じゃあ……待て、こういうときに俺はどうしたらいいんだ?」

「え、人として興味を持ってという話だからそう難しい話じゃないでしょ」

「でも、異性に対しては初めてだからな、なにが正解なんだよ」

「まさかここまでとは……」


 俺なんてそんなものだ、というか分かっているはずだろ。

 意識して行動をしたらこっちも勝手に変わっていくだなんて願望を抱いているのであればいますぐにやめた方がいい、俺が勝手にいい方に変わるわけがないだろうがと言いたくなる。


「ふぅ、それなら私が頑張るからあんたはそれを受け入れて、逃げずに相手をしてくれればいいから」

「まあ、それぐらいならできるな、ただ、理央はどうするんだ?」

「理央には悪いけどとりあえずいまはあんたに集中させてもらうわ、私はどっちも上手くとかできないからね」

「じゃあちゃんと言っておいてくれ」


 不満が溜まっても叩かれるのはどうせ俺だ、これで彼女を叩くようなら今度は許せなくなるからそれでいいと言えばいいのだが。


「じゃ、そろそろ寝ないとな」

「もうちょっと付き合って」

「なら一階に行こう、流石にこのままは不味いだろ」


 なら一階に行こうじゃねえんだよ、明日も学校があるわけだから寝なければならないのだ。

 寝不足状態で学校になんか行きたくないし、なんだかんだそこまで大変でもないのに金を得られるあそこを辞めたくはないから頑張らなければならない。

 でも、寝不足状態で授業を受けると頭に入らずにどこかにいってしまうから避けたいのだ。


「あ、やっぱり? そもそもあんたの家に泊まることを決めた時点でちょっとやばいかもなんて思っていたんだよね」

「なら送るから帰れよ」

「それは嫌よ、いいから付き合って」

「理央とお似合いだ、もう付き合ったらどうだ?」

「そういうのも嫌、余計なことを言わずに付き合いなさい」


 Sだなこれ、言葉で攻めてゾクゾクしていそうだった、俺はMではないからやるにしても理央相手にしてもらいたい。


「あとさ、日出美ちゃんにもちゃんと付き合ってあげて、あんたなら余裕でしょ?」

「いや、あの子は怖いんだよ、あの子といるぐらいなら諸永と過ごす」

「誰かと比べて○○だから私と過ごすと言われても喜びづらいんだけど……」


 この前みたいに無視をしないとかそういうレベルならいいが、ちゃんと相手をするということになると話が変わってくる。

 連絡先を交換しているわけでもなく家を知っているわけでもない、あっちから来ない限りは会えない相手だから意識を変える必要はないと思う。


「俺の口からそうやって出ているだけでこれまでとは違うだろ」

「ん? うーん、そうなのかな……」


 そうだよ、まあ、一緒にいることで叩かれたりなんかもするが悪いことばかりでもないから違ってくるわけで、ただ、なんかそのまま言うのは違う気がするからそうだと答えておいた。

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