36.恒星系離脱―5『月月火水木金金―1』

「そ、それじゃ、その能田沙友理って方は、えと……飛行一科のパイロット……さんと一緒にこのフネから逃げちゃったんですか!?」

 アタシは言った。てか叫んでた。

 驚天動地ちょ~ビックリと言うか、すぐには信じられない内容だったから、思いきり声が上ずってたかもしれない。

「ちょ……! 深雪ちゃん、声が大きい!」

 唇の前で人指し指を『静かに』と立てられ、『あ』とアタシも反射的に口許をおさえる。

 今の時刻は(艦内時間で)〇五三〇時。

 世間的に言うところの午前五時三〇分。

 日の出、日没がない――昼も夜もない航宙船にあっても早朝とされてる時間で、かつ、今いる場所は兵員室、自分のベッドの前だった。

 いくら防音がされてるからって、勤務あけで寝てる人もいるんだ。わぁわぁ騒いでいい場所じゃない。

 真向かいに立つ同室の先輩――実村曹長に、ぺこぺこ頭を下げて謝った。


――実村よし子曹長は、飛行二科のひと。

 アタシがここに辿り着いた時、乗っていた短艇の収容作業を担当したドッキングオペレーターでもあった。

 長めの髪をざっくりとした三つ編みに編んでて、美人だけどもほぼスッピン。

 清潔さを保つことには気をつかっても、お化粧とかには特に興味がない感じ。

 見かけ通りにさばさばカラッとしていて、かつ、とっても面倒見がいい人だ。

 なんか(ちかい将来の)アタシの姿みたいだなぁ、なんて、ね。アハハ……。

 弟さんが三人いるそうで、アタシは妹みたいな感じで可愛がってもらってる。

 でね? 何かとやり合う事も多いけど、御宅曹長とは同期で仲が良いみたいなんだ。

 アタシをめぐる賭けの件で言い合ってる現場に居合わせた時はオロオロしたけどね。

 って、

 そうじゃない! そうなんだけれどもそうじゃないのよ!

 え~っとね、

 このフネに乗り組んでからというもの、アタシは日に一六時間働いてるのね。

 いや、仕事時間は八時間って決められていて、その点はアタシも変わらない。

 ブラックだとかイヂメじゃないの。内容的には実家の手伝いよりもはるかに楽だし。

 あぁ、もちろん、クリーチャーがクダ巻く地獄行きの時間はあるけど、それはそれ。

 宇宙軍での艦船乗員たちの一日は、『課業→休憩→自由→課業』の繰り返し。

 その課業、一直八時間をアタシは連続で勤めてるから一六時間勤務なワケ。

 これも一種の残業って言っていいのかなぁ。厳密にいえば訓練なワケだし。

 なんか違うな……って、そう、特訓! 或いは修行とかの方がピッタリね。

 だって、アタシ、このフネで一番の下っ端って以前にドシロウトじゃない?

 いざという時、自分の身は自分で守るどころか人様に迷惑かけかねないわ。

 だったらヤルっきゃないよね。覚えて慣れて、とにかく一日でも早く一人前……はムリでも半人前くらいには育たなきゃいけない。

 さすがにご飯とお風呂は欠かせないけど、それ以外は(可能な限り)パス! 休憩時間だからとノンビリ休んでなんていられない!

 てなワケで自分から志願し、決められた倍の時間働いてるんだけど、やっぱね、他の人からしたら『可哀想』って思うらしいんだ。

 違うけどね。

 中尉殿はモチロン、御宅曹長だって、『そこまでする必要はないわ』とか、『ムリがたたって倒れられる方が困るんだぜ』とか、言い方はそれぞれだけれど、アタシのことを心配してくれて、でも、アタシの特訓につき合ってくれている。

 失敗したって頭ごなしに叱られないし、怒り顔もイヤミな言葉も向けられたことがない。

 我慢強く指導してくれ、でもって、アタシがちゃんと出来るようになったら一緒に喜んでくれるんだ。

 ホント、上官に恵まれたっていうか、申し訳ないのと有り難いのとで、変かもしれないけれど毎日が楽しい。

 楽しいんだよ。ホントだよ?

 だから、アタシのことを心配してくれる人たちには申し訳ないけど、傍目はためには過酷に見えるのかも知れない今の状況は、アタシの生存率を上げるため必要なんだし、本人的にはむしろ楽。レッドカードを喰らうまでの暮らしに較べたら、ぶっちゃけ、月とスッポン、天と地ほどの開きがある。

 それくらいにさぁ、農家の仕事量なめんなって言うか、生命の危険さえなかったら、軍隊暮らしなんて天国よ天国。ホッホッホ……って感じ。

 ま、天国は言いすぎかもしれないけれど、そういうワケ(?)で、今日、目が覚めて、出来るだけ物音をたてないように注意しながら身支度みじたくをして、そんで自分のベッドスペースから頭をつきだしたら、そこでバッタリ実村曹長とご対面した。

 で、

 あいさつをかわし、世間話や、かるい情報交換をして――それじゃあ失礼しますと兵員室をあとに出勤しようとしたところで実村曹長に謝られたの。

 いかにも申し訳なさそうな口調で、『ゴメンねぇ』と。

『え?』と思わず固まっちゃった。

 ちょうど扉を通り抜けるとこだったから、開いた扉がふたたび閉まる――それに危うくゴッツンコされるとこだった。

 困惑したわよ当然よ。

 ワケわかんないもの。

 こっちが謝るんならともかく、仮にも曹長――目上の人に謝られる覚えなんかカケラも無い。

 所属している科も違うしね……って、ああ、そういえばそうだった。

 乗艦早々、初対面で挨拶した際、いきなり実村曹長にしかられたっけ。

『飛行二科の実村曹長よ。この兵員室の室長でもあるけど、堅苦しいのは嫌いだから、普通にルームメイトとして接してくれてかまわないわ』

 そう言ってくれたのに、

『ひ、飛行科の実村曹長ですね。田仲深雪い、一等兵です。よ、よろしくお願いいたします!』って返したら、

『飛行科よ! 一科の連中と一緒にしないでちょうだい。不愉快だわ!』って怒鳴りつけられたのよね。

 すぐ直後、ハッと我に返ったような顔で謝られたけど、言われてみれば、それは確かに実村曹長が怒るのももっとも。

 誰だって、と『おなかま』です、なぁんて思われたくはないものね。

 そもそも、飛行科に一科とか二科の区分は無い。

 それをが一科、

 を二科、

――このフネの中ローカルルールで不文律として定められてあるのは、つまりはそういう事であるんだろう。

 ま、それはともかく、

「え? え? 何がどうされたんですか? あの、アタシ、何かやらかしちゃいました?」

 朝っぱらからイキナリ血の気が引いた。

 謝られてるのに、自分の方が、きっと何かどこかでしくじった結果だろうと思って冷や汗がでた。

 うわぁ、うわぁ、の科の、それも階級くらいが上の人にアタシ何かやっちゃったぁ、って。しかも相手が相部屋の室長だよ。最悪ぅ、ってサ。

 でも、

「ううん。そうじゃないの。深雪ちゃんが何かをしたんじゃない。逆にわたしの方が何もできなかった。結果、深雪ちゃんが今、そんな風に苦労しなくちゃいけなくなってる」

 それが心苦しくて、申し訳なく思えてどうしようもないのよと、実村曹長は眉尻を下げてそう言ったのよ。

 どゆこと?

「深雪ちゃん宛に出された召集令状は、このフネに突然生じた欠員補充が目的のもの。足りなくなった人員の穴埋めをするため艦長がここの警備府に要求をだした結果なの」

 ハイ。そのへんのくだりは、他ならぬ本人の口から聞きました。

 でも、それをなぜ実村曹長が負い目に感じるのかはわからない。

 あの(おっかなさそうな)副長サンだったら、まだしもだけど。

 と、

 このあたりでどうやら実村曹長も『おや?』と思ったみたい。

「もしかして……、やよいの奴とかから何も聞かされてないの?」

 おそるおそるじゃないけれど、遅まきながらそう訊いてきた。

 当然というか、アタシは首を横に振る。実は裏があった?

 御宅曹長からも、中尉殿からもアタシは何も聞いてない。

 アタシが知っているのは、子供艦長が口にしたことだけ。

『あ~、あなたが田仲深雪ちゃん? よく来てくれたわね~。突然、召集とかかけちゃってゴメンね~。このフネ、急に欠員がでちゃってさぁ、どうにも困ってしまって仕方なかったのよぉ』から始まる、実に理不尽かつ脱力するしかない長広舌だけだ。

 見かけ通りのじゃない――多分、アタシなんかよか、もっとずっと長く生きてるワケだから、腹が立つんだけれども腹を立たせる気力もわかないようにもってく話術(?)は、やっぱ一種の年の功(?)とでも言うべきものか。

 アタシなんかは下っ端だから論外として、でも、たとえば、あの副長サンが子供艦長と対した時は、イラッとしてもそこから先は馬鹿馬鹿しさが先に立ち、まともに相手をしようって気にもならなくなるんじゃないかしらん。

 それからすると、処世術的な技術……なんだろうなぁ。

 実村曹長が溜め息をついた。

「しまったなぁ。わたしの早とちりだったか……」

 いかにも、『失敗した』って顔で髪をワシャワシャといた。

「あのね」とアタシの方へ身体をかがめ、小声をささやきレベルに更にひそめた。

「このフネは現在作戦行動中だけど、その命令が司令部から届いた直後――深雪ちゃんの故郷のこの〈幌筵〉星系に来る前に寄港していた先で、下船後もどってこない人間がでたの――それも二名」

「え……?」

 も、もしかして、それって、脱走……?

「それが要員不足の原因で、未帰還者のひとりは深雪ちゃんの……、前任者ということになるのかな――能田沙友理という主計科員。そして、もういっぴ……、一人が飛行一科の富男。この二人が一緒にフネから降りて、そして、戻ってこなかった」

 は?

 み、実村曹長、い、今なんとおっしゃいました?

『この二人が一緒にフネから降りて、そして、戻ってこなかった』

 アタシにはそう聞こえたんですけど聞き間違いですよね、そうですよね?

 衝撃的な事実に頭の中が真っ白になる。

 は?

 え?

 ウソ?

 ホントに?

 そんな思考の域にさえ届かない疑問たちのカケラが吹雪のように舞い狂う。

 気がつけば、

「そ、それじゃ、その能田沙友理って方は、えと……飛行一科のパイロット……さんと一緒にこのフネから逃げちゃったんですか!?」

 アタシは言った。てか叫んでた。

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