第37話 魔の手の伸びた先

 レント達が順調に駒を進めている頃、会場の裏で人知れず動いている者がいた。


「おい、本当に大丈夫なんだろうな!」

「大丈夫だ。ここまでやって失敗は無い」

「次こそはミスれねぇんだぞ……? 分かってんのか? ──グレイ」


 当然、グレイもこんな所でミスはしない。

 彼としてはこのガゼルの方が信じられない。

 1度ならば大目に見るだろうが2度までもレントにしてやられている。

 グレイとしてもその方が都合は良くもあったのだが、これでは「裏ギルド」としての面目が丸つぶれだ。


「はぁ……」


 ため息だって出もするだろう。

 それほどまでに組織としては失敗が続いているのだ。


「とにかく今度はしくじれねぇ。よろしく頼むぜ」

「分かっている」


 そう言うとガゼルはその場を立ち去っていった。


「確かになぁ、俺としては失敗の方がいいんだ。その方が上の奴らも変わるかも知らないからな」


 そう言いながらも順調に準備を進めていくグレイ。

 どこかでまたレントが阻止してくれるだろう、という淡い期待を胸に今は言う通りするほかなかった。


「こんなもんか」


 作業を終わらすと誰にも見られていないことを確認し、グレイはその場を離れていった。





 ──────選手控え室にて。


 レント達は先程までの戦いの傷を癒すために安静にしていた。

 幸い魔力以外の損失はなく、その魔力も時間と魔力ポーションにより回復を待つしかない状況だ。

 午後からはもう一方の試合ということもあり、今日の用事は終わった形になる。


「くぅぅ、魔力ポーションまっずぅ」


 ミラが魔力ポーションを飲んで悶えていた。

 魔力ポーションは枯渇した魔力を瞬時に回復してくれる便利なものだが、反面とてつもなく不味いのだ。

 レントもこれのお世話になっており、どうにかこの不味さがどうにかならないか考えたものだが、生憎レントに作れるものでは無いので致し方なくそのまま飲むことになったのだ。


「ほら、リンシアも」

「……仕方ない」


 ミラから手渡された魔力ポーションを凝視するリンシア。

 最初に飲んだレントとミラを見て飲みたくない気持ちが強いのだろう。

 しかし、そうも言ってられないくらいには消耗しているので飲むしかない。

 リンシアは諦めたようで魔力ポーションを一気飲みして一言言い放った。


「……勝ったのに罰ゲーム」

「は……は……は……」


 レントもミラも何も言えないでいる。

 勝っても負けてもこれでは気分が浮かばれない。

 早い話が飲まなくていいほど消耗が少なくすればいい話だが、レント達は魔力の燃費があまりにも悪いのだ。


「課題は経験……かな」

「間違いないね。今はその経験を僕らの魔術で補ってるに過ぎないんだ」

「まだ補えてるうちはいい」


 言うなれば魔力によりゴリ押しだ。

 今まではそれで何とかなったのかもしれないが、これからもそうとは言えないだろう。

 これは急務と言えるべき課題だった。


「学生のうちから経験を詰める機会なんて限られてるんだよな」

「並大抵の事では出してくれない」


 魔術学校に在籍している生徒は特例を除いて街の外に出ることを禁じられている。

 経験が薄く知識も少ないうちから危険に晒すこともないという結論に至った結果らしいが、それのせいで経験がなかなか詰めないのが現状なのだ。


 ただし、唯一学校で許されたものがある。


「傭兵ギルド」に登録して依頼をこなすことだ。


 ここでなら街の外に出る許可が降り、そこで経験が積めるようになる。


「あと少しなんだけどなぁ」

「入学からもう何ヶ月だ? ……8ヶ月か」

「今は月末だからもうすぐ9ヶ月」


 予定通りに行けば第2学年まで3ヶ月ということになる。

「傭兵ギルド」の登録が第2学生にならないとダメなのでそこまでは待たなくてはならなかった。


「とりあえず残りの第1学年をこなしつつ、登録出来るようになったら速攻で行こう」


 ミラとリンシアがその言葉に頷いた。

 2人としても早いことやっておきたいものなのは変わらないようだ。


「それじゃもう少しで午後の部が始まりそうだから観客席にでも行こうか」

「そうだね」

「観戦大事」


 部屋からレント達が出ていき少しすると、レントは違和感を感じた。

 普段とは違う、空気が淀んだような雰囲気だ。

 それはミラとリンシアも感じ取ったようで、急いで観客席へと向かうことにした。



 走ること数分、自分の席にたどり着くと周囲が午前とまるで違う様相にびっくりすることになった。

 大会中は周囲に被害がでないように結界で覆われているのだが、その結界の色が変なのだ。


「確か、あんな紫色をしてなかったよね?」

「黄色……白色?」


 そう、普段は白色に近い色をしている結界が今は紫に変色していたのだ。

 この事態には周囲の観客もザワついており、運営も忙しく走り回っているようだった。




「キャァァァァァァァァァ!!」


 どこかから悲鳴が聞こえた。

 この声に聞き覚えのあったレントはすぐさまとある方に目を運ばせる。

 それは、星官としての集団席の方向だ。



「オリティア!?」

「お、おい! レント!」

「どこに行くの」



 ミラとリンシアの声など聞こえようもない。

 レントは学校に来る前からの知人で、自分の力を教えてくれた1つの恩人に向かって走り出していた。


「おいおい、騒ぐんじゃねぇよ」

「むぐっ……」


 悲鳴をあげたオリティアは口を塞がれ、身動きの取れないように拘束されていた。

 やっとの事でたどり着いたレントはその姿を見るといてもたってもいられなくなり飛び出していく。


「オリティア!」

「おっと、主役のご登場が早ぇじゃねぇか。いい事だぜ」

「お前……ガゼル!」

「そうだよ、俺だよ。ガゼルだよ。……おっと、それ以上近づくんじゃねぇぞ? こいつが見えるならな」


 そう言いながらガゼルは注入器のようなものを手にしてオリティアに向けていた。


「そうだ、それでいい。こいつは『魔人薬』って言うらしい。これを打つと人を人ならざるものへと変える試薬らしいんだがよ、その効能を我らが偉い奴らは見たがってんだ。だからよ、こうは言ってみたものの既に決定事項なんだよ……なっ!!!」

「お、おい!」

「ぐ……むぐ……」


 レントの静止が間に合う訳もなく、その注入器はオリティアの首元に吸い込まれるように振り下ろされる。

 オリティアも必死に抵抗を試みるがどうにもならない事は本人にも分かりきっていた。

 それでも諦めずにもがいていたが現実は非情だ、抵抗も虚しく首に注入器が刺さってしまう。




 ──どくん



 ────ドクンッ



 オリティアは刺された瞬間ぐったりとし、そして目を見開いて覚醒した。


「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 その綺麗な蒼い目は紅に染まり、この世のものとは思えない叫び声とともに鼓動は強まっていく。

 拘束も直ぐに壊され、オリティアは苦しそうに悶えていた。

 次第にすらっと伸びた白い髪は黒に染まり、慈しみに満ちたその目は全てを壊しかねない凶悪な眼光に満ちていた。


「レント……レント……ぐるぁぁぁぁ!!」


 オリティアの異変を見てどうにかしたいと思ったレントだったが、迂闊に手を出そうものなら持ってかれそうな圧力を前にして立ち尽くすしか無かった。


 そして、その叫びが終わることには元のオリティアとは到底思えない風貌の、近いもので言うならば『地魔グランド・デーモン』がまさにそうだろう。

 手足はごつく、人のものならざる形となりその体躯も2倍くらいには大きくなっている。


「オリ……ティア?」


 レントは何をどうしたらいいのか分からず、ただただ呼びかけている。

 しかし、件のオリティアはそんな声などお構い無しとばかりに辺りに攻撃していく。


「ぐるぁぁあ!!」


 観客席は吹っ飛ぶが、いつの間にか観客は避難していたらしく被害こそなかったがほっとける状況ではなかった。


「レント! うおっ、なんだこれ」

「醜悪」


 遅れてミラとリンシアも到着したようで目の前の魔物と思しきものを見て腰を抜かす。

 レントは簡単に説明をすると2人の目は決意の色をしていた。


「あれはオリティアなんでしょ? ならやる事はひとつじゃないか?」

「当然」


 どうやら状況に納得いけてないのはレントだけだったようだ。


(そうだ、まだ諦めるような状況じゃない。なんとしてでも元に戻さなくてはならない。それが僕の僕なりの気持ちなんだ)


 レントの踏ん切りがつくとガゼルが嘲笑っていた。


「あっひゃひゃひゃ! 楽しいなぁ? レントくんよぉ! 今までの雪辱をこれで晴らしてやるよ」

「ガゼル……貴様……」


 段々とレントはガゼルに怒りの感情が湧いていた。


「僕自身が目的なら僕だけを狙えよ……」

「はっ、それをどこから知ったか知らんがそれで2回も失敗してんだ。もう、手段なんか選んでられるかよ」


 怒りでどうにかなりそうだった。

 なんでオリティアが

 なんで僕じゃない

 なんでこんな時に


 もはやレントに届く声などなく、周りでなんとか抑えようとしているミラとリンシアの努力は無に等しかった。



 遂にはその怒りは頂点に達し、レントはその目を見開いて声を大にして力を解き放った。








『星痕解放!! 天球地痕てんきゅうちこん!! 』

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