第14話終わりは突然に

 次の戦いが始まる直前、レントは飲み物が欲しくなって購買へと足を運んでいた。


「いきなり戦えなんて、どれだけ校長先生は血の気が多いんだ……」


 レントの文句が終わらない。

 飲み物を購買で購入し、戻ろうとした時人とぶつかった。


「おっと、ごめんよ」

「いえ、こちらこそ」


 その人は深めにフードを被り、どんな人なのか確認が出来なかったがこの学校内でもフードを被っているなんてそこら中にいるので深くは追わなかった。


「しかし、今の気配って……」


 地魔グランドデーモンを見た事のあるレントは、既視感を感じてその人に目を向けた。


 しかし、そのものは既にそこにはおらず霧のように居なくなっていた。


「あの気配……魔の者に近い気配だ……。」


 とはいえ、ジキル先輩なんて人もいる。

 この時レントは、不覚を考えずに訓練場へと戻った。


 レントが戻ると整備が終わっていたようで、いよいよ次の試合が始まろうとしていた。




 無口の謎の魔術士と魔物の姿をした魔術士という、異彩を放つ2人の戦いにこの場にいたものはみな期待と興味で胸を躍らせていた。


「それでは次の戦いを始める!」


 校長先生のその声で2人は舞台に上がる。


「先輩チーム次鋒、ジキル! そして、新入生チーム中堅、ケイス! 健闘を祈る」


 さっとその場を退いた校長先生は続いて2人に確認をした。


「うむ、では始めよう! 2人ともいいな?」


 台上の2人とも頷き、それを見た校長先生はいよいよ開始の宣言をさけぶ。


「始め!」


 途端にジキルは姿をぐねぐねと変形させた。


「スライムはね、こんなことも出来るんだよ」


 そう言うと次第にその姿が定まってきた。

 その姿に新入生は驚きの声を隠せない。


「おいおい、あの姿って」

「そうね」

「そんなのありかよ」


 ザワつく会場をよそにジキルがとった姿は、


「校長……先生……」


 なんとその姿とは校長先生だったのだ。


「ははははっ! 俺の真似をするか! ジキル!」

「流石に、下手したら負けそうなんで」


 同じ顔、同じ姿をしたふたりが会話を交わしている様子はどうにも不思議な感覚を覚えた。


「……すごい」


 ケイスもこれには驚いて声がでていた。


「でも……僕だって」


 そう言うケイスは手をかざして魔術を唱えた。


「深淵の獣よ、世に蔓延る魔の手よ、その身に余る力でもって獄門のごとき蹂躙せよ!『召喚魔術・魔獣ケルベロス』!」


 詠唱魔術だって!?

 またもやケイスの行動に場がざわつく。


「詠唱魔術って今使う人居ないって聞いてたけど……」

「ごく稀にいるわよ。その例が彼ね」


 いつの間にか戻っていたアガーテが補足をした。


「ほとんどの魔術が詠唱を必要としないのだけれど、召喚魔術と言うものは未だにそれをしているんですの」

「へぇ」

「いくら研究が進んでも特定の魔術はそれを省くことが出来ないのよ。なにやら魔力の生贄が必要との事らしいのですわ」


 そうか、詠唱することによって魔獣を顕現するのに必要な魔力を供給しているのか。

 大抵の魔術は、行使したらその瞬間にのみ魔力が使われてその後は使わないものが多い。

 その中、この召喚魔術は常に供給が必要ということで詠唱がいるらしい。


「本当に系統外魔術って色んなのがあるなぁ」


 それを感心して目線は舞台上へと移る。


「うぉ、君は召喚魔術の使い手だったのか」

「……そう」


 ケイスはそう言うとケルベロスに指示を出した。


「遠慮はいらない……。彼を倒して」


 グルァァァァァァァァ!


 その咆哮と共にケルベロスはジキルに攻撃を始めた。


 確かに始めた。

 しかしその結果は誰一人として予想していたものではなかった。


「やれやれ、こうも魔力場が乱れてはこちらも不都合が生まれるんだ。やめて欲しいな全く……」


 その声の主は、ジキルでもケイスでもその場にいた誰のものでもなかった。


「なにやら楽しそうな催しをやってるし、僕も参加させてもらおうかな」


 その声は、その声と同時に姿を変貌させる。


「この気配は!?」


 レントはすぐさま戦闘体制をとる。

 が、その手を校長先生がレントの前に翳して静止した。


「地魔……何の用だ」

「なに、こっちにはこっちの目的ってもんがあるんだよ。それを達成するにはこうする他なかったんだ」

「ほざけ!」


 校長先生はその声と同時に声の主──地魔へと攻撃を加えた。


「おっとっと、危ないなぁ」


 それを華麗に避けるとさらに変化を続ける。


『ぐぅぅ、これでいこう』


 その重圧は、その場にいた新入生達にダイレクトに伝わったようでほとんどのものが立ち尽くしたまま身を震わせていた。


「貴様……その姿に話すことの出来る知能……そうか、竜種か」

『せいかーい』


 校長先生の言う通り、その姿は漆黒の竜のものと変化していた。


(あの時の気配はこいつだったのか)


 あの時、飲み物を買いに出ていった時に感じた気配。

 深くは気にしなかったが、その事を今になって少し後悔を感じていた。


「学生諸君は教師の誘導で校庭に出ろ! お前らでは荷が重い!」


 校長先生は学生の身を案じてか避難の誘導を指示した。


『逃がさないよ』


 漆黒の竜……黒竜は逃がさないように魔術を展開した。


過負荷重力場オーバー・グラビティ


 魔物にのみ行使可能な魔術系統、地魔術。

 天に願う我ら人族では決して扱えないその魔術は、地を食らう魔物にのみ扱うことを許された権能。

 人族の属性魔術に地属性がないのはこのためだった。


 その影響で訓練場に居た学生はみな、その魔術によって地に伏せられた。

 これは学生だけでなく、1部の教師にまで及ぶほどの強さだった。


「くっ……」


 校長先生は歯ぎしりをして、避難を諦めたように黒竜に体を戻した。


「粋なことをしてくれる……」

『はははははっ、こんなに魔力が集まった場所だ。そう易々と逃がさないよ』


 それが奴らの目的のためなのか、学生はその身に感じる超強力な重力によって地に磔にされている。

 かくいうレントもその1人だ。


(こんな時に、僕の体は……。ここまで弱かったのか)


 レントは確かに毎日訓練に励み、その身に研鑽を積んでいたが油断はなかった。

 まだ、弱くはあるが戦えばするだろう。

 そう思っていたのだ。


(これでは戦うことすら出来ない……なんて無様なんだ)


 星導者アルファに助けてもらった時を思い出す。


(あの時と変わらない……これほどまでに……強いのか)


 少しの絶望を感じ始めた頃、校長先生は声を荒らげて士気を上げた。


「お前ら! ここでやられてるのは己の不甲斐なさと知れ! これから研鑽に励むべきものと思え! まだまだ至らぬ若輩だろうが! これからを見ていればいい! 大人に……任せておけ」


 その声は決意と覚悟の顕れだった。

 死んでもここを守ると、そう覚悟した男の顔だ。


 レントは、そんな大人を小さい頃から痛いほど見ていた。

 大きくなったらこんな大人になりたいと願って生きてきた。

 それが、このザマだ。

 悔しさと許せなさが入り交じり校長先生に委ねるしかなかった。


「ふんっ!」


 校長先生はハルバードを取り出して黒竜と相対する。

 そして、その攻撃は放たれた。


『ははっ、そんなんダメージ食らうわけないでしょ。僕は竜なんだ』

「わかっている! それでもやらねばいけないということだ!」


 身体こそ黒竜に向いているが、その目線は教頭先生へと向いていた。

 それを受け取った教頭先生は、魔術を使ってその場を離れた。

 教頭と言うだけあってこの拘束している魔術に対する抵抗ができたんだろう。


『ちっ、1人逃がしたか……。しかたない、さっさと終わらせる』

「させるか!」


 校長先生の攻撃こそ当たりはするが大したダメージになっておらず、黒竜の攻撃は上手いこと校長先生はいなしていた。


「ぬぅ……ふんっ。おらぁ!」

『ぐぅ……。ここまでよくやるものだ。足止め役も大変だな』

「黙れ! 敵わぬ相手と知っても戦わなければ俺たちに明日はねぇんだ!」


 校長先生と黒竜の戦いは熾烈を極めた。


 そんな中、動けるものいた。


 ──グルォァァァァ


 ケルベロスだ。

 同じ魔の者として影響が小さいのだろう。


 ケイスが何とか動いた口でケルベロスに指示したようだ。


「……校長……先生……助け……て」


 ケルベロスが頷いたように見えた。

 ただ召喚して使役しているだけでは無さそうだ。


 その牙は肉を断ち、その爪は鋭く、その咆哮は弱気を怯えさせるものだ。

 黒竜に通じるかは別として、ケルベロスは向かっていった。


『あぁ、あぁ。小賢しいな。わんころが……』


 キャイン!


 しかし、その翼の羽ばたきでケルベロスはいとも容易く吹き飛ばされ壁に打ち付けられた。


「……ケルベ……ロス!」


 ケイスは荒らげた声を出してケルベロスの方へ這いずっていった。


「……ケルベロス……」


 召喚魔術はその特性上、召喚した魔獣が死ぬことはない。

 その身は本体ではあるが、召喚者がいる限り死ぬことは無いのだ。

 しかし、ケルベロスは立ち上がることが出来ず、消えていった。


「ごめんよ……ケルベロス……ゆっくり休んで」


 ケイスは魔力が尽きたのかぐったりとしている。

 魔獣の消耗は召喚者への消耗ということだろう。


「……貴様は許せんな」

『ん? 何が許せないって?』


 校長先生は怒っていた。

 守るべき学生が自分から戦いに向かったとはいえ、その身が壊されるのを良しとしなかったのだ。


「貴様のことだよ!」


 その声を大きく張り上げ、自分自身の士気を高めるように身を震わせた。

 そして、その手にした獲物は黒竜に吸い込まれるように攻撃が当たる。


 ──ガキンッ


 しかし、その攻撃は黒竜に届くことは無かった。

 その鱗に傷をつけるのがやっとだった。


『それで僕を倒そうって?甘い甘い、本当に甘いよ』

「くっ……仕方な……」


地獄烙ヘルタイド


『もう飽きたから終わらない?』


 その黒竜の放つ魔術は、訓練場の地を割き炎をあがらせた。

 まるで地獄にでも来たかのように……。


「あっぐ、がぁぁぁぁ!」


 まともに食らってしまった校長はもはや虫の息と言ったところだろう。


『まだ生きてるの?しぶといなぁ』

「まだ、俺は死ねんのだ! 『星痕解放・星の裁きジャッジメント』!」


 校長は遂に『星痕』の力を使った。

 我らスティヤッドの民にのみ現れる天秤の『星痕』。

 その力は魔を裁く正義の力。

 その魔力の奔流は、その場にある全ての炎を鎮静させて黒竜へと向く。

 そしてその攻撃により黒竜の鱗が砕け、爪が剥がれた。

 それは明らかにダメージとなったのだ。


「これがダメなら……」


 光が消え、その場にあったのはただ立っている黒竜と校長先生。

 しかし、黒竜はダメージこそ貰っていたが致命傷には程遠かった。


『あぁあぁ! いつぶりだろう! この痛みは! いつぞやの大戦の時以来じゃないか!』


 まだピンピンしている。


「……くそ……! 悪魔が……」


 校長先生は今にも倒れそうな様子だ。


『今のは良かったぞ! 人間! だが、次で終わりだ』


 黒竜は口に魔力を溜めて校長をずっと眺めていた。


 ──その時からだろうか。

 レントを縛り付けていた魔術が弱まったのは。


(これなら……!)


 レントはすかさず魔術を発動させて校長先生を守ろうとした。


影の共鳴シャドー・ハウリング


 その魔術を使うのと黒竜のブレスはほぼ同時であった。

 しかし間一髪間に合ったのだ。


 その魔力は校長先生を包み、放たれたブレスを空振りさせることに成功した。


『!?どこだ』

「こっちだよ」


 レントが立ち上がった足元に倒れている校長先生。

 この魔術は自分以外に使うと悪影響が出るかもしれないが、こうするしか無かった。


 影の共鳴──。


 これは基本的に自分に使う魔術だ。

 本来、支配した影を己の腕のごとく操ることが出来る魔術。

 しかし、ひとつだけ他の使い道がないことも無かった。


「影魔術に適正のある自分自身を影として、校長の身体を引っ張ったんだ」

『ちっ、過負荷重力場が弱かったか……』


 ならば、と黒竜は次の行動に移そうとした。

 しかし、時は既に遅かった。


 ────『星痕解放・天球地痕』


 レントの目が黒く光る。

 その力は天を統べ、地を纏める異能の力。

 あらゆる『星痕』から力を譲り受けてこそ輝くものだった。


「校長先生……後は任せてください」

「すまん……な」


 最後にそれだけ言った校長先生は、レントの手を握って気を失った。


『なんだ、その眼は!』

「ん? これ? 教える義理はないね」


 そう言うとレントはその力を解放させた。


天地顕現てんちけんげん天球の裁きアストラジャッジメント


 それは校長先生から借りた力。

 手から通して伝わった力だ。


 レントが使用した校長の星痕の力は、天の力を受け、地の力との共鳴を果たしてその威力を高めた。


『くっ、これはダメだ』


 その場から離れようとした黒竜は、翼を広げて空に羽ばたこうとした。

 先程の黒竜の魔術で天井はいつの間にか無くなっていたのだ。


 しかし、レントの力は宙の力。

 天が広がる空の下であるこの状況では、さらに強く強大となる。

 元々の校長先生の星痕が天の力ということもありさらに威力は跳ね上がる。


「さて、判決の時だ」

『うぐ、こんな所で負けるわけにはいかんのだ! 』


 次第に周囲に光が広がり、黒竜をつつみ始めた。

 その光は邪を暴き、光に還す裁きの輝き。

 黒竜と言えども無事には済まない。

 昔見た彼のようにレントは言い放つ。


「主文、お前を……。死刑に処……ぐっ」


 技の反動かレントの限界か、魔術に綻びが見えてしまった。


『ふ、ふははっ。まだまだ地は僕を見放っては居ないらしい!』


 既に死屍累々のダメージこそ食らっているが黒竜はまだ倒れていない。

 その隙に、黒竜ははるか上空へと浮かび上がって消え去ってしまった。


「あぁ、まだ僕には……」







 その言葉を最後に、レントはその場に倒れ伏した。

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