第6話 望みと憧れと非難と 【3】

 その日は合格発表は無く、そのまま寝床に着く流れとなった。


 部屋には鍵が掛けられるようになっており、貴重品の管理含め安心を覚える。


「と言っても貴重品なんてものは、お金の入ったこの財布しか無いわけだけどね」


 手に取った財布は10歳の誕生日の時に母親、キリヤから貰った物。

 泥蛇マッド・サーペントの皮から出来ており、泥を取り除いたその皮は丈夫に出来ており、僕の親達一般の街人にとっては豪華なものだ。


「合格発表はいつだろう?明日にでも来ると思うんだが…」


 我ながら悪くない結果だったと思うので合否はすごく楽しみだ。自己評価では合格だ。


 しかし、1人になる空間とはいえ部屋の中で魔法の練習は出来ないので少し筋トレでもする事にした。


「父が言うには魔法の使う者の弱点のひとつに魔法を使う前に接近される、らしい。僕の魔法は接近戦にもそれなりに使えるとはいえ、まだまだ練度と共に経験が足りないな」


 明日もあるので程々にしておこうと、寝るまでの間筋トレに勤しんだ。


 ───────────────────


 カチャ

 ガサゴソ…


 皆の寝静まった深夜未明、レントの部屋にて物音がしはじめた。


「…うぅん」


 レントは音が気になり目覚めかけるが、鍵が着いていた安心からか油断していた。

 音が静かになり、レントが再び寝息を立てると今度は体の上に重さを感じた。

 流石のレントも目が覚めてしまった。


「…んん…!?誰だ」


 鍵がかかってるとはいえ、防音の機能はないようで隣の音が比較的良く聞こえるのを寝る前に確かめた。

 その上で小さな声で尋ねるが反応は返ってこない。


(僕の魔法に光で照らすようなものは無いし…、明かりを付けようにも身動きが取りづらい)


 体の上にある人影が口を塞ぎに手を翳したのが見えたレントは、これはまずいと何とか力で押し返した。


「あいたたたた、お前なかなかやるにゃ」


 まだあかりも無いので暗いままだがようやく相手の声が聞こえた。


「お前、ケットシー族か」


 受験者の中に猫耳と猫しっぽを生やした者はいなかった記憶がある。

 かの種族は魔術があまり得意じゃない代わりに体術に長けていると聞いたことがある。

 が、しかしここは明かりもない闇の中。

 むしろこちらのフィールドそのものであった。


「…」

「変な気を起こすなよ。僕はこの中でも戦える」


 お互い牽制をしあっていると、ケットシー族斗思われる人影は諦めたように両手をあげる身振りをしてるのが見えた。


「降参にゃ。お前には勝てそうにない」


 まだ、言葉だけでは信用してはダメだ。

 構えはまだ解かずにその方向をただひたすら見つめるレント。


「あぁぁあ、明かりにゃ。明かりをつけるにゃ。灯火サーチライト


 魔術により周囲が照らされ、ようやく全貌が掴めてきたので相手を確認する。

 よく見ると猫耳を生やした女の子であるのが確認できた。


「ほら、堪忍にゃ」


 腹を上にして寝転んでいる猫耳の女の子。

 状況が状況じゃなければ怪しい現場そのものだな、とレントは思っていると


「むむ、ならこれでどうにゃよ」


 土下座を始めた。


「何もそこまでしろとは言ってないよ。僕が聞きたいのは何をしに来たのかってこと」


 正直、こんな時間に鍵をかけたにも関わらず、寝込みを襲いに来たなんて怪しいにも程がある。

 十中八九なんかしらの理由があるはずだ。


「あたしの名前はカラット。ここの学校の教師にゃ」


 レントはかなり驚かされ、こんなタイミングでなければそれなりにリアクションをしてただろう。


「それを信じるとして、教師がこんな夜中に鍵をかけた受験者の部屋に何の用だ」


 怪しさしか感じない。

 それと眠い。機嫌があんまり良くないのだ。


「これは最後の試験にゃ。第二試験を突破した受験者にのみこうして寝込みを襲い、油断した所に反応できるのか。というものにゃよ」

「試験…だと?こんな夜中に?」

「戦場では寝てる暇でさえも敵は待ってはくれないにゃ。それは人同士だとしても…魔物相手だとしても、にゃ」


 それは一理ある、とレントは思った。


「はぁ。で、僕はどうなんだ?」

「へ?」


 なんとも情けない声を出しながら分からないといったような顔をこちらに向ける。


「僕はこの試験に合格できたのか?」

「…あぁ!そうにゃ!…そうにゃねぇ…」


 頭から足までひたすら眺められて少しむず痒い気持ちになったが、その間の時間をひたすらに待った。


「まだまだ甘いけど…十分合格に値するにゃよ」

「おぉ…」


 喜びたいが如何せん眠い。

 テンションが上がらない。


「ん?合格が嬉しくないにゃ?」

「あ、いや。そんなことは無いよ。ただ、こんな時間に起こされて眠いだけ…だよ」


 もう瞼が閉じようとしている。

 思ってたより疲労が溜まってたようだ。


「うーん、まぁ。最終結果は明日発表するにゃ。今は、寝てるといいにゃ」


 そう言っておでこをつつかれると、レントは倒れるように布団へと突っ込んだ。


「まだまだ、甘いにゃあ…」


 カラットはレントを一瞥すると部屋を出ていった。


 ───────────────────


 翌朝、話があると第二試験を行った皆が体育館へと招かれた。


「なぁ、昨日のってさ」

「あぁ、俺んとこにも来たぜ」

「どうだった?」

「無理だって…寝てる時に魔術も使えずどうしろって言うんだよ…」


 何やら気になる言葉が聞こえた。


「ねぇ」

「ん?なんだお前。あぁ、レントとか言うやつか。なんだ?俺にようか?」

「あの時魔術が使えなかったって本当か?」


 少なくともレントの時はそんなことは無かった。あかりが付けれなかったのはそれができる魔術もなく、身動きが厳しかったからだ。

 だが、その後牽制してる時にレントは影魔術を展開していた。


「あぁ、その話か。その通りだよ。反応はできたんだけど魔法が使えなくて雁字搦めにされたんだわ」

「あぁ、俺のとこもだ。なぁ!お前らは昨日のアレのとき魔術使えたか?」


 魔術が使えなかったと言う2人組は、周囲に大きな声で聞いている。

 その返しの通りならレント以外は魔術が使えずにあの暗闇の中、適役の教師と相対していたことになる。


「いやぁ、さすがに魔術が封じらちゃなすすべがねぇや」

「ほんとな」

「ん?その話をしたってことはお前んとこは違うのか?」


 やはり、そこには気づくよなとレントは正直に話すべきかどうか悩んでいた時


「えぇえぇ、静粛に。皆が集まったのは他でもない。合格発表だ」


 会話の途中に遮られたが校長先生の声が聞こえ少し間を開けて、うおおおお!と受験者が再び騒ぎ始めた。

 レントとしては扱いに困ったので助かった、と話をしている人へと目線を向けると目が合ったように感じた。


(気のせい…だよな。いや、まさかなぁ)


「深夜頃の出来事についてはまず謝ろう。いきなりなんの説明もなく始めてしまって申し訳なかった。」


 だが、と続けて昨日カラットとの会話と同じ内容を聞かされ、あれは本当の事だったんだなと確信に変わった。


「しかし、ただ1人だけ内容が少し違ったものがいるはずだ。だな?レントくん?」


 みんなの視線がレントへと向かれた。

 これは言うしかないだろうな。


「はい。僕のところには魔術を封じるものは何一つありませんでした。あと少しのところまで追い詰められましたが、それでも魔術の展開は出来てましたんで」


 はぁ?と体育館中から訝しい声が聞こえてくる。

 魔術が使えたらあのくらい、だとかなんであいつだけ、だとかのヤジが飛んでくる。


「まぁ、待て。仮に彼以外がその状況になったとして誰かは対応できるか?フェリット」


 フェリットと呼ばれた人物が前に立って考え始めた。

 見てくれは人族の魔術使いだろう。


「あぁ!あんたは昨日の!」


 受験者の中の一人が声を上げた。


「あら、あんたは私の相手だった奴だね?うーん、あんたには無理だろうな。相手がカラットでは」


「カラット?」


 受験者の大半がはてなマークを頭上に浮べているくらいには意味がわかっていなかった。


「レントと言ったね。カラットとの詳細をみんなに伝えな」

「はい」


 レントは詳細を事細かに声に出した。それが続くにつれ他のの受験者は血の気が冷めたような顔になる。


「そうだ、カラットはケットシー族。あれは魔術こそ苦手ではあるが体術ならばこの学校で右に出る者はいないレベルだ」


 あれ、と共に指を指した先には昨日の猫耳女の子が居た。


「にゃはは、紹介に預かったにゃ。カラットだにゃ」

「奴は魔術が苦手だ。だからそれにも対応出来るような鍛え方をしている。可愛らしい見た目に騙されるなよ。男ども諸君」


 フェリットも大概だと思うが、それは口にしない方がいいだろうと脳内で警鐘がけたたましく鳴り響いた。


「という訳だ、彼は魔術こそ使える環境ではあるが使えるような状況じゃなかっただろ?」

「えぇ、そうですね。あれでは魔術所ではなかったと思います」


 実際、明るくは出来ないが何かしらの魔術を使って抵抗しようとはした。

 しかし、その尽くにおいて出鼻をくじかれて不発になっていたのだ。


「とまぁ、そういうわけだ。試験の不公平感は少しはあるが、決して生温いものでは無い。まぁ、生温いのはどちらかと言われたら…」


「まぁ、即答で他の受験者だろうな」


 そこで校長先生が声を上げた。


「説明はこの辺でいいか?」

「はい」


 フェリットは下がると校長先生のみが残り、いよいよ発表ということだろう。


「では、合格発表をする!今回の試験、合格した者は…」


 …


 合格発表され浮かれるもの、落ち込むものがいる中話は続く。


「それでは、合格した者してない者関わらず部屋に戻るといい。そこに手紙を置いてもらった。そこに書いてあるように動くように」


 受験者は一時解散という形で部屋へと戻った。


「やりましたね!レント!」


 このいつまでも話したがる鬱陶しめの声は…


「ジュウガ、君もね。よく魔術が使えない所で合格を掴めたものだよ」

「何を言ってるんだ、レント。魔術は使えなくても『星痕』の力なら使えただろ」

「!?」


 …確かに魔術では無い『星痕』がもたらす力なら使えたかもしれない。

 甘いってそういう事なのかもしれない。


「多分他の合格者はそれで合格出来たんだろう」

「なるほどなぁ、それで思ったより合格者が多かったのか」


 体感では8割くらいは合格していた。

 では、残りの2割は…そういうことだろう。


「とはいえ、合格してよかったな!」

「あぁ。っと、レミナとライゴウ。そしてガルドもおめでとう!」


 通りがかりに見つけた3人にも声をかける。


「ふん、あの程度」

「まぁ、苦戦はしたわよねぇ」

「俺 風以外も 強い」


 ガルドが成長している…!

 間違いなく聞きやすくなっている!?


「そうか…頑張ったんだな…」


 ガルドへの教育を半ば断念したレントは感動していた。


「?」


 ガルドはそんなことお構い無しだったが、これで知ってる人みんな合格ということになる。


(オリティアは見つからなかったが、呼ばれていたので合格したんだろう)



 …

 そうこうしてる内に部屋にたどり着くと、机の上に一通の手紙が置いてあった。






『夕飯後に校長室へ来なさい』

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