第2話 未知の星痕

星痕ホルダー


 それはこの世界の人々にとって魔を散らす唯一の力。

 力なき人々に魔を討つ事は叶わず、力を持つ人々は魔術士団まじゅつしだんに所属しその力を振るうことを義務としていた。


 この世界の子供は10歳になると儀式を行い、『星痕』を宿すかの運命を決めることになる。

 宿せば星を守る力を手にし、宿せないなら民として生きる。

 そんな宿命を定められている。


 誕生日会の翌日。

 レントは父親のリダンと共に儀式を受けるため教会へと足を運んでいた。


 この星の人々にとって教会とは、星の神に祈る場所であると同時に『星痕』を宿す儀式を行う場所でもあった。


「いいか、レント。今日でお前の人生の大半が決まるんだ。宿すようなら魔術学校に入学しなくてはならないし、宿せないようなら別の仕事を探すことになる。俺としてはな、お前に危険なことをしてもらいたくないんだがそれは親としての意見だ。」


 なんとも煮え切らない言葉を紡ぐリダン。


「でもな、男としてはお前にやりたいことをやらせたいし、力を手にして人を守りたい!って言うならばそれを応援してやりたい」

「…」


「まぁ、可愛い子には旅をさせよと昔から言うからな。戦場に向かいたいと言うならば俺は止めはしないし、キリヤにも何も言わせはしないさ」


 キリヤとは母親のことである。

 仕事で居ない父親に変わって10年間レントと世話をしてくれたもう1人の親であり、精一杯愛情を注いでくれたレントの味方の1人。


「うん、昨日危ない目にあったけど…僕はアイツらを倒せるようになりたい!でも…力が手に入らなくてもそれならそれでいいよ。力のない人に倒せるほど甘くないのはよく分かったから…」


 良くも悪くも昨日の出来事がフラッシュバックする。

 子供であると同時に「星痕」を持たぬレントにとって討つことは出来ない敵。

 そんなものを相手に力も無くして戦おうとはレントも思えなかったのだ。


「さて、着いたぞ。準備をお願いしてくるから少し待ってなさい」


 そう言ってリダンは1人で受付に向かった。

 教会内部はと言うと派手さはありながら粛々とした雰囲気すら漂わせる空間。

 法のもとに生き、秩序を是とするこの星の紋様である天秤を模した『導紋リード』をあしらえたものである。

 よく見るとその紋様は柱1本1本に刻まれているようだ。


「あら、僕?どうしたの?」


 レントが手持ち無沙汰に少しふらついていると突然声をかけられた。

 声のした方に振り向くとそこには修道服を身にまとった女性がオロオロとしていた。


「星痕の儀式に来たんだ。今父さんが…」

「あら!あらあらあら!大変!じゃあこれから行うのね?」


 なんかよく分からない雰囲気を漂わせて、なんの説明もせずままどこかへ行ってしまった。


「…なんだったんだあの女の人?」


 不審に思いながらも修道服を来ていたということはこの教会の関係者だろうと考えて父を待つことにした。


「ん?どうした、レント。なんか浮かない顔してるな」

「あぁ、父さん」


 そんなことをしているとリダンが帰ってきたようで


「まぁ、なにか思うところもあるんだろう。それはともかくだ。ここからはお前1人でこの先に行ってもらう」


 そう言ってリダンは複数に別れた廊下のひとつを指さした。


「見ての通り俺は星痕を宿さなかった。だからと言ってお前にも力がないかと言われたらそれは否だ。突然宿す家庭もあればいきなり途絶える家庭もある」


 ───こればかりはお前の運次第だ。


 この言葉を聞いた瞬間、昨日のジャジィの言葉を思い出した。


 ───そん中でも十二星座…ここなら天秤だな。この星痕が宿らねぇとなれねぇんだ。そこだけは運になっちまう。


 運。

 これからは全て運で決まってしまう。

 そんなことを噛み締めていると、それを気にしたリダンは少し声を荒らげて


「宿すも宿さないも運次第なのは確かだ。でもな、この程度に臆するようでは星導者アルファなんて夢のまた夢だぞ?もっとどっしり構えていけ。」


 それもそうだ。

 なるようにしかならないのだ。

 覚悟を決めたレントは廊下を1人歩き始めた。


「あのレントがなぁ…。血は争えないか…」


 そんな言葉が背後から聞こえたように思えたが今はどうでもよかった。

 ただ前に、ただ前に進むことがレントのできる事だった。





 少し歩くと大きな扉の前に出た。


「ここに入ればいいのかな?なんも説明聞いてなかったよ…」


 スゥ…


 その扉は大きさとは裏腹にスッと音もなくなんの抵抗もなく開いた。


「ようこそ、新たな星の民よ。」


 先程の女性が立っていた。

 どうやら儀式を行う人だったみたいだ。


「あ、さっきの人だ」

「えぇえぇ。本当は違う人の予定だったけど…」


 少し無理を言って変えてもらったのよ。


 最後の方になるにつれ声が小さくなり半分くらいしか聞き取れなかった。


「え?」

「あぁ、なんでもないのよ。では、コホン。改めて」


 そう言って服を正して言い直した。


「ようこそ、新たな星の民よ。力を受けに来たのですか?それとも祈りに来たのですか?」


 前者は『星痕』を宿す儀式を行いに、後者は言葉通り神に祈ることだ。


「星痕を…僕に力があるなら、その力を受けに来ました」

「分かりました。それではこちらにいらしてください」


 女性が手を指したところには一筋の光が降り立ち、なんとも神々しい雰囲気すら漂わせていた。

 レントは言われた通りにその場所に立ち、女性の次の指示を待っていた。


「それでは始めますね」


 その後になにかザワザワしていたようだが何も考えることが出来なかった。

 そう、


 ──その言葉を境にレントは気を失ったのだ。







 儀式が終わり、レントが目を覚ますとそこは庶民が暮らすには少し手狭な小部屋だった。

 どうやら布団の上に横になっていたようで、体を起こすと目に痛みを覚えた。


「お目覚めになった?」


 儀式を行っていた女性が扉を開けて入ってきた。


「う、うん。僕、どうなったの?」


 その言葉を投げかけてもすぐには返ってこない。

 女性は気まずそうに、ただ沈黙がこの部屋を支配した。


 幾分か経った時、ふと気づいたように女性は声を出した。


「ぁ、あぁ。自己紹介がまだだったわね。私はオリティア。この教会で星官をしているわ」

「…レント」


「そう…。レント君って言うのね」


 謎の緊張感が漂う中オリティアと名乗った女性は話を続けた。


「よく聞いて、レント。貴方には星痕が宿ったわ。」

「ええっ!?宿ったの?さっきから目に違和感があるのはそのせいなの?」


「そう、そうなんだけど。よく聞いて頂戴。貴方に宿った星痕なんだけどね、分からないのよ」


 分からない?何がだろうか。


「貴方の目に宿った星痕はね、過去に1度たりとも確認されたことの無いものだったの。儀式をしてたら倒れたでしょ?普段はあんなことにならないのよ」


 話を聞いてると儀式をしただけでは倒れることはなく、光とともに目に星痕を宿して力を受けるだけとの事だった。

 しかも、通常はそんな数分で終わるような儀式では無いようだ。


「そう、そうなのよ。普段なら何十分も掛けて行う儀式が、たった二言三言だけで宿しあなたは倒れた。教会はこれを緊急事態だとしてあなたをこうして保護したわ」


 そう言いながら手渡された鏡をつかい自分の目を見た。


 そこには6つの楕円を少しづつずらした様な…どこかで見た事のある模様だった。

 天球儀?原子の構造模様?どことなく神秘的な模様に見えた。


「この星に産まれて星痕を宿すのは絶対に天秤か属痕だけなのよ…」


 属痕…

 星導者になりえる資質を持つ星の力を宿したものではなく、単にひとつの属性を扱うに適した力を宿すもうひとつの力。

 ほとんどの人が星痕を宿せない中、この属痕を宿した人は街にもそこそこいる。


「この模様何なのかしら?」


 オリティアがレントの目を覗こうと前かがみになってきた。


「わっ…わっ…」


 近い。近すぎる。

 レントはいくら10歳だからって恥ずかしさを覚えた。


「あら、ごめんなさい。今この教会のえらーい人達が一生懸命貴方のこの模様について調べてくれてるわ。少し待ってて」


 そう言ってオリティアは部屋を出た後、間髪入れずにリダンが入ってきた。


「…そうか」


 リダンはそれだけ言ってレントの横へと座った。

 なにかリダンは知っているのだろうか?

 この正体不明の模様について。


「お前には…すまねぇ事をしたな…」

「えっ?」

「こうなることは予想出来てたんだ」


 気絶したのも、この目になったのも。

 リダンは知っていたのだろう。


「説明はおいおいさせてくれ。今は…何も聞かずにいてくれるとありがたい。そんで、その模様に関しては教会に言っておいた」

「父さんは知ってるの?」

「あぁ」


 これ以上父からは聞けないと思い、星官達が来るのをひたすら待ち続けた。

 それはもう、時でも止まったかのようにすら感じるほどに…


 ──バンッ


 勢いよく扉が開きオリティアと神官服を着たおじいさんが入ってきた。


「レント君や。お前さんはこれから魔術学校へと入学してもらうぞ」

「おめでとう!星導者になれるかは分からないけど魔物に倒す力は手に入れたわ!」

「えっえっ」


 矢継ぎ早に伝えられて困惑するしか無かった。

 さっきまで不穏な空気の中、もしかしたらもしかするのかもしれないと覚悟をしていたのが全くの無駄になったかのようだ。


「2人とも落ち着いてください。レントが混乱してます」


 リダンが宥めてくれたようでオリティアは落ち着いたようだ。


「わしは慌ててなどいないぞ。して、レントよ。」


 ───その力をもってお前は何を成したい?


「僕は…僕を助けてくれた星導者の人みたいに…いや、星導者になりたい!」


「そうか…。茨の道ぞ?」


 覚悟の上だ。

 もとよりノーリスクでやれるものとは思ってない。

 この力を使えば敵を倒せる。

 力なき人を助けられる。

 ジャジィさんのような事を今度は自分が出来る。



 そう思っただけでワクワクと共に、恐怖とも取れる身震いを感じた。



「とにかくお前さんはこれから魔術学校に通うことになる。学友も沢山おるだろう。大変な事は多々…というか大変なことばかりになるだろうが、それでも学生のうちは楽しくやるのだぞ」


「はい!」


 その言葉と力の詳細を聞いたレントはこの身に宿した力に期待せずにはいられなかった。


「レントよ。先延ばしにしていた説明…帰り道にしてやろう」

「あ、あぁ。分かった」


 家路に着きながら父から聞いた事は驚きの連続だった。


 父は昔、無名ではあれど星痕を宿した者だったということ。

 それは代々続かれていて祖父も曽祖父も、この家計に生まれた男子は皆宿したそうだ。

 もちろん模様は天秤になることや属痕だったりすることの方が多い訳だが、レントみたいに詳細不明な模様が出ることも少しくらいはあったようで、父はそれを危惧していたみたいだ。


「まぁ、何はともあれお前もこの家の立派な男だったって事だよなぁ。はぁ…」


「頑張れよ」


 父からの激励を受けたレントは家に着くなりキリヤに出迎えられ、詳細を話したら自分の事のように喜んでくれた。


 昨日あれだけ誕生日会で騒いだにもかかわらずまた今日も賑やかな夜になりそうだった。


 ─────────────────────


 その頃、教会では


「あの紋様…神秘を感じながらも恐怖を覚えたわい」

「うーん、でもリダン様から聞いた話では特に何も問題なさそうですし、レント君の性格からしてもなにか過ちが起きることは無さそうですよ」


 神官服を着たおじいさん、名をディーノと言う彼はこの教会においてはトップに君臨する一番偉い人である。

 オリティアとディーノは2人の帰った後、教会の星官を集め会議の席に着いていた。


「して、あの紋様はなんというのですか?」

「力の詳細すら分からないのですが…」


 星官2人が連続で質問を投げかけた。


「まぁまて、まずはどんな力を宿すか説明をしよう、オリティア」

「はい、まずあの紋様ですが、どこかで見たことは無いですか?」


 天球儀のような原子構造模型のような不思議な形の模様。

 星官達は頭を抱え記憶にないか探っていた。


「あっ」


 そんな中1人の星官が声を上げた。


「あれは、確か…《地門ゲート》!?」

「そう、魔物を生み出す我らの敵とも言うべきもの。正式には地導鉱門マテリアル・ゲート

「あぁ!確かに地門に似ている!」

「ん?それでは…」


 ここで星官全てが気づいてしまった。

 出来るならば気づいて欲しくなかったとオリティアは思ったがそうもいかない。


「あの子の宿した星痕って、天から授かる星の力ではなく…地の力だということか?」


 周囲がザワザワし始めた。

 このとおりなら我らの敵そのものと言って間違いない。

 味方となれば心強くはあるが敵になろうものなら手もつけられないのは確かだろう。


「いいえ、あれは間違いなく星痕でした。リダン様からも詳細…と言ってもわかる範囲だけですが聞いています」



 その力とは



「宙を総べる星痕の力、地に降り立った地魔の力。それは星の力を束ねおのが力とし、あらゆる魔を蹴散らさんとする者。話では、星導者の力を借りて行使することができると聞いています」


「わしはこの星痕に『#天球地痕__てんきゅうちこん__#』という名をつけ、全ての教会が連携して補助をする事にした」

「魔術学校への入学を勧めたのでその後から…にはなるでしょうね」



 星官達はその途方もない力を聞いて唖然としつつも、あれがこちらの味方ならば何よりも誰よりも心強い人物であると願っていた。

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