第18話 仲裁は生き物。
「わたしの話も少しは聞いてよ!!」
ホームルームが終わり、皆んなが帰る支度やら部活前の雑談やらをしているこの時間に、ヒステリックな声が響く。
梨乃は、
「ち、ちょっと梨乃!? なんで怒ってるのよ!?」
戸惑うちえりだけど、梨乃が怒る理由はなんとなくわかる。
「だってそうでしょ!? あんた自分が喋ってる時は楽しそうに話すのに、わたしらが喋ってる時はスマホばっか見てんじゃない!! 結亜だってそう思ってるハズ!!」
「え? うーんと、私は……」
——はぁ……梨乃、結亜に聞いてもダメだって。
私は心の中でため息をついた。
結亜はあまり自分の話はせずに、聞き手に回る事が多い。気が弱いわけでもなく、穏やかでのんびり屋な性格の結亜は、あの二人にとっての癒しなのかもしれない。私も美空や琇に構ってもらえない時なんかは、なんだかんだで結亜に、お世話になっている。
でも今は結亜の、そのどっちつかずな態度が災いした——。
「あー! もう!!」
梨乃がバンっと
「梨乃、ご、ごめん」
結亜が申し訳なさそうな顔をした。
「結亜? 謝んなくて良いから。悪いのは梨乃だし」
そう言うちえりの表情は、冷ややかだった。
三人はいつも騒がしいのでクラスの大半はそれに慣れているが、流石に今は皆んな、三人のやり取りに注目している。
「わたしが悪いってどういうこと!?」
「悪いは悪いって言ってんの。理解できない? 梨乃だってあたしが喋るときは、ハイハイ適当に
——げ。もしかしてあたしのテキトーな相槌もバレてた感じ?
「その上から目線もムカつくのよ!! てめえぶっ飛ばすぞ!?」
「あ? できるもんならやってみろよ?」
二人とも私顔負けの口の悪さだ——てかホラ、あたしの口の悪さはやっぱりフツー!
私がそんな変なところに注目している間に二人はどんどんヒートアップしてゆく。
「やってやんよ!」
梨乃がちえりの肩を押した。
「何すんだコラ! モノに当たって満足するダセェ女がイキってんじゃねーって!」
バランスを崩して後ずさったちえりが、再び梨乃に向かって近づいて行く——これはマズイ!
私が危機感を覚えたその時である。
————「二人とも、その辺にしておいたほうが良いわ」
「て、手塚さん!?」
まさかの菜摘の介入に、梨乃が目を、丸くしている。
「てめえには関係ねーだろーが。すっこんでろって」
一度梨乃に押された側のちえりはその介入が気に入らないらしく、菜摘にまで噛みついた。
「関係ないことはないわ。だってこの空間は皆んなのものよ? そうよね、清野さん?」
「え? う、うん。私も……そう思う、かな?」
ちえりと梨乃の板挟みになってオドオドしていた結亜が、また突然に話を振られて、更にオドオドした。
「チッ! あーしらけた。あたし帰る」
そう言ったちえりは、机に掛けてあったリュックを乱暴に掴んで、自分のコートがある上着掛けへ向かう。途中ですれ違った男子にも同じように舌打ちして、教室を去ってしまった。
「結亜……ゴメン」
今度は梨乃が結亜に、謝る。
「う、ううん。ホントは私が二人を止めなきゃだったのに……」
結亜が菜摘をチラッと見た。梨乃も、注目していた皆んなも、菜摘を見る。
「私のことは気にしなくて良いわ。清野さんはツラかったでしょうね? さっきはああ言ったけど、実際のところ、私は二人に関係ないから逆に止めることができた。それだけよ」
菜摘が少し笑って、二人にウィンクした。
「わ、わたしは——!」
梨乃が何かを言おうとする。
「天堂さんの気持ちもわかるわ。いつも一方的に惚気話や愚痴を聞かされると、嫌な気分よね?」
「え? あ、うん」
梨乃は完全に毒気を抜かれたようだ。
「でも二人とも、口が悪すぎよ? まるで瑞稀を見てるようだったわ」
——え!? あ、あたし!?
今度は私に皆んなが注目する。
「そ、そーいや瑞稀、止めてくれなかったよね? わたし達のこと」
梨乃が寂しそうな目でこちらを見ていた。
——ち、ちょっと待って!? 今のはあたしが止めるトコだったの!?
私が独り焦っていると、菜摘がそんな私をもフォローしてくれる。
「瑞稀も難しい立場よね? 瑞稀は二人と仲が良いし、一緒に居る美空ちゃんにまで飛び火しちゃうから」
と、菜摘が美空を見た。今まで黙っていた美空も、口を開く。
「瑞稀? わたしを気遣ってくれてたんだ。ありがと」
「そ、そーそー、そうなのよ」
——ううっ……! 口が裂けても言えない。二人のやり取りをちょっとだけ面白がっていたなんて……。
仮に美空が誰かと言い争いとかになったなら私は絶対に止めるし、絶対に美空の味方をする。たとえ美空が悪くても。でも正直な話、今の二人に対しては「どっちもどっち」と思ってしまったし、どちらの味方をしたいとも思えなかった。私は冷たい人間なのだろうか。
「つまり、今のは私が適任だったのよ。二人のどちらに嫌われても別に問題ないし——」
菜摘の「嫌われても問題ない」という言葉に、梨乃が少しだけショックを受けたような顔をした。梨乃は「女版の戸高」のようなもので、他人から嫌われるのを怖がっている節がある。だからこそ不満を爆発させてしまった先ほどは、引っ込みがつかなくなっていたのだろう。ちなみに戸高はさっさと教室を出てしまっていて、今は居ない。
「でも、私も納得できないことがあるわ。こういう時は男の人が仲裁するものでしょう? ねえ琇くん?」
皆んなが琇を見た。
——いやいや、皆んな違うんだって。コイツはね……?
「ん? 僕? ああなるほど、菜摘ちゃんならそう思うか。でも僕さ、喧嘩って止めるよりも観てるほうが好きなんだよね——」
琇のこの言葉に、周囲からバッシングが飛ぶ。
「サイテー!」「お前そんなヤツだったのか!」「良いやつだと思ってたのに!」「とか言いながらホントは怖かったんじゃない?」「なさけねー!」「友達やめるわ!」
などなど、皆んな自分の事は棚に上げて、好き勝手に各々言いたい放題だ。まだ琇が話してる途中なのに。
ちょっと、腹が立ってくる。
「ちょっ——!」
私が琇の代わりに皆んなに言い返そうとした時——。
琇が机を、ガンッと蹴った。
皆んな一斉に静まる。
「あれ? 黙っちゃった? 僕はただ音を鳴らしただけなのに。皆んなもさ、本当は観てるのが面白かったんじゃない? だから僕は代弁してあげたんだけど——」
「そ、そんなこと……!」
誰かが反論しようとした。でも
普段から皆んなに親切で優しい琇が、クラス全員に対してこんな事を言うのは誰も予測がつかなかっただろう。私以外には。
だからこそ、その効果は絶大だ。
琇の
「そんなことあるでしょ? 菜摘ちゃんが止めなかったら、皆んな最後まで観てたはずだよ?『きっと誰かが止めるだろう』ってね? で、誰も止めなければ今度は最も止めやすく、自分が良い格好できるタイミングを妄想するはず。結局誰も、止めないくせに——」
「お前と一緒に……!」
また誰かが言いかける。けど、まだまだ琇のロジックは続く。
「ああ、一緒にして欲しくないね。僕は『誰かが止めるだろう』じゃなくて『誰も止めなくて良い』と思ってた。本来なら喧嘩ってのは、周囲に頼るんじゃなくて、自分で解決するモノだから。今回はたまたま良いタイミングで菜摘ちゃんが止めてくれたけど、あのタイミングを逃せば逆効果になる。更に言えば自分に火の粉が降り掛かって面倒になる。それは皆んなもわかるでしょ?」
ようやく琇の論弁が止まった。遠回しに梨乃やちえりに対しての批判も混ざっているだろう。梨乃のあの罰の悪そうな顔を見るに、その効果も大きいみたいだ。
「面倒って、そんな事思うわけないだろ!」
またまた誰かが反論した。すると再び琇の反撃が始まる。そしてその語気は更に、強かった。
「じゃあさ、なんで菜摘ちゃん以外は止めなかったの? その事実だけは曲げられないよ? 自分を棚に上げて他人を非難する前にさ、『次に同じ事が起こったら自分はどうするか』考えなよ。それができないならせめて、自分の感情とか思考ぐらいは把握したらどうかな?」
堂々と冷たく言い放つ琇に、誰も何も言えない。言えるのは——。
「琇くん、ちょっと言い過ぎよ? ここであなたが皆んなを敵に回しちゃったら、流石に私も止められないわ」
菜摘だけ、である。
「ごめん、菜摘ちゃん。こんな事言った僕だけど、本当は今のセリフを言いたいが為に、君が二人を止めるのを待ったんだ。つまり、皆んなと同じさ」
「ふふっ、じゃあ私は期待通りだったってコトね? 私も、もしかして、って思ったから琇くんに話を振ったの。だから、おあいこよ?」
何故だろう。なぜ菜摘が、なぜ私の他に琇を理解できる人が、いるのだろう。
「皆んな! そういう事だからごめんね! さあ帰る人は帰ろう! 僕の陰口を言いたい人は僕の陰口を言おう! 僕はもう帰るから安心してね!」
自分から「陰口を言え」なんて、普段の琇の言動に
「——瑞稀、ごめんね。瑞稀も帰ろう」
琇が私を誘う、が——。
「いい」
「え?」
「良いって言った。あんたは一人で帰って」
私は断る。
「ちょっと瑞稀? それは田所くんが可哀想だよ」
美空が口を挟んだ。
「あー大丈夫。自分の思考とか感情くらいは把握してるから。今あたしは琇のことで、菜摘に嫉妬した。だからあたしは、菜摘と話したいことがある」
「え? そうなの?」
菜摘が少し驚いたように言った。
「うん、そう……私は嫉妬したのよ。だからこれはあたし自身の問題。喧嘩とかにはならないから安心して良いし、菜摘の知ってる琇を知りたいだけ。美空も一緒に」
「え!? わたしも一緒に!?」
「ごめん、美空。あたし、ワガママなんだ。親友としてのお願い。ちょっとだけ付き合って?」
「良い、けど……菜摘ちゃんは、わたしが居て良いの? アウェイ、みたいにならない?」
「くすっ。あなたがそう思ってくれてる時点で、ならないわ。ふふふっ、瑞稀、お手柔らかにね?」
琇を置いてけぼりにして私達の会話が進む。
「と、言うわけで琇、あんたは独りでモヤモヤしながら反省しなさい」
「たしかにモヤモヤはするけど、何を反省すれば良いのかな?」
「決まってるでしょ? あんたが自分勝手だからよ。もし琇が『瑞稀以外の人には嫌われても良い』だなんて考えるようなやつならあたし、あんたと別れるから」
私は自分の身勝手さを棚に上げて、琇に堂々と暖かく、言い放った——————。
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