23:これは賄賂ではありません


「……どうした、ヨシト? ジャパニーズ土下座なんかし始めて」


「……この度はカタリナ様にお願いがあります」


 自宅の一室。もともと誰も使っていなかった空き部屋だったそこは、すでにうちにきた留学生の「カタリナ」によって、アニメやらサッカーのユニフォームやらゲーミングPCやらで占領されている。


 そんな部屋で俺は、スタイル抜群でぼんきゅっぽん。そしてつい見入ってしまうほどに綺麗な金髪に宝石のようなブルーアイ。きっと誰もが口を揃えて美人と評するだろうカタリナに、土下座をしてあることを懇願している。


「俺の彼女のフリをしてほしいのです」


「…………はーっ。いきなり何をいうかと思ったが……お前はバカか? are you stupid?」


 留学生のくせにもともと日本のアニメを観尽くしていた経験から、カタリナは日本語が流暢だ。だからこそ、イギリス人である彼女は容赦無く俺に日本語でも罵倒してくる。


「私はな、今すごく機嫌が悪いんだ。心のクラブであるリバプールが下位チーム相手に連敗して、挙句私が楽しみにしていたムツキちゃんのフィギュアは転売ヤーに買い占められるし……fu●k!」


 相当不機嫌らしいカタリナは、土下座している俺の上に座り出して、足を組んで近くにあったエナジードリンクを飲み始めた。相変わらずの女王様スタイル。その手の性癖をお持ちの方ならこんなことされても喜んだり歓喜したりするんだろうけど、あいにく俺にそんな趣味はない。だが我慢だ……ここで下手に反抗してカタリナの機嫌を損なうわけにはいかないんだ。


「だからな嘉人、今日はお前をたっぷりいたぶってやる。スマブラ徹夜でやるから、覚悟しておけ」


「そ、それは……」


 こいつは負けず嫌いな性格であるために、自分が納得するまでとことんゲームをさせられる。この前だってスマブラ一緒にやった時、最終的に終わったのは朝の6時とかになっちゃったし。


「イヤなのか? まぁ、ヨシトに拒否権はないけどな! あっははは!」


 このままではカタリナにとことんいいようにされるのがオチだ。彼女のフリなんか絶対してくれないだろうし……。だけどこのまま引き下がるわけにもいかない! 先輩に嫌われるわけにもいかないんだから。


「……カタリナ様、お渡ししたいものがあります」


「ん? なんだお前。もしかして最近日本で流行りの賄賂か? よく逮捕されたってニュースが話題になってたし。確かKがつく会社も——」


「そ、そんな薄汚い大人たちと一緒にするな! とりあえず一旦降りてくれよ。渡せるもんも渡せないだろ?」


「仕方ない、せっかく座り心地が良かったんだが我慢してやろう。だが、もし変なものを渡したら……あっははは! ああ、そっちの方がいいかもしれない。ヨシトの困り顔が、私が大好きだからな!」


 高笑いしながら恐ろしいことをカタリナが言ってくる。ああ、こいつはきっとまたたっぷり俺のことをいたぶるつもりなんだろう。だけどそうはならないはず。だって、今から俺が渡すわい……プレゼントはきっと彼女が欲してやまないもののはずだから。


「お持ちしました」


「ほー、どれどれ…………なっ!? こ、これはムツキちゃんのフィギュア!? ど、どうしてお前がこれをもっている!? な、なぜこれを!?」


 いつかカタリナをもので釣るときのために、寝る間を惜しんで通販待機して手に入れたものだ。案の定カタリナは目を輝かせながらフィギュアに見とれている。やっぱりこいつはこのフィギュアが欲しくて欲しくてたまらなかったようだ。


「どうだカタリナ。これがほしいか?」


「ほ、ほしいに決まってる! よ、よこせ!」


「タダであげるわけにはいかないだろー。なーカタリナ、俺のお願い聞いてくれるか?」


「お、お前……私を賄賂でつるってか! やっぱりあの汚いやつらと一緒だったんだな!」


 さっきまで攻勢だったカタリナは一転して焦った様子を見せている。ははっ、こんなカタリナの姿を見るのは初めてかもしれない。いつもしてやられているぶん、このまま焦らし続けるのも悪くない気もしてきたが、今の目的はそれじゃない。なんとしてでもカタリナに彼女のフリをしてもらわないと。


「これは賄賂じゃない、プレゼントだ。まぁ、ちょっとばかり条件付きのな」


「よ、ヨシト……普段私にいいようにやられてるくせに……」


「あーいらないんだ。ならこれは俺がたっぷり堪能しようっと」


「ま、待て! ムツキちゃんをお前になんか渡してたまるか!」


「なら彼女のふりをしてくれるか?」


「ぐ、ぐぬぬ……し、仕方ない。お前の彼女になってやろう」


 悔しそうな表情をしながら、カタリナは泣く泣く俺の提案に乗ってくれることになった。


「よし、交渉成立だ」


 こうしてなんとか俺はカタリナを説得することができ、彼女のふりをしてもらう約束を取り付けた。ふぅ、良かった良かった……これで先輩に嘘がバレることがなさそうだ。安心安心!




「ヨシトの彼女のフリ…………あっははは! それはそれで面白そうだ……。ヨシトの困った顔、いっぱい見れそうだしな! 覚悟してろよ、ヨシト……!」


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