第9話 名称不明の大草原(4)
触手に身体の部位を剥ぎ取られ悲鳴をあげながらも、なぜか彼らは笑う。それも、極自然な満面の笑顔で。
「畜生、イテ――」
「ああ、ほんとリアルだよな。ハハハ」
「アハハハ、腕とか取れちゃってるもん」
「あいつなんて、足切られて動けないぜ」
「もう、泣き叫んでるじゃん」
「それな、ハハハ」
血が舞う中で見る彼らの顔は、狂気を帯びているという感じではなかった。
あまりの恐怖で頭がおかしくなった様子もない。
大量の血と汗を額から流しているところから身体的な痛みはあるのだろうが、どこか安心しきっているような雰囲気を彼らの立ち振る舞いからは感じた。
「お、おい」
当然、訳がわからない俺は彼らを諌めようとした。が、次の彼らの言葉ですべて合点がいった。
「生き返らせてくれ」
彼らは口々に懇願する。
「あ、ああ」
舌を絡ませながらも、俺はこくりと頷いた。
そうか、俺たちは死ぬことなんてないんだ……なんで、俺はそんな簡単なことを忘れていたんだ。
所詮ゲームの延長線上の世界なんだから、死ぬことなんてない。
クレア・ザ・ファミリア上俺たちはただのデータだ。現実の有機的な俺たちの身体は、この世界にはまったく存在しない。つまり、身体的に死ぬことはないということだ。だったら、偉い人か誰かに死亡したことをなかったことにするようデータを書き換えてもらえばいいだけじゃないか。
だが一方、一旦失った命をそんなに簡単に蘇らせることなんてできるのか、という闇に満ちた考察が瞬時に頭を過る。
「ハヤト。大丈夫だ。いくら現実に準じているとはいえ、仮想空間だぞ。蘇生アイテムとか教会とかで、必ずトラビスたちを復活させることはできるはずだ」
スノハラが俺の疑問を払拭するかのように声をかけてきた。
その言葉に納得した俺は彼らから目を切り再び走り出した。
俺たち生き残りは、命からがらながら、ようやくダコタ・チュートリアルの城門前までたどり着いた。
例の物体はこちらまで追ってこようとはせず、しばらく俺たちの様子を威嚇した後、大草原の彼方へ消えていった。
城門はなぜか閉じられており、もし今攻撃されていたら、すでに体力の限界を迎えていた俺たちは門が開く前に全滅させられていたことだろう。
それにしても、あの物体はなぜ襲ってこなかったのだろう――この街の周りに、魔術とかで張り巡らされた結界のような物でも存在するのだろうか。
それとも単なる幸運だったのだろうか。
いずれにせよ助かった。
ほっと、吐息をついたが、もちろん安堵している時間はない。
何しろこちらは重傷者を含めた怪我人が多数いる。そして、このままこの名もなき草原に留まっていては、いつあの物体が戻ってくるかもわからない。
俺たちはあれを完全に処理したわけではないのだ。いや、どちらかというと、ダメージひとつ与えていないといった方が正確だろう。
城門は自動で開かないようで、いつまで経っても閉じられたままだった。てっきり救助に誰か寄越してくると思っていたのだが、そういった気配は一切感じない。
なんて不親切な奴らだ。
業を煮やした俺は、城の手前まで駆け寄った。
「助けてくれ」
そう言って、俺は閉まっている城門に手を伸ばした。
だが、もう壁に指が触れようかという時だった。見えない何かによって後ろに身体を弾じき飛ばされた。
芝生の上に倒れ込んだ俺が戸惑う暇もなく、脳内に文字が現れる。
(受付が拒否されました。公務員もしくは適切な役職に所属した人間以外、ダコタ・チュートリアルには再入城できません。また、クレア・ザ・ファミリアの各都市の外壁と門には特殊なアクセス遮断システムがコーディングされており、いかなる攻撃も無効化します。すみやかに門が開かれている他都市へお立ち去りください)
「な……」
俺は絶句した。
それから悲劇を予感した映画の主人公かのように叫び、門の前の見えないバリアを蹴り、自分の身長の数十倍ある壁をよじ登ろうとさえしたが、壁の越境を試みる度、身体は遥か後方へ弾かれた。
壁による入場拒否……まさしく、ダコタ・チュートリアルが造り出した文字通りの反応をその城壁は見せた。
「お、おい。入れないみたいだぞ」
「入城ができないって――」
後ろからその文字を脳裏で視認したのであろう他の生存者たちのざわざわとした声がする。みな一様に動揺を隠そうともしていない。絶望したのか奇声をあげる者さえいた。
この反応は当然だろう。
だが、今こそ落ち着かなければならない。俺たちにはやらなければならないことがある。
状況を冷静に分析した後、俺はEXPハント団――生存者たちに身体を向けた。そして、口をゆっくりと開く。
「徒歩で隣町――ファーストシティまで行こう」
「徒歩って……あんなのがいるんだぞ。また、あんなのに遭遇したら、俺たちは今度こそ全滅だ。行く奴なんているわけないだろう」
目の前にいるスノハラがいの一番に首を振って反対してきた。
「それで、ここで待ってるというのか?」
「ああ、そうだ。きっと助けに来てくれる」
「助けに? じゃあ、なぜ襲われている時に誰も助けに来なかったんだ。この高い城壁の上からだったら、俺たちが襲われていることなんか、すぐにわかったはずだぜ。それでも門さえ開けようとしなかった。こんな奴らが、俺たちを助けに来るはずもない」
俺があまりの剣幕で述べたせいか、スノハラはもじもじとしながら身体を後ろに引く。
「だからって、あんな……名前もわからない草原……化け物がいる草原を突っ切って、隣町に行くなんてよ……」
と、弱々しい口調で言う。
「いいか、スノハラ。俺は誘っているんじゃない。現実を言っているんだ。とにもかくにも、どこかの街に入らないと俺たちは全員死ぬ。そして、全員死んだら、誰が俺たちを復活させてくれるというんだ」
俺は絶叫するかのように語気を荒げて言い返した。
そして、俺たちが助かるには、自らの足で隣町に行くしかない、ともう一度断言した瞬間だった。
木造りの大飛行船が、重く鈍い音を立てながら俺たちの遥か上空を通り過ぎていった。
その振動は俺たちの身体を突き抜けたが、ダコタ・チュートリアルの城壁や門を揺るがすことは一切なかった。
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