01-002 ケイイチ

 なぜ、死ぬのか?

 それは、ケイイチが「役立たず」だからだ。


「小さい頃はよかったな……」

 仰向けで呼吸を整えながら、ケイイチは少しだけこれまでの事を思い出していた。


 ケイイチは、小さな頃からずっと父親に「人の役に立ちなさい」と言われ育ってきた。


 幼い子供にとって、親の言う事は絶対だ。

 父の言葉をまっすぐ素直に受け止めて、ケイイチは物心がつく頃には「人の役に立つ人間になりたい」と思うようになっていた。


 子供の頃からの夢は、ヒーローになる事。

 困っている人のところに颯爽と現れて、問題を鮮やかに解決する、そんなスーパーヒーローになりたかった。

 だから小さな頃は、困ってる人を見つけたら必ず手助けをした。

 誰に言われるでもなく、色々なお手伝いも進んでやった。


 小さな頃はよかった。本当に。

 無邪気な子供の善意であれば、大人達も喜んで受け取ってくれる。

 今日、ここに来る途中で出会ったあの老婦人のように、嫌な表情を向けられたり、拒否されたりする事はない。


 あの頃は、ほんとうに色々な人の手助けをした。

 もちろん、所詮は子供の力でできるような事だ。

 今思えば、ほんのささやかななお手伝い程度の事ばかりだったと思う。

 でも、喜んでもらえた。たくさんの笑顔が見られた。たくさんのありがとうをもらった。

 父も喜んでいたし、自分も誇らしかった。

 あの頃は無敵だった。

 これを続けていったら、僕はスーパーヒーローになれる。そう本気で信じることができていた。


 だから――10歳の頃、自分が両親と血の繋がっていない子供だと知った時も、わりと素直に受け入れられた。

 ケイイチは、両親とは血の繋がらない、そればかりかこの世に誰一人として血の繋がる人のいない、社会の安定のために政府によってされた人間だ。


 そのことを初めて知った時は、さすがにショックだった。

 でも、自分が政府によって作られた子供だというのなら、それは最初から世のため人のための命だったという事だ。世のため人のために活躍するスーパーヒーローになりたい自分には、ぴったりだと思った。何か宿命めいたものを感じ、むしろ嬉しいとさえ思えた。

 その事をきっかけに、ケイイチはますますスーパーヒーローになりたい、ならなくちゃ、と思うようになった。


 でも、12歳になり、それまで遠ざけられていたAIやロボット達が生活の中に入り込んできて、AIやロボット達のやってきた事、やっている事を詳しく学んだ瞬間に、ケイイチの夢はあっさりと終わった。


 AIやロボット達は、凄かった。凄すぎた。

 淡々と人々の命と安全を守り続け、黙々とたくさんのトラブルを解決し続けている。

 そして彼らはそれを誇る事はなく、見返りを求める事もない。

 それは、ケイイチが憧れたヒーローの姿そのものだった。

 いや、ケイイチが憧れたどんなヒーローよりも、AIたちのほうがずっと凄かった。


 AIたちは、困っている人を助ける助けない以前に、そもそも誰もが困らない世の中を作り上げていた。

 みんなが安全に、快適に、自由気ままに過ごせる社会。

 汗水垂らして働く必要も、不平不満を口にする必要もなく、誰も明日に不安を抱える必要がない世界。

 そこでは誰も「悪」を為す必要がない。困る人もいない。不安に怯える人もいない。

 だから、そこにヒーローは


 その事実を目の前にして――ケイイチは途方に暮れた。

 「ヒーローになりたい」「人の役に立ちたい」

 それが小さな頃からの夢だった。

 なのにその役割は全部AIがやっている。

 ケイイチなんかよりもずっと上手く。ずっと大きな力で。

 じゃあ、僕はどうしたらいいんだろう。何をしたらいいんだろう。

 それが全く分からなかった。


 だって、ケイイチの力なんて、誰も求めていない。

 ケイイチの手助けを必要とする人なんて、どこにもいないのだ。

 それでもケイイチは、誰かのために役に立ちたかった。

 そうならないといけなかった。

 だってケイイチは、「社会のために作られた人間」なのだから。


 ケイイチは色々な事を試みた。

 依頼されてない事でも先回りして率先して取り組んだ。

 無理難題にも頑張って挑んだ。

 そして――それは全部、裏目に出た。

 AIほどにうまく立ち回るなんて、人の身には到底無理な事だった。

 ケイイチはたくさんの失敗をした。

 余計な事をするなと散々に怒られ、色んな人の信頼を裏切り、時にはいいようにこき使われ、パシリになり、都合のいい奴としてアゴで使われた。

 何一つうまくいかず、誰にも喜ばれない。感謝などされるはずもない。


 ああ、自分は何の役にも立たない、価値のない生き物なんだ。そう思った。

 そうあってはいけないのに。

 人の役に立たなくてはいけないのに、全く役に立てない。

 生きているだけでマイナスばかりを生み出してしまう。


 じゃあ、どうしたらいい?

 そんなどうしようもない役立たずが、何か世間様のお役に立てる事があるとしたら、何だ?

 お役に立てる事があるとしたら、それは――

 これから生み出すマイナスを、ゼロにする事くらいしかないんじゃないか?

 これからの人生で自分が消費するリソースと、自分の行動によって周囲にかけるであろう迷惑を、ゼロにする。

 それこそが、自分にできる唯一にして最後の奉公なんじゃないだろうか。

 だって、自分の命は世のため人のためのものなんだ。

 世のため人のためにならないのなら――

 だったら――


 ――呼吸は、落ち着いた。

 体も、問題ない。

 ケイイチは体を起こすと、立ち上がり、ゆっくりと屋上の端のほうへと歩みを進めた。

 そして屋上をぐるりと囲む鉄柵に近づき、それに手をかけた。

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