第2話 ボールス・エルバンス



 ◇◇◇



 逃走を図る前にゴミ捨て場に転がっていた服?装備?らしきものを掻っ攫い直ぐにその場から逃げた離れた今は人の目が無い(多分)路地に来て自分自身を落ち着かせている。ちゃんと衣服は着てるから問題ない。裸が見たいというなら吝かではないが…まぁそんな生産性のないことはいいとして今は状況を確認。



 まず俺の本名は佐藤歩さとうあゆむ。某大卒の一般社会人社畜。大丈夫、覚えている。

 会社員として働いていた28歳彼女なし。少し酒癖は悪いと言われるがそれでも友人も何人かいて私生活、人間関係共に上手くやれていたと、思う。


 そんな俺は今、どうだ?


「――変な環境に立たされて知らんおっさんになってんですけど」


 現実が受け止めれず膝を折り、変わり果てた前髪が目を塞ぐ。

 赤茶髪に30代後半であろう見ず知らずのおっさんになっていた。確実に黒髪だったはずの自分?の前髪を手で伸ばし変わり果てた髪の色を見て絶望する。

 

 なんで「おっさん」だと解るかというと…体力の無さ。野太い声。触ってわかる顎周りの無精髭。そして服のセンスから推測した。

 先程少し走っただけで体力は切れる。叫んだ時のおじさんボイス。ぞりぞりと不快な音を奏でる顎周りの髭。そして何よりも――茶色の服を選ぶ人種はおっさん(偏見)。


「おっさんかどうかは置いといて。顔は鏡がないからわからん。背は高いな、ガタイもいい――ハァー。口、クサ」


 地面に膝を折った状態で外見を確認し手を口に当てがい口臭のレベルを確認して…悍ましい口臭の臭さからダウンしそうになる。


「…ううっ。そしてやけに股間が痒いのがただ一つの違和感」


 口臭もそうだがそれよりもさっきから気になっていたある箇所の痒み。その尋常じゃない痒みを伝えてくるに手を差し伸べた時、魔が悪いのかさっきまで知りもしなかったがフラッシュバックのように鮮明に蘇った。


「なッ!?――うぇ」


 記憶が蘇った。その情報量の多さに頭を片手で押さえてえずいてしまう。


「あぁ、クソ。全て思い、出した」


 思い出した。の最悪な境遇を。



 の名前はボールス・エルバンス。この世界の住民であり「D」ランク冒険者…らしい。


 もうわかっていると思うが言葉の通り俺が今いる場所は地球ではなく異国の地――だ。


「――うっ。ただ、俺に日本あっちで死んだ記憶もないし。神様らしき人物と会った覚えもねぇ」


 頭を押さえたままだがなんとか立ち上がり昨日以前の佐藤歩自分の記憶を辿る。


 確か…昨日は会社が休みで家で暇を持て余してグータラするはずが、義姉からお誘いがありお天道様がこんにちはしているお昼間から居酒屋の梯子を…うぷ。


 考えて口を押さえる。


「――そ、そうだ、義姉と居酒屋を回った記憶はある…その後は…」


 一緒に泊まると駄々をこねる義姉をあやして自力で家に帰り就寝、そして目を覚ましたら…。


「異世界に来て別人になっていた、と。はい、そうですか…とは流石にならんやな…」


 生前読み漁ったラノベ文献では異世界に来る際に「神」と呼ばれる超常生物と会う…らしい。そして自分が亡くなった理由又は異世界に呼ばれた理由、これからのこと等々話を聞き「力」「役割」「試練」やらを啓司されるとのことだが――


「――目を覚ましたら何も知らないまま半裸(バン一)で異世界にいるんだもんな」


 自分の待遇に納得が行かなかったが、それらは一旦置いて本題だ。ここからがボールスこいつの最悪というか、悲惨すぎる境遇だ。



 【ボールス・エルバンスの実態】


 ボールスという男は冒険者組合ギルドの「D」ランク冒険者。

 通り名は『初心者狩りのボールス』。要は自分よりも下の存在に威張り散らかすDQN。異世界用語で例えるなら「かませ犬」「脇役」といったところだろうか。


 初心者冒険者をいびり、虐めの常習犯。ただこの男を止める人物はいなかった。

 「D」ランク冒険者という「中堅冒険者」にして自分よりランクが高い冒険者や偉い人がいると媚を売り見ていないところで行動を起こすという姑息なやり方。そして止めたら自分が次の表的になるという恐れがあったから周りも軽々しく動けなかった。

 勿論冒険者組合ギルド側からも注意はしたが一向に止まらない。それも「これはへの指導」と言われてしまい手に負えない。冒険者組合ギルド側も冒険者同士の争いは介入しないという決まりルールがあるからほとほと困り果てていた。


 そんなある日ボールスに天罰が下る。


 その日、いつもの様に冒険者組合ギルド内にある食堂でお酒を飲んで暇をしていた。

 そこに三人の冒険者が現れる。一人は男。そして残り二人は女。それも全員初心者と思しき軽装。獲物新顔を確認したボールスは動く。


『…新人ニュービーか。ここの冒険者組合ギルドではルールってもんがある。特別にの俺が直接教えてやろう』

 

 自己中に自分のペースでペラペラと話しかけて体のいい言いがかりを吹っかける。これがボールスの常套句だ。


『『『……』』』

『おいおい、無視は悲しいぜ…と、なんだなんだ。連れの嬢ちゃん達可愛いじゃねぇの。どれ、俺が手取り足取り優しく指導してやろう! 男は…一人で行動な!』


 相手が無視を決めようがズケズケと絡む。それも男と行動を共にしている女達が自分好みだったこともあり手を出そうとした。

 その時連れの男性が行動を起こす。ボールスの手を素早く掴み背負い投げの要領で軽くのしてしまう。


『グエェェェっ!?』


 ボールスを簡単にあしらった男の見た目は黒いコートを着て、この地域では珍しい黒髪、黒目。

 そんなことを今何が起きたか理解が追いつかずぼーっと確認していると周りで見ていた野次馬たちの笑い声が聞こえる。


『て、テメェ…!!』

『……』


 ボールスは他の冒険者達がいる前で新人に簡単にあしらわれてしまったことと周りから笑われたことで腹が立つ。

 立ち上がったその勢いで。ただそれがいけなかった。冒険者組合ギルド内での武器の使用は違反になる。


『……』

『!…(コクコク)」


 そのことを知っていた新人は近くにいた受付嬢に顔を向ける。気付いた受付嬢は何かを感じとり首を縦に振る。


『…なのにルールも知らないんですね』


 新人はそれだけ口にする。その目は冷え切っていた…そして気づいたら無手の相手に気絶させられる。

 床に倒れられても邪魔だという理由で男の手で近くのゴミ捨て場に正にゴミのように捨てられた…という経緯がある。


 それもこの男は自分が気付いていないだけで冒険者からも冒険者組合ギルドからも街の住民からも嫌われている。ゴミ捨て場に捨てられていたボールスを気に止める人がいないのがいい例だ。



 現在、何故ボールスという男に佐藤歩の魂が入っているのかは謎だ。あっちの世界にあるラノベ文献では亡くなったその人の中に魂だけが入りその人物の記憶を共有し、第二の人生を歩む…というケースはあるらしいが、今回は佐藤歩ボールスこいつも亡くなっていない。気付いたらボールス他人の体に入っているという異例。


「――ほんと、謎、謎、謎だらけだよな。ただボールスに勝つ初心者冒険者。お前が主人公だよ。記憶では黒髪、黒目だし…ワンチャン転移か転生者だよな。確定ではないが」


 哀れボールス。そして流石主人公と思い頷く。


「ま、他のことは今は良くて、ボールスこいつ他にも色々やってるんだよな。人殺しとか犯罪紛いのことに手を出していないだけマシだが…「ステータス」」


 記憶を蘇らせ目の前に半透明のボード。ステータス画面を出し自分の強さを確かめる。


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ボールス・エルバンス 29歳 男


L v.21

種族:人種

ジョブ:性技

サブジョブ:戦士


魔力:20

筋力:50

防御力:30

魔防御力:0

素早さ:20

運:50


加護:なし


スキル: 剣術lv.2 体術lv.2 身体強化lv.1 氷魔法lv.0(開花してない)NEW 性技lv.7 絶倫lv.9 性欲lv.10(MAX)


ユニークスキル:強奪lv.1NEW


属性:氷NEW・無


状態異常:性○


持ち物:なし


所持金: :500ベル


 

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「……」


 ステータスを見てフリーズするが、直ぐに我にかえる。


「いや、待て待て。待ってくれ。強いとか弱いとかは今は置いといて色々とツッコミたいことがある――」


 目を瞑り忙しなく首を振る。そこで言葉を止める。そして腹から声を出す様に――


「股間が痒いの絶対――性○のせいじゃねえかァァァアィァァァッッァァ!!!」


 路地裏全体に響く様に叫んだ。


 「ステータス」を見たことと思い出したから知っていた。ボールスこいつが娼館通いの阿保だと。そして今の俺がその阿保であることに泣いた。「ステータス」で見たボールスの年齢が俺と「1歳」しか変わらない事実にまた泣いた。


 30歳超えてないんかい、と。


 

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