第8話


 触れない心を縛るには。

 恐怖と、たった一杯のスープがあればいい。


「申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません」


 あれから何日が経過した。

 どれだけの施しを受けた。

 如何ほどの愛をその身に流し込まれた。


 首を垂れて、許しを請う姿に、あの日の少年の面影はなくなった。

 伸びた髪が、丸みを帯びた肉体が、震える身体が、少年を少女に錯覚させる。蹲ったままの彼を立ち上がらせ、その股間を見せなければ、もう誰も彼を男だと思うことはない。

 生まれ変わりつつある少年の、いや、少女の痴態に男は上機嫌だった。だから。


「ひぎぃぃ!!」


 鞭を振るう。

 少女の身体に、蛇がのたうちまわった跡を残していく。


「申し訳ございふぎっ! 申し訳ございません申し訳ございいぎっ!」


 新雪を踏み荒らす子どものように。純粋に。

 蟻の巣に水を流し込む子どものように。残酷に。


「かつて、我が父が孕ませた町娘。その子どもが其方だ。言うなれば、余と其方は異母兄妹。ああ、なんと、なんと悲劇的な出会いであろうか。そうでなければ、其方は王族の一人として幸せに暮らしていたというに。それが、なんともみすぼらしい生活を送ろうとは」


 少女は鞭を受ける。受け続けた。

 鞭を受けていれば、許される。

 受けている間は許される。


 アレを。

 許される。


 触れない心を縛るには。

 恐怖と、たった一杯のスープがあればいい。


 少女には、鞭こそが一杯のスープであった。


「はじめよう」


「申し訳ございません! 申し訳ございません! 申し訳ございません! 申し訳ございません!」


 声を張り上げる。

 精一杯に、許しを希う。


 願いは届く。


「勿論だとも、ああ、ああ、勿論だとも。我らは兄妹ではないか」


 届いた願いが。

 願った形であるとは限らない。


「今日も愛し合おうではないか」

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