第3話「せめてキスだけでもぉーーーっ!」


 ――ピンポン、ピンポーン♪ ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン♪


 いきなり呼び鈴が連打された!

 ただならぬ雰囲気だ。これは菜々美が言うように追手だろうか。


「菜々美ちゃ~ん♪ いるのわかってるんですからねぇ~♪」


 外からは、のんびりした声。

 しかし、怒りの波動が伝わってくる。


 なんだろう、逆に怖い。

 のんびりした声なのだが、それがかえって怖い。


「ひぃい!? やっぱり神寄さんーーー!?」


 菜々美の表情も恐怖の色に染まった。

 よほど怖い人なのだろう。


「……おにぃ……どうする……? 出たほうがいい……?」


 瑠莉奈も声に怯えの色を滲ませて訊ねてくる。

 このピンポン連打をスルーするのは無理だろう。

 菜々美がいるのは向こうにはわかっているようだし。


「菜々美……」


 俺は菜々美の意見を聞くべく視線を向けたが……、


「こ、こうなったらぁ――せめてキスだけでもぉーーーっ!」


 菜々美は瞳を血走らせたまま、こちらに顔を思いっきり近づけてきた!


「うわっ!?」


 咄嗟によけてしまう。回避は成功。菜々美は俺の顔の横を通過。

 結果として、菜々美のことを抱きしめるような形になった。


 長い黒髪が首筋にサワサワとあたる。

 くすっぐったい&気持ちいい! シャンプーのいい香りがする!


 すぐに菜々美は顔を戻して俺のことを血走った瞳で睨んできた。


「なんでよけるの!?」

「い、いや……つい……」

「つい!?」

「ご、ごめん……でも、心の準備が」


 まさか国民的トップアイドルである菜々美から、いきなりキスをされそうになるとは思わなかった。


「と、ともかく落ち着いてくれ」

「落ち着いてるよ! わたしはいつだってクールだよ! 好きな四字熟語は明鏡止水だもん!」


 もう本当にこれはどうしたものか。エキセントリックすぎて、ついていけない。

 アイドル活動のしすぎで菜々美は情緒不安定になってしまったのだろうか?


「菜々美ちゃ~ん。早くしないとこの家のドアを破壊しちゃいますよぉ~~♪」


 そして、神寄さんとやらはほんわかした声で物騒なことを言っていた。


「ううううう~……!」


 菜々美は苦渋に満ちた表情で唸っている。


「な、菜々美……」

「……ぜひもなし、だよ」


 そう言って、菜々美はガックリとうなだれた。

 つまり、これは諦めたということだろうか。


「……おにぃ……?」

「……あ、ああ。ドア開けていいのか、菜々美?」

「……ぜひもなし、だよ……」


 もう一度、繰り返す。

 ちなみに、「ぜひもなし」とは「仕方ない」みたいな意味だ。

 確か、本能寺の変のときに織田信長も口にした言葉だったかな……。


 そう言えば、菜々美は日本史と日本文化を紹介するテレビ番組にも出演しているので、微妙に歴史知識もあるようだ。


 ともあれ。菜々美は観念したようだ。

 なら、俺たちは従うだけである。家を破壊されたくない。


「瑠莉奈、それじゃ、頼む」

「……ん。わかった……」


 瑠莉奈は頷き、一階に下りていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る