第3話 首謀者

※途中から三人称に変わってまた一人称に戻ります




「羽河 薫子って……まさか、あの人が?」


 式乃はその名前に驚きの表情を見せる。

 羽河 薫子。確か昨日式乃が会った魔法少女の名前だ。

 目の前の少女は言う。


「ああそうさ。命令されたことを果たすことこそ、部下の務めでしょ? それと同じ、いや、そのものと言っていい」


「じゃあ君らはこれを続けるつもりなんだね」


「そりゃそうっすよ。命令は、絶対ですからね」


 瞳は真っ直ぐ向けたまま、ずらそうとしない。

 何だ? 何で急にこんな雰囲気になった。さっきまで彼女達は、こんな感じじゃなかった筈なのに。

 そう思っていると、廊下を走る足音が聞こえてきた。


「二美!」


 加えて呼び声も聞こえ、それを聞いた目の前の少女が反応する。どうやらこの子が二美のようだ。

 声の主である少女は、開いている後ろ扉から教室内に入り込むと、二美に近づく。


「何っ?」


「二美、薫子にアナタ呼ばれてる! すっごい怒ってる!」


 その言葉を聞いた二美は、一瞬困惑の表情を見せる。だがそれも束の間、すぐにその表情は恐怖に染まった。


「は? ど、どういうことだよ……! 私は言われた通りやってたよ!」


「分かんないけど、とにかく急いだ方がいいよ。そうしないと、今度はアナタが……!」


「ッ!」


 先程の嘲笑うような顔はどこへやら。完全に恐怖で戦慄していた。

 震えを抑えようとしているのか奥歯を噛み締め、目元を険しくしていたが、やがて観念したように口を開く。


「分かったよ、分かったよ! 一旦引く、急いで戻るぞ!」


 二美は周りに対しそう言うと、彼女達を引き連れて教室から去って行った。

 静まる教室。だがやがて再びガヤガヤと口を開き出す。


 俺は濡れる頭をクシャクシャと掻きむしりながら、式乃へと顔を向ける。


「式乃さん。羽河さん、だったよね? 確か」


 式乃は頷く。表情はいつの間にか険しいものへと変わっていた。


「はい。彼女も聞いた限りでは5人の内の1人です。そうなると————」


「うん。学校の先生が手に負えるものじゃない。先生に言うのは無し」


「では、“私”で解決しなくてはいけない、ということですね?」


 真剣な話の中で、サラッと俺は省かれた。いやいやいや、そうじゃないでしょこの流れ!


「“私”じゃなくて“私達”、だろ? 俺もそれに協力を————って、ウゥゥッ! 寒っ!」


 廊下から入り込んでくる風に、俺は体を震わせる。

 こんな時期に水を頭から被ったらそうなるよねー。

 俺は式乃に提案する。


「式乃さん、その前にさ保健室に寄ってもいい? スペアの制服借りたい」





✳︎✳︎✳︎





「ねえ二美。アナタ、私の命令聞いて何やった?」


 重々しい空気がその教室に漂っていた。

 原因は、カーテンの掛けられた窓際の席で脚を組みながら座る羽河 薫子にあった。

 彼女の周りにはそのクラスの生徒全員が並んでいる。


「い、いや、私は言われた通り、神崎 式乃に————」


 その羽河の前に跪き、険しい顔をしながら言葉を述べる。


「あの程度で? 随分可愛らしくなったものね。アナタの嫌がらせも」


 だが、羽河は言葉で責め立てる。

 二美はその言葉に瞳と声を震わせる。


「そ、それは……」


「口ではどうとでも言えるけど、実際はどう? 生ぬるいと思わないの? そう思わないのなら、それはそれで————」


 羽河は掛けているメガネに指を掛ける。

 それを見た二美は顔に絶望の色を見せた。まるで、これから拷問でも始まるかのように、彼女の表情は凍っていく。


 だが、羽河はしばらくその状態で固まったが、やがてメガネから指を離し、パアッと表情を明るくする。


「冗談冗談、落ち着いて。私も説明足りなかったし、そう深く問い詰めるつもりもないよ」


 一周回って不気味とも思えるその反転。

 しかし二美にはそれが救いだった。彼女は恐怖に染まっていた表情をまるで氷が溶け出したかのように緩め、喜びに変える。

 そして「ありがとう! 本当にありがとう!」と涙ぐみながら感謝する。

 羽河は笑顔のまま言う。


「————でも、ちょっとムカついたから、弄るね」


 指は再びメガネのフレームへ。

 その言葉に二美の顔は一瞬で絶望へと転落する。そして殺される直前かのように命乞いを始めた。


「ま、待って! いやぁ謝る! 謝ります! ごめんなさい今度は————!」


「あ、次回はこうならないように頑張って。大丈夫、ムカついただけだから。ちょっと我慢してね」


 —————すると、何かにスイッチが入った。

 同時に、教室内に悲鳴が響いた。


「イ、イヤァ—————ア、ああああああああああああああああああああああ!!!」


 悲鳴を上げたのは二美だった。

 彼女はいきなり悲鳴を上げると頭を両手で押さえ、その場でうずくまる。

 目はカッと見開かれ、涙を流す。そして高圧電流を流されたかのように体をビクつかせる。

 その姿はまるで奴隷を思わせるようなものであった。


 はそれを見て声を上げて笑い出す。


「フフフ、アハハハハハハハハハ! やっぱり面白いしスカッとするよねぇ〜」


 彼女が笑い出すのに対し、周りの生徒達は表情を恐怖に染めていた。

 脚をガクガクと震わせる者、息を荒くする者、口を抑えて恐怖に耐える者。様々だったが、どれも感情は同じ。

 恐怖。圧倒的な恐怖だ。

 次は一体誰になるのか。隣の友人か、それとも自分か? その得体の知れない恐怖が、彼らの抵抗心を抑制し、理性を狂わす。


 羽河は苦しむ二美を見て笑い続けていたが、やがて周りを見回し、その顔を元に戻した。


「まっ、そう思うのも私だけなんだけど。もういいよ、十分に笑えたから」


 そう言うと苦しんでいた二美の叫びは収まり、彼女はまるで死んだかのようにその場で動かなくなった。どうやら死んでいるわけではなく、気を失っただけのようだ。


「さて、次はどうしようか……?」


 彼女は次にどう式乃に嫌がらせをしようか考えながら、使えなくなった二美代わりを周りを眺めながら探し出す。


 その時、教室の扉が開いた。


 教室にいた生徒は全員がその開いた扉へと顔を向ける。

 そこには、真剣な表情をした神崎 式乃と、佐々木 紘が立っていた。


「神崎 式乃……」


 2人は教室に入ると、側で倒れている二美の姿を目にする。

 それを目にした紘は顔を険しくし、式乃は表情を変えずに真っ直ぐと薫子に目を向けた。

 そして————


「羽河 薫子さん……少しお時間よろしいでしょうか?」





✳︎✳︎✳︎





 青空の下の屋上。そこを俺と式乃、そして羽河の話し合いの場とした。

 式乃と俺が隣り合い、それに羽河が対面する。逃げられないよう立ち位置を考え、俺と式乃の背に出入り口があるようにした。

 対面した途端、羽河が口を開いた。


「ふーん、私とは協力しなかったのに、その人とは協力するんだー?」


 嫌味のように言う彼女に、式乃は返す。


「協力ではありません。単に互いを一方的に利用し合うだけの関係です」


「利用し合うだけ? へー、何が違うのかさっぱり」


 羽河は両手を肩まで上げてやれやれと首を振る。

 話が落ち着くと、式乃はすぐに本題へと入った。


「羽河さん。どうして私にあんなことを?」


「どうして? アナタが私の誘いを断ったから。断らなければあんなことはしなかったのに、残念ね」


 羽河はまるで他人事のように言う。


「だからって、人を無理矢理使うなんて。君には、人の心とか無いのか……⁈」


 俺は感情的になり声を荒げながら彼女に鋭い視線を向ける。

 すると羽河は「フッ」と鼻で笑い、不敵な笑みを浮かべた。


「人を使って? 無理矢理? フフッ、アナタみたいなザ・普通っぽい人には分からないでしょうね。に罪を与えるのと同様のものと考えてくれるといいんだけど」


「加害者……?」


 俺はその言葉が引っかかり、口で繰り返す。

 どういうことだ? 加害者って……

 その言葉の意味について考え込んでしまっていると、式乃が口を開いた。


「一言で戦おう、とか言ってくれればいいじゃないですか。そんな回りくどいことをやらなくても、そっちの方が簡単で、面倒じゃなくて、何よりハッキリできます」


「そんなの、やれたらやってる。少なくとも前の晩の私ならね。でも、最近知っちゃったの。私じゃ無理だって」


「最近、それと前の晩……? ッ! まさか君、あの夜の公園での戦いを見てたのか⁈」


 俺の言葉に彼女は「そう」と頷く。

 そういうことか。これで式乃が魔法少女だって知ってるのにも合点がいく。

 彼女は続ける。


「あの日、帰る時に見かけてね。乱入する気だったけど、そこであの戦いぶりを見て私は悟った。————勝てないって。正直弱点を言うようだけど、私は正々堂々の戦いがあまり上手くない。だから————」


「私に協力の話を持ちかけた、ということですね」


 式乃がその部分を引き継ぐ。


「そう。力が無いなら、他から借りて補えばいい。そういう魂胆だった。でも、アナタはそれを受け入れず、敵に回った。つまり、もうアナタは私の攻撃対象って訳」


 余裕のあった目が消え去り、鷹のような目が式乃に向けられる。それは明らかに敵意を示しているものであった。

 それに対し、式乃は言った。


「なら————ここで私は、アナタと戦います!」


 式乃はそう言うと、すぐに刀を取り出し、抜刀の構えをとった。

 その彼女の目も、まるで獣のような鋭いものであった。


「ちょ、ちょっと式乃さん!」


 俺は彼女を止めようそ声を掛ける。

 しかし式乃は俺の声を聞くと、真剣で張り詰めた声をこちらに向けて放った。


「私よりも戦闘で劣ると聞けば、こうなるのも当然です。他の魔法少女と手を組まれても厄介なので、ここで片付けます!」


 ダメだ。この感じ、ガチだ!

 危険を察知した俺は、どうにか彼女を止めようと考えた。

 しかし俺が何かする前に、羽河が口を開く。


「確かにそうね。ここで私が負ければ残り4人。潰せるうちに潰す、その考えはよく理解できる。でも————」


 そう言うと、羽河は両手を上げ、降参の形をとる。

 そして一言。


「今はやめにしとかない?」


 風が流れる。

 単純な言葉、だが衝撃的でもある言葉。

 その言葉に、俺と式乃は驚きの表情を隠せなかった。

 式乃は聞く。


「……何故ですか?」


「理由は単純。今この校舎には、多くの一般人がいる。生徒に、教師に、その他諸々。ここで戦うというのことはそういう意味よ。被害も出て、目撃者も出て、秘匿性が無くなる。ゲームマスターに言われたでしょ? なるべく人目につかないようにって。場合によっては————」


 彼女は話しながら警戒しながら構える式乃に近づく。

 そして間近に立つ。


「————ゲームの中断もありえるかも。この話、聞いてないなんて言わせないわよ」


「……では、ここ以外でならいいんですね? 今のまるっきり逆の環境なら問題ないんですね?」


 式乃は険しい顔して下を向いたまま確認する。

 それに羽河は笑みを浮かべながら返した。


「うん、いいわよ。そうだね、やるんだったら気が変わらないうちに。今夜7時にあの公園でどう?」


 あの公園。恐らくそれは前に式乃が戦った公園のことだろう。

 というかそれよりもマジか! 遊ぶ約束みたいな感じで決めるなよ!


「いいですよ。なら、今はこの刀の刃は抑えておきます」


 式乃は残念そうに諦めながら言うと、抜刀の姿勢から普通の姿勢へと体勢を戻した。

 羽河はまたしても不敵な笑みを浮かべながら「話が分かってくれて助かるよ」と言い残し、屋上から去っていった—————

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