第6話 魔法少女、倒れる

※最後だけ視点が変わります



「春香ちゃん? え、雪次じゃなくて俺?」


 俺の問いに「うん」と返し、彼女は栗色の髪をたなびかせながら教室の中に入ってくる。


 彼女の名は玉野 春香。今俺の目の前にいる雪次の妹だ。

 彼女とは雪次同様俺が中学の頃、彼女はまだ小学生だった頃からの付き合いであり、何度か雪次の家に遊びに行っていると気がついたら年齢の差を感じないくらい親しくなっていた。

 その関係は今も同様で、結構仲良くしてもらっている。まあ、連絡先の交換はいつもするの忘れてるからずっとしてないんだけど。


 春香は雪次の顔を押し退けて俺の前に立つ。


「お、おい兄貴の扱い!」


「お兄うるさい。今私紘先輩に様から、邪魔しないでっ」


「こんのぉぉオメェ……!」


 春香は握り拳を作る雪次をガン無視し、真っ直ぐ俺の目を見る。


「紘先輩、昨日確か神崎さんに会ったよね?」


 そして彼女の口から式乃の名前が出てきた。

 俺はその問いに頷く。


「うん、会ったけど、それが?」


「何か、彼女言ってなかった? 最近辛いーとか、疲れたーとか」


 記憶を遡る。彼女と初めて対面したところから、昨日別れたところまで。

 ……いや、そういうのは一度も、


「……言ってなかったと思うけど。自分のことについては、何一つ喋ってなかったと思う」


「そう……じゃあ彼女の行動はどうだった? フラフラしてたり、常に頭を押さえてたりだとかは」


 再び記憶を遡る。

 しかし先ほど同様にそんな記憶は俺の中にない。


「いや、それもなかった筈だけど」


 記憶にはないことを彼女に告げる。

 すると春香は残念そうな、悔しそうな顔をしながら「そうなんだ……」と呟いた。

 俺はそれが疑問に思えた。


「え、何? 式乃さんに何かあったの?」


 不思議そうに聞いてみると、春香は「えーと、実は……」と白状するかのように話し出した。


「神崎さん今日、昼に入る前に早退して」


「え? 早、退?」


 そのことに、俺は腑抜けた声を漏らす。

 彼女は続ける。


「ここ1週間、彼女学校来ててもずっと眠りっぱなしで、授業中にもウトウトしてて、昼休みの時間はお昼も食べずに仮眠。顔色もあまり良くなかったし、でも本人に聞いてもハッキリとは答えてくれなくて。で、今日はとうとう早退しちゃって、それで昨日神崎さんに会った紘先輩ならワンチャン何か、って」


「そっか、そういう……」


 俺は再度過去に遡る。

 でもそんな素振りも、言動も、何も言ってなかったよな? 俺をストーカーするので1日の時間を大きく割いてるってわけでもなさそうだし……いや、待てよ。そもそもあの子、普通の女の子じゃなかったよな? 魔法少女、だったよな? じゃあ……


「どうした、佐々木? 険しい顔してたかと思ったら、急に開眼して」


「先輩、何か分かった?」


 兄妹2人が俺に詰め寄ってくる。


「い、いやいやなんでもない。ただ考えてみただけ。でも昨日屋上でしか話してない相手のことを俺なんかが考えたところでね」


「ま、それもそっか。いやぁごめんね、大切な昼の時間削っちゃって」


「気にしないで。特にすることもなかったから」


「ならよしっ」


 白い歯をキッと出してガッツポーズをとる春香。

 だがその傍に快く思っていない奴が1人。


「何がよしっ、だ。こっちは迷惑かかりまくったんですけど!」


「お兄マジうるさい」


 妹にうるさいと言われ傷つき、イラつく兄。

 だが雪次は続ける。


「ていうか、お前あれだけ俺の教室に来んなって言ってたのに、何しれっと来てんだよ!」


「いいじゃん別に減るもんじゃないし。こっちは人の心と体掛かってるんだから、それくらい我慢しなよ」


「俺の周りからの目はどうなってもいいってのか⁈」


 ガヤガヤと兄妹喧嘩が始まる一方で、俺は腕を組んで考え込んでいた。


 式乃さん、もしかして毎晩遅くまで下黒と……なら、今晩もする筈だ。

 狩るとしたらその場所は分かっている。昨日の会話で彼女の行動場所は一箇所に絞り込めた。

 なら、会って確かめよう。今晩、俺の家の周辺で———





 ↓





 夜。時刻は既に12時を回っている。

 俺は2階の自室の窓前から外を覗きながら、ずっと式乃が現れるのを待っていた。


 彼女は俺の体質を利用している。それはつまり、俺の周りに集まる下黒達を狙いっているということだ。

 当然俺は夜な夜な出歩くなどということはしない。なので下黒達は自然と近くにいると思われる俺を探し、家の周りに集まってくる。

 彼女が俺を利用しているのなら、一番の稼ぎ時はこの夜の俺が寝静まったタイミングだ。

 故に、彼女は今この近くにいる筈だ。そして俺の自室の窓先に下黒が現れれば、それに連動して彼女の姿も映る筈。

 その時が、彼女に会うチャンスだ。


 だが、張り込みを初めて早4時間。一向に式乃は姿を見せない。それどころか、下黒すらも出てこない。


「……」


 ここまでくると自分の読みが外れているか、そもそも体質自体本当だったのかと思い不安になってくる。もしそれが本当のことだった場合は今まで費やした時間が一気に水の泡と化してしまう。

 だが……


「……流石に考えすぎか?」


 自分の考えすぎ説が浮上してきた。

 元々深読みしすぎて空振ることが多かったので、これもそのパターンだったとしても不思議ではない。

 そして、時間がどんどん流れていくことをバカらしく感じてしまった。


「馬鹿馬鹿しすぎたか。時間の無駄っぽいな、これ」


 そう思った俺は、もうこんな無意味そうなことはやめてしまおうと、窓から身を引き出した。


 その時だった。


「ッ! あれは」


 外から目を離そうとした途端、窓の向こうに黒い影が見えた。

 俺は急いで窓を開き、身を乗り出しながらその影に目を凝らす。

 場所は一方通行だがそれなりに広い道。塀に隠れて半分しか見えないが、そこで黒い影が蠢いていた。

 正体は———下黒だった。


「下黒……そうなると、彼女はすぐに———あ」


 瞬間だった。

 空から急降下してきた赤い光が、下黒の頭を切り落とした。

 その光の正体は考えるまでもない。“魔法少女“神崎 式乃だ。


「やっぱり、ここで魔力集めしてるんだ。あ、また2体」


 式乃のいる箇所を中心に、新たに2体が彼女を挟み込んだ。

 新手が接近してきていることは当然式乃にも分かっていたようで、彼女はすぐに切り替えて2体の下黒との戦闘を開始した。


 その戦闘時間は僅か十数秒。あっという間に下黒2体を蹴散らした。


 強い……遠くから見てても分かる。

 魔法によって強化された身体能力に、華麗な剣捌き。まるで演舞を見ている様だった。


 今なら彼女に接触できる筈。


 そう思った俺は、開いた窓から式乃の名を叫ぼうと、肺にいっぱいの空気を吸い込ませた。


 ———だがその時、


「———え?」


 しばらくその場に佇んでいた赤い魔法少女だったが、彼女はいきなり膝をがくりと折り曲げ、そのままコンクリートの地面に頭を落とす。

 それはまるで積み木の様に。

 それはまるで切れる線の様に。

 彼女は地面に倒れ、気を失ってしまった。


 その光景を目にした俺は愕然とし、しばらくその光景に釘付けになった。

 ————だが気がつくと、俺の体は動き出していた。

 部屋を飛び出し、階段を駆け下り、靴すら履かずに玄関を抜け、門を突破する。

 外に出るなら門の前で近くに下黒がいないことを確認しなくてはいけないが、今はそんなことをしている暇がなかった。

 俺は式乃の倒れている場所まで疾走する。

 道中下黒と遭遇しなかったことが幸いし、すぐに彼女の元まで辿り着くことができた。


「式乃さん……!」


 彼女は既に変身維持がままならなくなっており、変身は解除され、側には鞘に収められた刀が放られていた。

俺は失礼ながらも彼女の腕の脈と呼吸による胸の膨らみを確認する。


「脈も息もある。となるとやっぱり———」


 その時、体中に悪寒が走った。

 背筋がゾクゾクし、鳥肌が立つ。

 それは、奴らが近くに迫っていることを表している様だった。


「———急がないと!」


 側に落ちている刀を慌てながらもどうにか式乃に持たせ、その体を両手で抱える。

 帰宅部とは言っても比較的動ける帰宅部なので、彼女を抱えて走ることは苦ではない。

 故に彼女を抱えたまま俺は走り出し、家の中へと駆け込んでいった。




✳︎✳︎✳︎




「……」


 覚醒する。


 頭はまだ回っていない。

 感覚も碌に機能していない。

 そもそも自分すらも見失い欠けている。

 なので、天井がいつもと違うことも気づくことはなかった。

 ただ唯一分かるのは、体の暖かさと、窓から差し込む日の光のみ。

 だが、時間が経つにつれて死んでいたものが全て蘇ってきた。


「……」


 毛布を剥いで上体を起こす。

 起こした先には、全く覚えのない部屋の風景があった。


 どうやら、私はこの部屋で眠らされていたらしい。


 そう捉えた私は、自身の最後の記憶を辿る。


「確か、私は下黒を……それから……覚えてない」


 最後に見たのは、ドロドロに溶けて崩壊していく下黒の姿だけ。そこからどうなったのか、何が起こったのか。その何もかもが思い出せない。

 ただ分かるのは、ここは危険な場所ではなく、比較的安全な場所だということだ。完全に所感だけれど。

 そう思っていた時だった。


 ガチャ


 部屋の扉が開いた。同時に冷たい風が入り込んでくる。

 私は体勢も体勢なので、心だけはすぐに動けるようにする。

 だが、扉から現れたのは意外な人物だった。


「あ、起きた? おはよう」


 最近聞いた爽やかな声。この声の持ち主は1人しか知らない。

 扉から現れたのは、なんと先輩の佐々木 紘であった。


「せ、先輩? 何故先輩がここに?」


 私は彼の存在に戸惑う。

 それに対して紘先輩は不思議そうに答える。


「何でって。そりゃあここ俺の家だし。そうじゃなかったらホントにここどこになるのかな」


 紘先輩はそう冗談の様に言いながら、私の側に近づいてくる。


「ごめんね、昨日の服のまま寝かせちゃって。着替えとか用意できればよかったんだけど、流石に年頃の女の子の服をを俺が脱がせるわけにもいかないから」


 苦笑いをしながら彼は側にある椅子に座る。

 その座った椅子の奥には、私の刀《ステッキ》が壁に立てかけられていた。

 私は着ている服に目をやる。先輩に言われた通り、昨晩に着ていたものと同様だった。


「……そのまま寝かせちゃったのもごめん。流石に気になるよね」


「い、いえいえそんな」


 私は両手を振り、申し訳なさそうにする先輩を止める。

 そして気になることに触れる。


「ところで、私は何故ここに? 昨晩のことをあまりよく覚えてなくて」


 私の質問に先輩は「えーとそれはね———」と、ことの経緯を話し始めた。


 私が昨晩の下黒との戦闘中に意識を失い、倒れてしまったこと。

 それを見ていた先輩が私を助け、家の中に入れて保護してくれたこと。

 その間に体に付いてしまった擦り傷などを手当てしてくれていたこと。

 先輩はそれらを淡々と話してくれた。


「———という訳なんだけど、覚えてないよね。って、どうしたの式乃さん? プルプル震えて」


 話を聞いた私は、恥ずかしさ3割、申し訳なさ7割で胸がいっぱいになっていた。

 赤面もそうだが、それに加えてネガティブ思考特有の表情の暗さまで浮き出てきている。


「い、いえ。なんかとんでもない迷惑を欠けてしまったのと、とんでもない醜態を晒してしまったのが相まって、気持ちの整理がですね、その……」


「ああー。まあ気にしないでよ。迷惑だなんて思ってないし、それにあれが恥ずかしいことだなんてこれっぽっちも思ってないからさ」


 先輩は私を擁護してくれているが、だとしても心の傷は塞がらない。先輩が手当てしてくれているのに対し、逆に自分で塩を擦り付けている感じだ。

 だが、先輩の言葉を無意味にするわけにはいかず、どうにか無理矢理立ち直ってみる。


「い、いえ、大丈夫です。ご心配なく……」


「全然そうは見えないけど」


 ちょっとまだ無理があるようだ。

 私は無理矢理、そして少しずつ、しかし確実に心を形作り立ち直ろうとする。

 そんな中———


 ギュルルルルルルル


 腹部に違和感を覚えた。だがその違和感がなんなのか、考えるまでもなかった。


「———」


「あ、お腹空いた?」


 うわああああああああああああああああ!


「……はぃ」


 冷めだしていた顔が一気に沸騰する。

 体中の筋肉が張り、少し足がつってしまう。

 治していた心の傷が開き出す。


「今日休日だったから気にしなかったけど、なんだかんだもう9時か。そりゃ減るよなぁ。よし、ちょっと待ってて、朝飯持ってくる」


 先輩はそう言うと椅子を立ち上がり、部屋を退出していく。

 それと同時に、私は一気に溜まった叫び声を枕に向かってぶつけた。

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