第13話 協力者

「ん……あれ、ここはどこだ?」

 焦げ茶色の瞳と髪を持つ、筋肉質の立派な体格をした若い男が呟いた。

 自分は明るい日差しの中、汗をかきながらいつものように畑仕事をしていたはずだ。

「そうだ……なぜだか急に目の前が真っ白になって……」

 男はようやくそれを思い出した。

 そして、きょろきょろと辺りを見回す。

 今男の目の前に広がっているのは、果てしなく広がる白い風景だった。見覚えのある物が何ひとつなく、薄ぼんやりと光っている。

 ここは、天国か……?

「えっ、なにここ! もしかして、天国ってやつか!」

 呆然としていた男の隣から、生きのいい女の叫び声が聞こえてくる。

 男が驚いてそちらを見ると、そこには黒髪に黒い瞳の見知らぬ若い女がいた。

 女はいかにも気が強そうな、きらきらした瞳をしている。

「あんた、いったいどこから来たんだい?」

 男は女に尋ねる。

 女は男の存在に気づき、目を丸くした。

「えっ……どこって……でっかい火山が見えるとこからだけど……そう言うあんたは?」

 女は怪訝そうな視線を男に向けた。

「火山だって?」

 男は額を曇らせる。

「いや、なんと言ったらいいのか……しかし、俺の村の近くに火山はないぞ」

「だろうね……あたし、あんたみたいな髪と瞳の色した人見たことないもん」

 女は大きな黒い瞳で、じっと男を見つめた。

「それって、つまり違う国の人間ってことだよな……俺もあんたのような髪色の人間、見たことないよ……」

 男はしみじみと呟いた。

 よく見ると、女の瞳には黒に微かな緋色が見える。

「あともう二人ほど見たことのない人間が増えるから、もう少し待っててね!」

 突如降ってわいた明るい声に、二人は一斉にそちらに視線を向ける。

「うわあ……すごい……」

「なんっ……て色だ……」

 二人は呟き、絶句する。

 まるで雨上がりの空にかかる虹のように、七色に輝く男がそこに立っていた。

 赤、橙、黄色、緑、青、藍、紫……七つの虹の色。

 腰あたりまである緩やかなウェーブを描く髪も、優しげな笑みを刻むその瞳も、鮮やかな虹の色だ。

「ひょええ……まるで神様みたい!」

 目を丸くした女が叫んだ。

「みたい、じゃなくて、私は神だよ」

 にっこりと笑って、虹色の男は言った。

「か、神だと! てことは、やっぱり死んだのか、俺は……」

 男は真っ青になった。

「いや、君達は生きているよ。ちょっと込み入った話がしたくてね……私がこの私邸に招いたんだ……お、あとの二人が到着したようだ」

 と虚空から、どさっどさっと二人の若い男が現れた。

「痛ったあ……あ……れ……ここどこ?」

 現れたのは、水色の瞳に金髪の男と、碧眼に銀髪の男だった。

「やあ、いらっしゃい! さあ、これで面子は揃ったぞ!」

 後から現れた二人を前に、神を名乗った男はますます嬉しそうに笑った。

「君達には、精霊を見、コンタクトを取り、さらに使いこなせるようになってもらおう!」

 高らかに、神はそう宣言した。

「君は土!」

 ビシッと焦げ茶色の瞳と髪の男を指差し、神は言う。

「君は火、炎だ!」

 と、次は黒髪の女を指差す。

「君は水!」

 と、水色の瞳の男を指差し

「君は風だ!」

 と、最後に碧眼の男を指差した。

「え……何の話……」

 まったく事態を飲み込めない、風担当を告げられた男が目をパチパチさせた。

「なんでこの人、こんなに派手な色なの?」

「それはな、私が神だからだ!」

 眉根を寄せる風担当の男に、神はにこやかに説明する。

「神だって!」

 信じられない、と風担当の男は叫ぶ。

「うちの村に言い伝えられてる神様に、こんな派手なのいたっけ?」

 風担当の男は、隣にいる水担当を告げられた男に聞く。

 二人は同じ村で生まれ育っていた。

 聞かれた方の男は無言で首を左右に振る。

「神と一言で言っても、色んなヤツがいるんだ。私はね、この星の地表に存在するもの全てが愛おしくてたまらない。だからね、将来を見据えて準備を始めようと思うんだ。これを見てくれ」

 神は四人の人間にそれぞれ一冊の冊子を配った。

 それを手にした三人の男の表情は浮かないものだったが、ただ一人火炎担当の女だけは、ワクワクしたような表情で冊子のページをペラペラとめくる。

「絵が書いてある……」

 女がページをめくる手を止め、呟いた。

 その視線は、ページの中央に大きく描かれた噴火した山に注がれている。

「文字だと、国ごとに違ってくるからね。文字を書き足したかったら、後で自由にするといいよ」

「これは、火山だな?」

 女は神にページを指し示した。

「そうだよ!」

 神はにこにこして答える。

「海や川みたいなのもある……」

「日に照らされた畑もだ……」

 ページに描かれた風景に目を奪われた風担当と土担当の男が、口々に言った。

「私が考えているのはね、精霊を管理する場所を作ることなんだ。場所は既に考えてある。北にある孤島だ」

「精霊? 管理?」

 風担当の男が、さっぱりわからないと首を傾げる。

「精霊というのはね、自然のエネルギーのことさ。目に見えないだけで、君達の身の回りに沢山存在しているんだよ。例えば、畑の土、土に含まれる水分、雨水、そよぐ風、炊かれる火や火山のマグマとかね」 

「ふむ……なるほど……」

 土担当の男が、顎に手をあてて呟いた。

「噴火、津波、洪水、竜巻、がけ崩れ、その他諸々の天災の被害を食い止める為に、過剰な精霊を回収、管理するんだ」

「できるのか、そんなことが」

 少し驚いたように、土担当の男が言った。

「これから、それができるように色々と準備をしていくのさ。ちなみに、今回君達をここに招待したのも、その準備の内の一つだよ。そして回収した過剰な精霊だけどね、逆に不足している地域に分配するんだ。よくある例を挙げると、雨不足による干ばつ時に、ストックの水の精霊を配るとかね」

「なるほどな……それが本当にうまく循環したならば、我々人間側の暮らしが、今より安全で安定したものになるだろう」

 それまでずっと黙っていた、水担当を告げられた男が言った。

「設備やシステムはこれから作るんだけど、まずは精霊と仲良くできる能力を人間に与えないと、と思ってね」

「はあ……しかしなにかするったって、俺達四人だけじゃ足りなくないか?」

 土担当の男は他の三人を見やり、神に言った。

「まあ、今すぐどうこうしようってわけじゃない。そうだなあ……あと百年後くらいかな」

 神は土担当の男の問に答える。

「えっ、そうなの?」

「能力は血縁で受け継がれていくようにするから……君達の四代くらい先になるかなあ? まあ、あくまで目安だけど……」

「僕たちの子孫に、なんかとんでもないもの遺す気がしてきた……」

 風担当の男が天を仰いだ。

「これは、地表に生ける者全ての為に描いた、私の夢だ! どうだろう君達、私と一緒に夢を見てくれないか?」

 きらきらと瞳を輝かせ、神は四人の人間に問う。

「……いいだろう……」

「あたしも一緒に、夢見るよ!」

 水担当の男と火炎担当の女が同時に言った。

 風担当と土担当の男二人は視線を交わし、同時にため息を吐いた。

「一体どうなるのか、まったく想像できないが……仕方ない、引き受けよう」

 土担当の男が言った。

「あーあ……なんで僕なのかなあ……引き受けるよ、引き受けるけどさ……」

 渋面を作る風担当の男がぶつぶつと言う。

「皆、ありがとう!」

 虹色に輝く神はにこにこと笑って、代わる代わる四人の手を取ったのだった。

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