不要品の運命

  ※  ※  ※


 ガチャ、ガチャ、ガチャ……。

 ヨロイがこんなに音を出す物だとは知らなかった。さぞかし着心地も悪いだろう。

 大広間を出てから、もうかなり歩いている。

 階段を降りたあたりから急に景色が変わった。豪華な装飾や床に敷かれた絨毯はなくなり、むき出しの石になった。学校指定の薄っぺらい上履きだから、足が痛い。


「どこに向かっているんですか?」


「黙っていろ。もうすぐ着く」


 通路の角を曲がると、そこから先は開けた一本道になっていた。その両側に個室が並んでいる。

 ただし、その部屋にはドアがなかった。代わりに太い鉄格子がはまっている。


「これって、まさか……」


「王宮で別室といえば、地下牢のことだと決まっている。頭を冷やすにはちょうどいい場所だ。ここでおまえは処分が決まるまで待機することになる」

 片方の兵士が冷たい声で言った。


「ちょっと待ってください。さっき偉い魔法使いが、俺の責任じゃないって言ってくれたじゃないですか。元の世界に帰してくれるんでしょう」


「そんなワケあるか」

 二人の兵士がそろって笑い出した。


「召喚魔法には術者が必要だ。おまえの世界に召喚士はいるのか?」


「そんなの、いるわけないでしょう」


「それなら帰れるわけがない。引っ張ってくれる相手がいないのに、どうやって戻るつもりなんだ」


「えっ、そんな……」


「もともと、俺は異世界人って奴が嫌いなんだ。血を吐くような訓練をして、ようやく親衛隊にまで昇りつめたっていうのに。お前らはポッと現れて、すぐに国王陛下のお気に入りだ。奴隷つきの特別待遇だと? こんな不公平なことがあるか。

 さあ、持ち物を置いて服を脱げ。下着まで全部だ。中に囚人服が入っている。逆らおうなんてするなよ。囚人が抵抗したら殺してもいいことになっている。上の許可は必要ない」


「くそっ、冗談じゃない。従えるか!」

 俺は必死になって反抗した。


 おとなしくしてたって、どうせ運命は決まっている。

 あいつらは嘘をついた。他の勇者候補生に俺のことがバレたら困るはずだ。

 殺されるか、死ぬまで閉じこめられるか……それなら一か八か。逃げた方がいい。


 俺は通路の奥に向かって駆け出した。

 二人の兵士を、同時に避けるにはそれしかない。


「そっちは行き止まりだぞ」


 言われなくてもわかってる。でも、他にどうすりゃいいんだ。

 隙があれば反転して逃げる。でも隙がなければ……。次の言葉は俺にとっても、ぞっとするものだった。


「仕方ない。処分するか。おい、いいな。証人になってくれ」


「もちろんだ。その代わり、殺す前にオレにも片腕くらいは斬らせろ。ちょうどこの剣の切れ味を、生身の人間で試したかったところなんだ」


 奇跡なんてものは、そうそうあるものじゃない。

 壁に突き当たった俺は、剣を抜いた二人の兵士にあっさりと追い詰められた。

 脇をすり抜けるのは無理だ。どっちに行こうとしても、剣の間合いに入る。


「どうした、もう終わりか。お祈りが終わったら、そのスマホとやらを渡してくれ。

 あれは相当に貴重な物らしいからな。壊すと大臣閣下に叱られる。言うことを聞いてくれたら、楽に死なせてやるぞ」


「嫌だっ!」


 叫んだからって、対抗できる策があるわけじゃない。

 殺られる。俺は反射的に腕で頭を守ろうとした。そこに剣が振り下ろされる。


 ……斬られた。

 目を閉じた瞬間、そう思った。

 腕を切り落とされて、そのまま頭を割られる。

 痛いんだろうか。それとも一瞬だから感じないのか。


 ん……なんだ? それにしても遅いぞ。まさか。これが死にそうになると、時間が遅くなるって感覚なのか。

 おそるおそる目を開けると、俺の腕のところで剣が止まっていた。必死の形相で兵士が剣を振り下ろそうと力をこめている。

 切れていない。痛みもない。まるで目に見えない鎧で守られているようだ。


「くっ、この。化け物め……」

 これは恐怖の顔だ。この兵士は明らかに俺のことを恐れている。


「助太刀するぞ。そのまま押さえてろ」

 もう一人の兵士が横から突っこんできた。


 ええい、もうヤケだ。

 この剣は斬れない。斬れないんだ。俺は自分にそう言い聞かせた。

 腕で剣を跳ねのけ、兵士と体を入れ替える。そのまま軽く体を押し出してやると、相手は同士討ちの形になった。


 ガシャン!

 仲間の剣をまともに受けて、最初に攻撃してきた男はその場に崩れ落ちた。

 鎧のおかげで刃はとまっている。たぶん死んではいない。


 よし、今度はこっちの番だ。

 俺は再び剣を振り上げていた兵士に向かって、右の拳を突き出した。

 鎧に包まれた体を、素手で殴っても効果があるハズがない。常識ではそうだ。だが兵士は勢いよく空中に吹っ飛んでいった。


 ドシン! 男は向こう側の鉄格子に激しくぶつかってから、ようやく床に落ちた。

 そのまま、ピクリとも動かない。


「まさか……まさかな」


 俺は心配になって、倒れた男に近づいた。

 胸の鉄板が拳の形に大きく変形している。口もとに血を吐いた跡があったが、かろうじて息はしているようだ。


 ピロン。

 その時、場違いな音がした。メールが落ちる時に設定した着信音だ。

 あわててポケットからスマホを出すと。初めて見る画面が表示されていた。


『ステータスが更新されました。確認しますか』

 その下にイエスかノーかを選択するボタンがある。


「今さら何だよ……」


『【異世界の戦士】、レベル2。体力1594、攻撃力2034、魔力2686』にステータスが上昇しました』


「最初の数値に戻ってるじゃないか。おい、ミリア。どういうことだ。教えろ」


「ハイ、お答えします。大広間で公開されたステータスは、ユニークスキルによる虚偽のステータスです。表示された数字が、ショウヘイ様の現在の本当のステータスになります」


「げっ、なんだそれ」


「ユニークスキルは、ショウヘイ様の意志で発動しました。スキルの効果により、あの場所にいた人間は、表示されたステータスの方を信じています」


 俺は呆然とした。

 つまりさっきの方が嘘ってことか……。


「これから俺はどうすればいい?」


「未来の行動に関する質問にはお答えできません」


「まあ、そうだよな。人工知能だもんな……」


 どうせやることは決まっている。

 逃げる。当面はそれ一択だ。とりあえず生き残って時間をかせぐ。他のことは後で考えればいい。


 俺は落ちている剣に目をやった。

 どうする。拾うか。

 あのステータスが本物ならかなり戦えるはずだ。

 でも、すぐに考え直した。どうせ俺には、相手を斬り殺す覚悟はない。剣なんか持っていても邪魔になるだけだ。


「ミリア、全力で走ったら逃げきれるか」


「想定の質問にはお答えできません」


「質問を変える。今の俺ならどれくらいの速度で走れる」


「ハイ、ショウヘイ様の脚力による全力での走行速度は、最高で時速182キロメートルです」


 十分だ……というか、速すぎてよくわからない。

 俺は来た道を戻るように、そのまま走り出した。

 風が体を包むような感覚の中で、俺は今まで人類が誰ひとり体験したことのない速度にまで達していた。

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