第6話 異世界について

 食後の休憩を挟んでいると、リアンナが「さて」と口を開いた。



「腹もいっぱいになったところで、本題に入ろう」

「俺のいた世界のこと、知りたいんだよな?」

「うむ。だがその前に、ハザマは今この世界にいる。なら、先にこの世界のことを説明した方がいいだろう」



 おお、それはありがたい。

 確かにこっちの世界について知らないと、違いを説明できないし。



「そうだな、どこから説明したものか。……この世界には魔物やドラゴンがいると説明したな。それに、スキルのことも」

「ああ」

「なら、魔法はどうだ?」

「やっぱりあるんだ、そういうの」

「ハザマの世界には?」

「当然、ない。概念はあるけど」



 実は世界の裏ではよく使われてます、なんてオカルトチックな噂話や都市伝説は聞いたことある。

 でも一般的じゃないし、あくまで都市伝説だ。



「逆にハザマの世界には何があるのだ……」

「あー……科学とか」

「か、かがく……?」

「後で説明するよ。それより、魔法について教えてほしい」



 一般的なヲタクとしては、異世界=魔法のイメージが強い。

 あるはずはないと思うけど、もしかしたら俺も使えたり。むふふ。



「と言っても、私も魔法については詳しくない。一般知識の範囲でなら説明できる」

「どういうことだ? リアンナは魔法を使えないのか?」

「簡単なものしか使えん。あれは長きに渡って人類が積み重ね、到達した、究極の叡智。ある程度の魔法知識がなければ使うことはできん」



 えー、なんだよー。期待したじゃんかよー。



「簡単なものでも使えるんだよな? どんなことができる?」

「こんなのだ」



 リアンナが人差し指を立てる。

 次の瞬間──ボッ。指先に、火が灯った。

 まるでロウソクの火のように、指先にくっついて浮遊している。



「魔力を源に、魔法陣や魔法体系を構築し、発動する。それが魔法だ」

「はぁ〜……すっげぇ……」

「これは覚えれば楽なものだ。五歳児でもできる」

「てことは、リアンナは五歳児から成長してないと?」

「し、仕方ないだろう! 魔法というのは複雑で、私には理解しがたいのだ……!」



 ごめんなさい。だからこっちに火を向けないで。効かないとわかってても怖いから。

 手を上げて降参すると、ようやく火を消してくれた。



「まあ、この程度ならハザマもすぐに使えるだろう。あとで教えてやる」

「マジか、ありがとう」



 魔法を使うなんて、地球人類誰もが夢見ることの一つだ。

 この世界でのワクワクが増えたな。



「ところで、ハザマの世界ではかがくがあると言っていたな。かがくとはなんだ?」

「え。あー……」



 科学、科学、科学……なんだと言われても、俺も正直よくわかってない。

 科学を意識して生活するなんて、一般ピーポーには無縁だろう。



「えっとだな。簡単に言えば、いろんな方法の下で発生した事象を観察、研究する……こと……かな……?」

「なぜ曖昧なのだ」

「お、俺だってわからないんだよ。なんとなく日常に溶け込んでるって認識だし」



 でも、今自分で言ってて思ったけど、魔法と科学って少し似てる気がする。

 行き過ぎた科学は魔法と同じなんて言うし、あながち間違ってはないのか。



「ふむ……魔法もない、魔物もいない、悪魔もいない……ハザマの世界には何がいるのだ。人類を脅かす敵とか」

「あえて言うなら、人類かな」

「……人類が、人類の敵?」

「これは掘り下げたら厄介なことになるから、詳しくは言えないけど」



 お茶を飲んで一息つく。

 今まで日常だと思っていたけど、世界が変わるだけでこんなにも変わる。

 自分が常識だと思っていたものは、薄氷の上に成り立っているんだな。



「では、かがくの代表的なものとか教えてくれ。この世界に無いものがいい」

「それなら、飛行機とか」

「ひこーき?」

「でっけー鉄の塊だ。全長六十メートルくらいで、定員は確か二百人。人を乗せて飛ぶ乗り物だ」

「は? 馬鹿なことをいうな。空を飛ぶ鉄の塊だと?」

「本当だって」



 信じられない気持ちはわかる。

 逆の立場なら、俺だって信じられない。



「ど、ドラゴンの最大サイズ同じでかさで、二百人も運べる……? なんて恐ろしい世界なのだ……」

「もっとでかいやつもあるぞ。八百人運べるやつとか」

「異世界怖い……異世界怖い……」



 俺からしたら、悪魔とか魔物がいるこの世界の方が怖い。

 さて、大まかな違いは理解できたな。

 この世界はいわゆる、定番的な異世界って感じだ。

 神が、俺の知識と似ている世界に連れてきてくれたんだろう。

 ……眼鏡ないけど。



「あとは眼鏡が見つかれば、御の字だけど……」

「正直、あまり期待しない方がいいぞ」



 いつの間にか復活してたリアンナが、ぼそっと呟いた。



「竜騎隊は仕事柄、世界中を飛び回ることが多い。偵察、防衛、そして前線。私も数多くの戦場へ向かったが、めがねというものを付けたものは見たことがない」



 マジか。

 世界中でも付けてないとなると、本当にないんじゃ……。

 どーするかなぁ。眼鏡なしで、この世界を生き延びることなんてできんのかなぁ……?



「まあまあ、気を落とすな」

「落としたくもなるって。これじゃあまともに仕事もできない」

「その前にお前は密入国者だから、仕事なんてできないぞ」



 ……………………は?



「今、なんと?」

「ハザマは密入国者だろう。正規のルートで国に入っていないから」

「なんで!?」



 転生時にこの国に落とされたんだ! 不可抗力だろう、不可抗力!



「転生なんて話、誰が信じる」

「う」

「普通に拘束されて、しばらく牢獄行きだ」

「ぐっ」

「下手するとスパイとして尋問されるぞ」

「ひぇっ」



 鏡一くん泣きそう。

 ひどすぎる。あの神、俺のこといじめてそんなに楽しいか。



「だが安心しろ、私が匿ってやる」

「……え?」

「ハザマの事情を知っているのは私くらいだからな。さすがの私も、こんな境遇のお前を牢獄に閉じ込めるのは気が引けるし」



 お……おぉっ、神……あなたが神か……!



「あ、ありがとうっ、ありがとぉ……!」

「わっ、わわわわわかった! わかったから手を握るなっ……!」



 え? あ、ああ。嬉しくて、つい。

 ……それにしても、手の平が硬い。それに手の甲まで傷がついてる。

 これが、歴戦の勇士の手なのか……カッコイイ。



「いっ、いつまで触ってるつもりだっ、痴れ者が!」



 ゴスッ!!

 いっ……たくないな。《鉄壁・S》スキル様、バンザイ。

 代わりにリアンナの拳の方が痛そう。



「くぅっ……! だ、ダメージを負わないとは卑怯な……! はっ……!? ま、まさか、そのスキルを利用して、私を手篭めにしようと……!?」

「脳内ピンクにも程があるだろ」

「じゃあなんでまだ手を触っているのだ!」

「あ、ごめん。頑張ってる人の手って、美しいなって思って」



 でも確かに、ずっと触ってるのはセクハラになる。

 この世界にセクハラの概念があるかは知らんけど。



「…………」

「ん? リアンナ、どうした?」

「ばか、ドラゴンに食われて死ね」

「急なディスやめて」



 おまっ、俺からお前の顔見えないんだぞ。

 そのディスが冗談なのかマジなのかわからないんだからな。



「と、とにかくだ。ハザマの身分が証明できるまでは、私が面倒を見る。基本はこの家から出ないこと。仕事の時は同伴してもらう。いいな?」

「わ、わかった」



《鉄壁・S》スキルのデメリットは……家の中を歩き回るとか、周辺を散歩するくらいで大丈夫だろう。


 これからどんな生活が待ってるのか……不安だけど、楽しみでもあるな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る