魔王降臨

第21話 不穏な余波と、希望と



 ――その同じ時、人間の王国ソピアの王都にある大教会で、一人の男がほくそ笑んでいた。


「おお、おお、魔素が満ちたぞ! やってくれたか……精霊の子よ! 伝承の通りであった!」


 彼の名は、マードック。黒いローブに身を包み、金銀の様々な細工や光を放つ石が付けられた大きな杖を、手に持っている中年男性である。

 誰がどう見ても神父ではなく『魔術師』だ。


「魔王よ! 今こそ我が身へ宿りたまえ!」


 その彼を遠巻きにぐるりと囲む、黒いローブの人間たちが数十人いる。彼らは一様に床に両膝を突き、手を組んで淡々と何か祈りの言葉のようなものを発している。深くフードを被っていて、どんな人間たちなのかすら分からない。

 

 やがて、大理石の床に描かれた紋様が、淡く光りだした。


 マードックが嬉々として両腕を上に挙げる。

 周りを囲んでいた人間たちが、バタバタと倒れていく。

 彼らの命の終わりに呼応するかのように発生した地響きは、やがてソピア全土に広がっていく。

 

 

「今こそ、我が手によって世界を席巻するのだあーっはっはっはっは!」


 


 ◇ ◇ ◇




 ブーイは、杏葉を背負っているガウルに、その頭頂の角を向けて、地面を蹴った。


【死ねええええっ、ガウルううううう!】


 その角で身体を貫かれればひとたまりもないだろう。だがガウルは動じない。なぜなら――


「させるわきゃねーだろ!」

【甘く見るにゃっ】


 ジャスパーの剣の鞘でブーイの足が払われ、リリはその身軽さであっという間に背に回ったかと思えば、でブーイの首を後ろから羽交い絞めにし、体ごと後方にひるがえって素早く地面へとひねり倒した。すかさずジャスパーが剣を抜いて、横倒しになった眼前へ突き立て、抵抗を精神的に封じる。リリはブーイを後ろ手に縛りあげ、その背に乗り上げていた。

 

「ぴゅ~」


 ダンが思わず口笛を吹くほどの、ジャスパーとリリの、鮮やかな即興コンビネーションだ。


【オイラ出番なかッター!】

【もとはと言えばお前が油断したせいだろう。まったく情けない】

【ひーん!】


 シュナに説教をされたランヴァイリーは、耳を垂らしながら精霊の木に、ウネグを降ろすよう話しかける。


 やがてどさり、と吊るされた状態から落ちてきたキツネの獣人は、蔓に巻かれ首を垂れたまま、地面の上で胡坐を組んで動かない。

 

【……任務失敗だ。殺せ】


 シュナが口を開きかけたその時に、

「ばか!」

 と叫ぶのは杏葉だ。

 

 無理やりガウルの背から降りたかと思うと、よろよろとウネグに近寄っていく。止めようとするガウルがその二の腕を掴むが、強引に進む杏葉に遠慮して、力を入れられず黙って付き従うしかできない。


「すぐ殺すとか殺されるとか! ばかじゃないの!? なんで一緒に生きようとか、分かり合おうとか、償おうとか、思わないの!? 食うか食われるかなんて、ケモノのすること! 貴方には考える脳みそが、あるでしょ!」


 ゼェハァ、ゼェハァ。

 肩で息をしながら訴える杏葉に対して、ウネグは目を見開いている。


【ニンゲン……おまえは、俺と分かり合おうと言うのか?】

「そうよ!」

【うがああ! 甘い言葉に騙されるなウネグ!】


 リリとジャスパーが抑え込む下で暴れるブーイに、ランヴァイリーが

【ジャマ】

 と一言告げると、白目を剥いて気絶した。

 

【あ、眠らせタダケ】

「うわ、えげつねえ魔法!」

【最初からやれば良いにゃね】


 力の抜けたブーイから、【大丈夫】のハンドサインをお互いに出しながら離れる二人は、揃って呆れている。


「ウネグさん。私は、世界を知ろうと思っています」

【世界……?】

「今まで何が起きていたのか。何が起ころうとしているのか。どうすれば良いのか。そしてそれを広めて行きたい。それが! 私の! 生きる道です!」


 呼応するかのように、精霊たちがまた光を振りまく。


【俺もだ。アズハとともに】

 ガウルが、杏葉の肩を抱き寄せる。

「ガウルさん……」


 虹色のきらめきの中で微笑み合う、銀狼と人間の女の子は、ウネグにとって信じ難い光景だった。


【世界を、知る……】

「はい。それが、平和への第一歩だと信じたい。獣人も人間もエルフも、笑い合って暮らしたい。それが、私の夢です!」


 いつの間にか、里のエルフたちが周りを囲んでいた。その上を無邪気に飛び回る精霊たち。獣人と人間とエルフという三種族が一堂に会するのは、それこそ――


『嗚呼、何百年ぶりだろうか』


 ククルータヴァイリシュナが里長となってから数百年。もはや数えることすら不可能な年月を過ごし、心をすり減らす刺激を全て排除し、怠惰な繰り返しを生きてきた。


 この大きな変化を受けて今、精霊たちが次々と目を覚まし、エルフたちも

『世界を知る、だと』

『エルフの知識に勝てるか?』

『言葉が分かるだけだろう、甘い考えだ』

『けれど、退屈はしない』

 何年ぶりかの隣人との会話をしている。


「アズハ……」

 見守るダンに、泣き顔で近づくのは、

「と、父さん……?」

 背中に赤子を背負ったエリンだ。

「本当に? 本当に父さん!?」

 ダンはその顔を認めるや安心し、同時に怒りが沸いた。

「っっこの、バカ娘があ!!」

「あああ、父さんっ!!」


 クスクスと、その頭上で笑う精霊たち。


「連れて来てくれたのね? ありがとう」


 杏葉が礼を言うと、また光を振りまいた。


『そうか、そなたは、精霊の子』

 シュナが、瞠目どうもくする。

「? 精霊の子?」

『そうだ』

『え! ってことは……』

 シュナとランヴァイリーの顔が青ざめ、エリンがダンの襟元を掴んで叫ぶ。

「父さん! 再会、喜びたいけど、時間がないの!」

「エリン、どうし……」

「ソピアが、滅びてしまう!!」


 悲痛なエリンの叫びを聞いた杏葉は、

「ソピアって、人間の国ですよね!? それが、滅ぶって……」

 通訳しようとしたが、

「あ……」



 ――ついに気を失った。

 

 


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 お読み頂き、ありがとうございました!

 ガウルさん、何回プロポーズすんねん!と思いながら書いております。

 もちろん、通じてないです。

 

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