第18話 エルフの里



 幸い杏葉は、すぐに目が覚めた。横たえられていたベッドから体を起こすや、申し訳なさでいっぱいになったが、心身に負担がかかっちゃったね、とランヴァイリーが優しく言う。

 そして、ちゃんと休んでご飯を食べた方が良いから、里に行こうと申し出てくれた。


「良いのですか?」

『異世界の者を歓迎するのも、知力のかなめたるエルフの役割だと思うんだ。おさもそう言うと思うよ』

「ありがとうございます!」

『その代わり、質問攻めにあうと思うけどね~』

「覚悟します」


【よし。大丈夫そうなら、降りヨウ。抱っこして連れてってあげヨカ?】

 とウインクするランヴァイリーに、ガウルが

【結構だ】

 とグルグル喉を鳴らしながら言い、杏葉を問答無用で抱き上げ、背負う。リリがお腹を抱えて笑っていて、ダンとジャスパーは肩を竦めた。

 

 杏葉はそんな皆の様子が腑に落ちないままだったが、ツリーハウスから降りる時に

梯子はしごはかえって危ないな……アズハ、目を閉じて俺を信じろ。いいな?】

 と言うや否や、ガウルが飛び降りたのに驚いて、全部をスコンと忘れてしまった。


「フリーフォールみたい!」

【ふりー?】


 遊園地では絶叫系が好きだったことを思い出して少しはしゃいだものの、すぐに切なくなって――ガウルの首筋に顔を埋めた。

 

【アズハ?】

「ごめんなさいガウルさん。ちょっとだけ」

【……いいぞ】


 鼻をくすぐる、暖かくて柔らかい銀色に癒される。少しだけ獣の匂いがする。

 ガウルの背はたくましくて大きくて、ずっとそこに居たいと思わせてくれた。

 心の中でまた「大好き」だと思ったが、今までとは違いなんだか口に出すのを躊躇ってしまって、ごくりと飲み込む。


 それを見たリリは、

【はにゃ! 好きの匂いが変わったにゃね~んふふふ】

 と嬉しくなる。

「リリどうした? 嬉しいのか?」

 ジャスパーがハンドサインで【どうしたの?】と聞いてきたので、リリは黙って頬にスリスリした。

「くすぐってえ! ってまた【可愛い】かよーなんだよー。じゃ、喉撫でてやる」

【にゃ! ごろごろ。ごろごろ】

 ダンは、そんなじゃれ合う二人を見ながら、近くにいるはずの娘に思いを馳せる。

「エリン、喜べ。お前は必死で足掻いてたもんなあ。時代が変わるぞ……早く説教しないとなあ」


 

 

 ◇ ◇ ◇ 

 


 

 エルフの里は、エルフの案内がないと入れないようになっているらしい(精霊がイタズラ好きで、迷子にしてしまうのだとか)。ランヴァイリーは歩きながら、今までエルフたちは閉鎖的だったが、自分の代は外界と積極的に交流したいと話してくれた。

 そして、いきなり立ち止まるや、大きな木に向かって何かを唱える。

 

 ――と、急に視界が開け、集落が現れた。

 

「うわあ!」

 杏葉がガウルの背に乗ったまま、感嘆の声を上げると

【ようこそ、エルフの里へ〜】

 にこにことランヴァイリーが振り返り、両手を広げて見せた。

 

「すっげえ!」

「これはまた、壮観だなあ」

【何度見ても驚く】

【登りがいがあるにゃね~】

 

 エルフの家は基本的にツリーハウスになっていて、それぞれ個性を持った梯子や屋根の色が目に楽しい。

 きょろきょろと見上げながら、一歩一歩エルフの里へと入っていくと、ひらひらと空中を舞う何かが杏葉の目に入った。


「何かが飛んでいますね? なんだろう?」

【やっぱり見えるカア】

 ランヴァイリーが笑いながら人差し指を立てると、ふわり、と何かがそこに止まった。

「わ!」

 

 薄緑色のオーラをまとった、翼の生えた小人のようなものだ。ぱちくりしながらこちらを見て、またふわり、と飛んで行った。

 

【森の精霊ダヨ~普通は、エルフにしか見えナイ】

「エルフにしか見えないのですか」

 

 おぶってくれているガウルがそれに頷き、隣を歩いているダンも「何も見えなかった」と言う。

 

「ふえええ」

【良かっタ、人間がまた来たって騒ぐと思ったら、アズハに興味がわいたみたいダネ】

「私!? 嬉しいです。すごく可愛かった! 精霊さんとお話ってできるのでしょうか?」


 杏葉が空を見上げると、まるで返事のように、虹色の光がキラキラと降ってきた。

 

「わあ! きっれーい!」

【大歓迎ダナ】


 それを受けて、なんだなんだ? とエルフたちがツリーハウスの窓から顔を出した。

 ランヴァイリーが大声で『お客さんだよ~』と言いながら、お構いなしにさくさくと歩いていく。すると彼らは――興味がなさそうに、またひっこんだ。


「私、何か」

【ん? 違うよ~精霊と違って、エルフは他人に興味がないカラネ。気にシナイ】

「でも、ランさんは違うんですね?」

【せっかく生きてるんだシサ。退屈にダラダラするよりいいかなッテ~】

「そうですか……あ! ガウルさん、すみません! 私、降りますよ!?」


 ガウルに背負われていたことを、すっかり忘れていた杏葉が慌てると

【いい。少しでも休め】

「でも……」

【未知の土地はそれだけでも疲れる。しかも世界が違うとなると、自分が思っている以上に消耗しているに違いない。アズハは頑張りすぎで心配だ】

「はい……ありがとうございます」

 

 先ほどからガウルの言葉を聞くと、ドキドキして落ち着かない気分になる杏葉は、素直にうなずいた。

 密着しているからだろうか? と熱くなる頬を両手で押さえる。


【ありゃ~? オイラが背中押した感じ?】

【なんの話だ?】

 んー! とランヴァイリーが頭の後ろに向けて両手を挙げる形で伸びをしながら、ぼそりと言う。

 

『オイラ二百年生きてきて初めてなんだよね、ときめいたのってさ。障害は大きければ大きいほど燃えるなあ』


 ガウルが【今ランヴァイリーがなんと言ったか聞こえたか?】と杏葉に振ったが、残念ながら届いていなかったようだ。

 手を降ろして、エルフの青年はいたずらっぽく笑う。


【ガウルには負けないぞって言ったンダ】

【なんの話だ?】

【フフ。あ、あそこだよ、長の家】

 

 顔を上げると、里の中で最も巨大な樹木の上に、豪華なツリーハウスが建てられていた。

 戸口には既に、エルフが立っている。水色に輝く髪の毛と、濃い青色の瞳の美しい男性だ。見た目三十代くらいにしか見えないが、長というからにはランヴァイリーと同じく何百歳なのだろうと、杏葉は思った。


『……あがれ』


 一言、通る声を発すると、すぐに家の中へ引っ込んでしまう。

 

「あがれ、だそうです!」

【ヨカッタネ】


 杏葉たち一行は、無事エルフの里長の家へ招かれたことに、ほっと胸を撫でおろす。

 門番小屋と同様に梯子を上がっていくと、ダイニングテーブルの上にお茶と軽食が並べられている。湯気が立っていておいしそうだ。


【疲れたであろう。くつろげ】


 共通語で話してくれるようだ。その言葉は、ランヴァイリーよりも流暢りゅうちょうだった。

 

「ありがとうございます!」

「世話になる」

「はじめまして!」

【……】


 挨拶を済ませ、目を細めて杏葉を見たあと、里長は無言でふっと立ち去った。別の部屋へと行ったようだ。

 なんだろう? と思っていると、手に何かを持ってすぐに戻ってきた。


【そなたは】

「アズハです」

【アズハ。せめてもの処置をしよう】

「処置?」

【この指輪をつけるがいい。少しは楽になる】


 銀色の凝った装飾で、ターコイズのような石がはまっている指輪を付けられた――大きかったが、親指ならなんとかなった。

 

【熱が出たり、気絶をしたりしたのではないか】

「!!」

【魔力が膨れ上がっている。これで少しは封印できる。気休めだが】

「は……い……」

 

 ダンとジャスパーが目を見開く。


「疲労ではなかったのか!?」

「あじゅ、大丈夫かっ」

「だい、じょうぶです……言われてみれば……熱い……」


 頬が熱かったのは、熱だったのか! と、自分で自分のことに全く気づいていなかった、と反省した杏葉は、くたりとガウルにもたれかかる。


【! 熱い!】

【ふむ……とにかく水分を取るがいい。栄養も足りていないようだ】

 ガウルの驚きに、里長がもう少しじっくりと杏葉を観察し、ランヴァイリーが

【無理しタネ。はちみつ湯を作ってくるヨ】

 と気を遣ってくれる。

 

 だが、杏葉には戸惑いしかない。

 

【気にするな。ここは安心だ。体がなじむまでゆっくりしていけ】

「里長さん……」

【ククルータヴァイリシュナ、という】

「ククルータヴァイリシュナさん」

【……さすがエルフ語で完璧な発音とはな。エルフの名前は長いのだ。シュナと呼んでくれ】

「シュナさん。ありがとうございます」

【ヴァイリ……】

 椅子を近づけて杏葉を受け止めながら、ガウルがつぶやくと、

【里のはじまりの者、という意味のエルフ語だ】

 シュナが微笑む。

【なるほど。だからラン『ヴァイリ』ーか】

【そうだ。さすがガウルだな】

「さすがです!」

【ええ~!? オイラがいないうちにまたガウルが褒められちゃってる! ドウシテ!】

 

 はちみつ湯をもって戻ってきたランヴァイリーには、なぜかリリがドヤ顔を返していた。――



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