第16話 それは誤訳というものだ



 半郷を出発した後は、警戒しつつ慎重に進んだ。

 エルフの里まであとは道なりに行き、森の入り口で門番と話をするだけ、というところまでやってきた、杏葉たち一行。

 残念ながらダンの娘であるエリンは見かけず、その代わり? 小さな魔獣は何匹か退治したぐらいで、大きなトラブルにも遭わなかった。

 

【アズハ、どうした? さっきからソワソワしているな】

 

 馬を操るガウルが尋ねると、前に乗っている杏葉は振り向きながら

「だって、エルフですよ!」

 と屈託なく答える。

 

【エルフがどうした?】

「私、物語の中でしか知らないんです。どんな感じが楽しみで」

【そうか……】


 ガウルが神妙な面持ちなのを不思議に思い、理由を聞こうとしたが――


【ならば、もう見えてきたぞ。あれが門番小屋だ】

「へ!?」


 門番小屋、というからには地上に建てられた小さな小屋を想像していた杏葉だったが、実際は巨木の上に建てられた立派なツリーハウスだった。


「うわあぁ」


 見上げると、思わず感嘆の息が漏れる。

 梯子はしごもなく、どうやって上がっているのか不思議だが、確かに中に人の気配がある。


【頼みたい!】


 ガウルが、颯爽と馬から飛び降り、叫んだ。

 

『んん~? だーれだー?』

 

 上からヒョコン、と顔を出した誰かが、間延びした声で応えたかと思うと


『わあ! 人間だあ~?』


 言いながら――無防備にフワリと空中に飛び出したので、杏葉は思わず「ひっ!」と声を上げた。

 

 

 ひゅん、たんっ。


 

 そうして目の前に降ってきたのは、

『やあやあ。三人もいる! こりゃ珍しいことがあるもんだ~』

 腰まであるプラチナブロンドを後ろで三つ編みにした、翠の瞳で、耳が細く長い、まさに物語の中でしか見たことがない存在だ。

 本の中のような、綺麗で整った顔立ちは迫力があり、怯んでしまう。

 

「エルフ……!」

『そりゃ~エルフの里の入り口だもんね。おやあ? 君は……』


 ふわっとまた浮き上がったエルフは、馬上で呆気に取られている杏葉の至近距離で、その涼やかな目を瞬かせた。


『は~珍しい存在だなあ! しかも、かーわいー!』

「ひええ!」

 

 る杏葉が馬から落ちそうになり、ガウルはさっと両手を掴んで、そのまま降ろしてやる。

 

【すまんが、分かる言葉で話して頂きたい】

 ガウルの言葉にエルフは

【あ、ごめんごめん。嬉しくてサー】

 と眉尻を下げた。

「え? もしかして……」

 杏葉が皆の様子を見ると、全員が頷いている。

【エルフ語にゃよー。それもアズハ、分かるにゃね】

 リリが言い、杏葉は「ぎょえ」と声にならない声を出した。

 

「すごいなアズハ」

 ダンが唸り、ジャスパーも

「頼りになる!」

 と目を輝かせる。


 ガウルが続けて

【里に入りたいのだが、良いだろうか】

 と申し出ると、エルフは屈託のない笑みで

【やぁガウル、おひさーし】

 とガウルの名を呼んだ。

【ランヴァイリー】


 二人が顔見知りなことに、安心する杏葉たち。だが、物事はスムーズに進まなかった。

 

【あのねー、厄介なことに今、不法侵入の人間がいてね。里には入れられないン】

【なんだと!】

「不法侵入の人間!? まさかっ」

 杏葉の言葉にダンが緊張感を高め、ジャスパーも生唾を飲む。

「赤ちゃん連れの女性ではないですか!?」

 と続けざまに聞くと、

【おや、知り合い?】

 ランヴァイリーは目を細めた。

「多分、知り合いです!」


 うーん、とエルフの青年は考え込む。


「無事なのか!?」

「何があったんすか!?」

「……あの、その方は無事なのでしょうか? 何があったのか、教えてもらえませんか?」

【モチロン無事よー、扱いに困ってるサ】

「無事なんですね! 扱いに困ってる? って?」

【勝手に魔法唱えたから、精霊が怒っちゃったンサ】

「勝手に魔法唱えて、精霊が怒っちゃった……だと、どうなるのです?」

【里から出られないヨン】

「里から出られない……え!?」

「うーわあ」

 頭を抱えるジャスパーと、

「あんの馬鹿が」

 歯を食いしばるダン。

【はにゃー】

 リリがダンの肩を叩いて慰めているが、ダンからは申し訳なさと怒りが混じった複雑の感情が見てとれた。――どうやら、かなり暴走気味の女性のようだ。


【どうすれば良い?】

 ガウルの質問に、ランヴァイリーは

【んとさ、その様子だと……人間助けに来ただけってわけでもなさそネ? そこでお茶しながら話聞かせるので、ドウ?】

 にこにこと門番小屋を指さしつつ招待してくれたので、素直に従った。




 ◇ ◇ ◇




 ツリーハウスから降ろされた梯子を登ることになった時、杏葉が怖くて無理だと申し出ると

【オイラが、精霊魔法で連れてくカイ?】

【俺が抱えて行こう】

 ランヴァイリーとガウルが同時に手を差し出した。

【抱えるて……大変ダーヨ】

【問題ない】

「あ、あ、あの! また精霊さん怒らせたらあれなので、ガウルさんお願いして良いですか?」


 杏葉の言葉に、リリが心底ホッとしたのは言うまでもない。


【好意の匂いにゃね……ライバル出現にゃよ団長! ワクワクにゃっ】

「リリ、何ワクワクしてんだ?」

「わからん……くそ、エリンのヤツめ……」

「相変わらず猪突猛進すねー」

「ああ。まあ、生きてて良かった」

「っすね」


 ツリーハウスは、下から見たよりもさらに大きく立派だった。精霊の力を借りて快適に過ごせる上に、寝泊まりもできるのだとか。

 ランヴァイリーの出してくれたハーブティーは、爽やかな香りがし、ひと息つくことができたが、ダンの気持ちを思うと焦りは消えない。

 そんな全員の態度を分かってか、ランヴァイリーは真剣な眼差しで話を切り出す。


【さてガウル、目的教えてくれるン? 全部話さないと里には入れられないン、知ってるネ?】

 

 ガウルは頷いてから、淡々と今までのことを説明し、人間たちが『魔王』について聞きたがっていると告げた。


【……我々は魔王の復活に備えて用意をしたが、人間達はそれを知らず、緊張感が高まり、国家間で戦争になろうとしている】

【へえ〜そりゃ大変ダネー】


 他人事!? と杏葉はランヴァイリーの態度に苛立ちを覚えた。


「きちんと教えてくださいませんか! なぜ人間から、魔王が生まれるのですか!」

【人間から魔王になるノン?】

「人間から魔王になるって言ったのは、貴方でしょう?」

【言ってないヨン?】

「言ってない!?」

「は!?」

「なんだと!」

【ちょっと待て、そろそろ魔王がソピアで復活すると、言っただろう!】

 ガウルがぐるるる、と立ち上がる。

【うん、言ったネー】

「……ガウルさん、私すごく嫌な予感がしました」

【アズハ……俺もだ】

 ごきゅん、と杏葉は喉を鳴らす。

 

「あの、以前ガウルさんに言ったのと同じことを、エルフ語で話してもらっても?」


 全員の顔を見ると、賛成のようなので、改めてランヴァイリーに向き直る。


『? いーけどさ。えーっと……ソピアに魔素が溜まったから、近いうちに魔王が復活するかもね』

「ソピアに魔素が溜まったから、近いうちに魔王が復活するかもね――て! ソピアで、とは言ってない! しかも、近いうちってどのぐらいですか!」


 ぐるるる、とガウルの喉が鳴った。

 ランヴァイリーはキョトンとして

『えーと、まあ二十年以内には』

 のたまった。

「二十年!」


 杏葉は、叫んだ。


「かんっぜんに、誤訳です!!」

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