それぞれの練習は


 夏休みに入ると、五人の活動はより活発にならざるをえない。



 だが、バンド内で技術力の差がとても大きい。曲の選定はまだ行われていない間は、個人での練習に打ち込む。


 ベースを担当する恭弥が、幼なじみの瑞樹にギターを教えたのは、彼らが小学生に上がる前のこと。以来二人はずっと練習し続けており、腕前はかなりのものとなっている。

 そして悠真も、幼い頃からピアノを習っていたので担当しているキーボードにはすぐ慣れた。

 

 そんな三人が、今更簡単な曲を練習したところで仕方がない。譜面を見ればその日中にある程度演奏できてしまうからだ。ともなれば、必然的に他のメンバーの助けに入る。それが部設立からできた流れだった。

 

 残りの二人、鋼太郎と大輝は音楽初心者。音程を掴むのに時間はかかるものの、ボーカルの大輝は曲が出来てから練習を始める。手はかかるがそれよりも、手がかかるのは鋼太郎だった。


 彼が担当するのはドラム。両手足をバラバラに動かなければならない。音楽初心者にとって難易度が高い。


 春からドラムに触れ始めてやっと簡単な曲なら叩けるようになってきたレベルの彼を、恭弥が提供する曲を叩けるレベルまで磨かなければならない。


 ドラムの知識が豊富ではないが、リズムや音についてならば鋼太郎よりも瑞樹の方が知識がある。なので二人は夏休み中、学校へ行ってともに練習することにした。



「そこはここと、ここで音が交互になります。テンポももっと早めですね」



 物理室にて。

 蒼いドラムセットを部屋の後方に設置し、すぐ傍に瑞樹が抱えるギターに接続されたギターアンプが並べてある。

 二人が練習と称して手に取った楽曲は、恭弥がNoKとして過去に作った中でも難易度が低いもの。

 テンポは速いけれども、リズムは一定。これが叩けるようになれば、ステップアップできる。



「ちっ……これで簡単とかよく言うわ……」



 思ったように叩けず、鋼太郎には怒りが見える。見た目も圧があり、眼差しも鋭い彼に瑞樹は臆することはない。



「キョウちゃんらしさですよ、この曲は」



 恭弥の姿を思い浮かべて、瑞樹は顔を緩める。



「……それは何となくわかる気がする。何かがあるんだよな。意志というか、やる気というか……」



 音楽について詳しくない鋼太郎でさえ、練習する曲から恭弥の存在を感じ取っていた。

 それをうまく言葉にすることはできなくても、曲の中にあるが、鋼太郎の心に届いている。



「ふふふっ、キョウちゃんが先輩のその言葉を聴いたら喜びますよ」

「絶対本人には言わないぞ」

「えー」



 息抜きがてら、そんな会話をしつつ再び構える。



「っし、負けてられねぇよな」



 いくら難しくて叩けなくても、鋼太郎はそのに突き動かされて、再びスティックを握った。





 一方で楽器を担当していない大輝は、唄うことが仕事になる。曲ができていなければ歌詞を覚える作業もない彼に、悠真は「体力づくりしてきて」と指示した。それに対して二つ返事で返した大輝は、真夏に運動部並みの走り込み、筋トレを日々行う。その様子を見守ったのは顧問の立花だけ。


 学校へ来て、真夏の太陽を浴びながら、元汗をかく姿に、熱中症にならないか肝を冷やしていた。だが。



「うっへぇ、あちぃぃ!」

「大輝先輩、お疲れ様です。水分補給しっかりしてくださいね」

「りょーかい」



 汗だくのまま大輝が物理室にやってくる。こうして瑞樹たちの元へ来ては、しっかりと休憩をとっていた。



「菅原、何もこんな真夏日に走らなくても、夕方とかにするほうが……」



 ペットボトルを開けて、勢いよく水分補給する大輝へ鋼太郎が言う。

 


「え、やだ。だってさ、みんな同じ時間に練習してるじゃん? 俺もそうしたいの!」

「ああ、なるほど。なら、熱中症になるなよ」

「もっちー! そこら辺はサッカー部のときにしっかり身についてるからね! コウちゃんとみっちゃんも、中だからって水分とんなきゃだめだかんね! んじゃ、また走ってくる!」


 嵐のように大輝は走り出す。

 三人は自分たちの腕を磨きながら、互いを支えていくような日々を送る。



 ☆



 三人が学校に集まる中で、音楽経験者の悠真は、恭弥の家を訪れていた。



「どんな曲にするわけ? それとNoKのどれをやるわけ?」



 恭弥の部屋のベッドに腰かけながら、パソコンとキーボード、そしてベースが傍に置かれた机を前にして座る恭弥に声をかける。



「それなんだよな。NoKの曲なら、楽しそうかつ、有名で選ぶのでいいいかと思ったけど、新曲の方が大問題。テーマが思いつかねぇ」

「君、ちゃんとテーマを考えてたんだ。意外」



 恭弥の部屋にある音楽雑誌を片手に、悠真は平然とした態度で答える。本当にそう感じたのか不明だが、二人の会話はいつもこんな形。気にしないことにして、パソコンを見つめ続ける。


 時折キーボードを鳴らし、心地の良い音を探して即興演奏をしてみせる。



「どんな曲にしたいの? ロック、バラード……とか」

「ロックだろ。ぶっとんでて激しいけど、ぐさっとくるやつ。んで、ワイワイするやつ」

「あまりにも雑ぎるよ。そうやってあやふやだから、先生たちに目をつけられる。もっと目標を明確にして、達成するまでの過程を考える。共通認識を持てなければ、目標達成は不可能だ」



 言い返せなかった。

 恭弥にとって、最初の目標は「軽音楽部設立」。それは果たすことができたが、以降の目標はない。ただ、メンバーを集めて練習していただけ。


 新たにどうなりたいか、どうしたいかという目標としては、「刺さるロック」では曖昧。かと言って、それ以外の表現は出来ない。



「負け戦、かな。今回は」



 諦めを含み、悠真が言うと、恭弥は目を見開いて手を止めた。



「負け、敗北……勝利、栄光。復活、戦……」



 恭弥の口からブツブツと単語が流れる。自らの思考を整理しながら、思い浮かんだを形作ろうとしていた。



「何、君。気持ち悪い」



 集中する恭弥に悠真の声は届いていない。何度も同じように言葉を続ける様子に、悠真はため息をつく。


 そのまま五分経過するも、恭弥の調子は変わらない。真剣な眼差しで、呟いていた。

 それをBGMにして、悠真も真剣に音楽雑誌のページをめくる。



「わかった! 思いついた!」

 


 突然恭弥が叫ぶ。



「……何? びっくりするから、急に叫ばないでくれる?」



 声に驚き、一瞬肩が跳ねながらの要求は無視される。



「テーマは敗北。俺ら全員、はなから負けてんだ。負けを嘆くんじゃなくて、そこから這い上がる曲にする!」



 彼らのバンドは、マイナスからのスタート。

 教師に、大人に。軽音楽部は否定されている。それだけではない。メンバー各々が、社会にもまれて敗北を味わっている。『お前たちにバンド活動は無理だ。諦めろ』と周りが言葉にせずとも態度で示してきた。


 それを打ち破りたい。そんな思いが恭弥の中で燃える。



「へぇ、思ったよりいいテーマ。じゃあそれで曲を作ろう」



 二人は共通の認識を得た。

 音楽性が近く、可能性を秘めている彼らが、曲を完成させるまでにそう時間はかからない。


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