第5話 危機をぶっ飛ばせ

「しまった……」

 あたしはふかふか布団を弾き飛ばし、思わず呟いた。

 仮眠のつもりがすっかり寝てしまい、時計をみればもう深夜だった。

 別にこれといった用事はなかったのだが、なにか損した気分で小さく息を吐いた。

「スコーン……は寝てるか」

 仕切りのカーテンは開けっ放しだったので、ベッドでよく寝ているスコーンの姿をみて、小さく笑った。

「さて、どうするかな。学食にでも行って、夜食でも食うかな……」

 学食と購買は二十四時間営業だという事は聞いていたので、あたしは迷うことなく部屋を出た。

 部屋を出てすぐある自転車置き場から、まともそうな一台を選んで跨がり、あたしは学食を目指して走りはじめた。

 急ぐ事はないのでゆっくり進み、文字通りこの学校の中心部である中央棟の一階に行き、しばらく走ってようやく学食に到着した。

「まあ、軽く食っておく……って、そんなメニューがあるか分からないけど」

 あたしは小さく乗ってきた自転車を自転車置き場に突っ込み、学食の中に入った。

 パブタイムが明けてから数時間経っているが。学食内はまだアルコールとお酒の香りが漂い、これはこれで大人な雰囲気だった。

「ビスコッティはいなかな。今頃、部屋で酔い覚まししているかもしれないし」

 あたしは一人で笑い、食券発券機の前に立ち、昼間はあったはずのメニューがなくなり、あっさりしたものを中心としたメシに切り替わっていた。

「うーん、寒いし鍋焼きうどんと漬物にしよう」

 あたしは食券発券機のボタンを押し、食券を手にカウンターに向かった。

「あっ、リズ。置いておいて行かないでよ!!」

「全くだ。護衛まで置いていくな」

 カウンターに行く前に、スコーンが笑みを浮かべ、アリスが小さく鼻を鳴らした。

「だって、邪魔したらいけないくらい、完全に寝てるんだもん。起こす方が悪いでしょ。アリスはゴメンね。護衛されているのを忘れてた!!」

 あたしは笑った。

「まあ、気にしないが。ついでだから、私もなにか食おう」

 アリスが笑みを浮かべた。

「ねぇ、なに頼んだの?」

 スコーンがあたしに聞いてきた。

「うん、冷えるから鍋焼きうどんに漬物プラス。夜食にしては、ちょっと重いかな」

 あたしは笑った。

「なんだ、そんなものか。私の予感だが、今のうちにしっかり食っておけ。こういう時、私の予感は大体当たる」

 アリスが小さく息を吐いた。

「それって、どういう意味?」

 あたしが問いかけると、アリスは無言で適当に食券発券機のボタンを押しまくり、豪勢というか、むちゃくちゃな取り合わせのメシを受け取る事となった。

 メシが出来るたびに、アリスがコロコロとワゴンで皿を運んできて、どんどんテーブルに乗せていくので、十人掛けのデカいテーブルがあっという間に埋まってしまった。

「質問の答えをしないとな。さすがに初等科の学生には通達がなかっただろうが、学校の外にいるオークが大集合しているそうだ。オークってなんだか分かるか?」

 スコーンが首を横に振った。

「オークでしょ。あの不細工野郎なら、毎月やってる村の害獣退治イベントで、良く出遭っているよ。なに、襲撃してくるなら、迎撃は任せて!!」

 あたしは笑った。

「リズ、オークって?」

 スコーンが聞いてきた。

「亜人っていう人間に似た姿をした種族の魔物なんだけど、オークは魔法が使えないから、力押しで破壊と略奪するっていう、数が増えると厄介な輩だよ」

 あたしは小さく笑みを浮かべ、探査魔法の呪文を唱えた。

 虚空にカリーナを中心とした半径二十キロの範囲が、あたしの前に表示された。

「うーん、カリーナを中心としてしっかり包囲されているね。数は万を超え、さらに急速に増加中か……。この時期は冬ごもり明けの魔物が多いからこの数も納得だけど、これ全部追っ払うのは骨だよ」

 あたしは苦笑した。

「分かってる。それに備えて、ここの警備部がMLRSとかアパッチ・ロングボウなんかを急いで配備中だ。ここは魔法学校だからな。魔法が使えて当たり前なんだが、普段は高等科の学生だけが召集される。しかし、今回は数が多いからって事で、中等科にも召集がかかっているんだ。場合によっては、初等科にもお呼びが掛かるぞ。だから、食っておけ」

 アリスが笑みを浮かべ、料理に手をつけはじめた。

「それでか……。なんなら、今すぐあたしとスコーンが長距離攻撃魔法で仕留めようか?」

「やめておけ。今は様子を覗っているようだが、攻撃なんかしたらそれこそ一斉に攻め込んでくるだろうな。まあ、期を待て」

 アリスの言葉に頷き、召集されるか分からないが、私とスコーンも食っておく事にした。

「あっ、みなさんお揃いで」

 遅れてふらっと学食に入ってきたビスコッティが、私たちの席に座ってメシを食い始めた。

「もしかして、召集組?」

「はい、私とアリスはもちろん他の友人も参戦します。探査魔法を使っていますね。状況は?」

 ビスコッティが表示したままのマップを見て、うなり声を上げた。

「まあ、楽観は出来ないよ。これだけのオークが相手となると、さすがに手こずるかもね。準備がまだみたいだから、今のうちに薄いけど結界を張っとくか。解くのは一瞬だし……」

 あたしは小さく息を吐いた。

「分かりました。確認してみましょう」

 ビスコッティが無線機を取りだし、どこかと交信をはじめた。

「すいません、遅くなりました」

 遅れて入ってきたカボが苦笑して、あとに続いてやってきたシノやリナ、ララとトロキが、テーブルに山盛り乗ったメシをバリバリ食いはじめた。

「これで揃ったな。まあ、リズとスコーンにお呼びがかかる事態にならないように、努力はするさ」

 アリスが笑った。

「……そうですか。分かりました。準備します」

 更新が終わったらしく、ビスコッティが笑みを浮かべた。

「これから、警備隊の隊長がくるそうです。リズの探査魔法に興味があるようで。他にこのように、変わった魔法を使う者がいないので」

 ビスコッティが笑った。

「ま、まあ、普通はいないか……」

 あたしは苦笑した。

 もうすっかり、このユニットのメンバーになった感のあるあたしとスコーンだったが、少なくともあたしは悪いとは思わなかった。

「うん、いないな。作ろうと思えば作れるかもしれんが、瞬時ならともかくこう長時間維持できる者は、本当に少数だろうな」

 アリスがケチャップパスタをもりもり食いながら、小さく笑った。

「さて、隊長の到着を待ちましょう。そんなにかからないはずです」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。


 しばらくメシを食っていると、迷彩柄の服をきた目付きが鋭いオッチャンがやってきた。

「きましたね。みての通り、カリーナの警備隊隊長です」

 ビスコッティが小さく笑った。

「お食事中、失礼しました。これが話しに聞いた、探査魔法ですか。この赤い点がオークどもですか?」

「そういう事だよ。この学校の学生や教職員なんかの情報は、全て青い点で表示してある。意識しなくても、日頃過ごすうちに個々の自然に漏れる魔力のパターンを全部記憶しているから、絶対とはいわないけど、敵味方の判別は間違いないよ!!」

 あたしは笑みを浮かべた。

「なるほど、これは大助かりです。各所に配置している斥候隊からの情報だけだと、夜間ということもあって、はっきりとした事が分からないのです。少し検討をさせて下さい」

 隊長はあたしが出したカリーナ周辺の様子を、つぶさに観察している様子だった。

「もう少し、狭い範囲では?」

 隊長が顎に手を当てて考えているようだった。

「これが最小範囲だよ。元々、百キロ圏内を探査するように作ったから。ここまで絞ると、相手がなんなのか、立体映像になって見えるでしょ」

 あたしは笑みを浮かべた。

「確かに、これで楽になりました。さっそく部隊編成をしましょう。ところで、ものは相談ですが、あなた方も作戦に参加してもらえませんか。詳細はこれから話します」

 隊長は小さく頷いた。


 あたしは屋上に作られた作戦本部に配置され、探査魔法で周囲に睨みを利かせていた。

 かなり魔力を使っているが、探査魔法の表示を迎撃参加者全員の目前にも小さく表示させ、索敵はもちろん自分の立ち位置や仲間の位置も分かるという、便利なツールとして使わせて欲しいと要請があったのだ。

「リズ、大丈夫?」

 隣のスコーンが心配そうに声をかけてきた。

「まだ大丈夫だけど、念のためにやっておいて!!」

 あたしが笑みを浮かべるとスコーンも笑みを浮かべ、小さく呪文を唱えて私の肩にタッチした。

 瞬間、目眩をおこすくらい強烈な魔力が、あたしに注入される感覚を覚えた。

 これは、魔力譲渡といって、他人に自分の魔力を注入するという高等技で、出来る者はなかなかいない。

 まあ、そんなわけで、あたしがレーダーで電源がスコーンという感じだった。

「よし、でははじめよう」

 隊長は無線のマイクを手に取り、どこかに命令を飛ばした。

 すると、派手な発射音と共に赤いロケットエンジンの炎を曳いて、一発のロケット弾が飛んでいった。

「この黄色い点が、発射されたロケット弾の現在地点!!」

 あたしは叫ぶように隊長に伝えた。

「なに、そんなことも分かるんですか。これはいい」

 隊長がニヤッと笑みを浮かべた。

 黄色い点は真っ赤な赤い点の真上で消え、遠雷のような音が響いた。

 そこでしばらくしてから、今度は雨のような一斉射撃で、ロケット弾が次々に発射されていった。

「熱いな。派手だねぇ」

 あたしは笑みを浮かべた。

 全方位に発射されたロケット弾は、全てその仕事を果たし、固まっていた敵の群れを次々に叩いていった。

 次いで、頭上を四機のアパッチ・ロングボウが通過していき、それは青い点で示すようにした。

「うん?」

 隊長が急に出現した青い点に驚いたか、短く声を出した。

「即興でヘリも魔力反応を青で表示したよ。これ、便利でしょ?」

 あたしは笑った。

 そんなことをしなくても、なにがどうなっているのか、立体映像のようになっているので分かるのだが、色分けしておいた方が分かりやすくていいだろうと思っての事だった。

「よし、陸上部隊を突撃させよう。短期決戦に持ち込まねば」

 隊長が無線でどこかに命令をした。

「スコーン、攻撃魔法。この探査結果で、ここぞという場所に叩き込んで!!」

 あたしは笑みを浮かべた。

「分かった。えっと、ここの辺りが……。

 にじり寄るように進む地上部隊が行く先にある、敵の反応が多い地点をピンポイントで攻撃しはじめ、それを皮切りに地上部隊が一斉に魔法攻撃をはじめた。

「うぉ、スゲぇ……」

 屋上まで漂ってくる強烈な魔力の残滓に、あたしは思わず声を上げた。

「リズも撃ったら!!」

 スコーンが笑った。

「あたしはこれで精一杯だよ。あっ、魔力補給よろしく!!」

「分かった!!」

 スコーンが、ヤバいレベルまで消耗した魔力を注入してくれた。

「ありがと。スコーン、気をつけて。ここで魔力切れになったら、どうにもならないから」

「分かってる、ちゃんと考えてる。あっ、ここ。光りのシャワー!!」

 スコーンの攻撃魔法の光球が夜空に打ち上がり、探査魔法でその光球が敵上空まで飛んでいって派手に破裂する様子が見えた。

「隊長がなにも言わないって事は、今のところは成功って事だよね。この調子でガンガンいこう!!」

 あたしは笑った。


 結局、大きな戦闘は六時間程で終わり、朝日で明るくなった頃には残党を始末する作業が行われていた。

 今日は全授業キャンセルで臨時休校となったが、仮に授業があったとしても、あたしは休んで寝ていた事だろう。いかなあたしが村の魔法学校で魔力オバケといわれたとはいえ、さすがにこれは疲れた。

 しかし、あたしの仕事はまだ終わらない。隊長が最後の一体も始末すると気合いと根性を入れたため、敵の位置が分かるあたしの役目は終わらなかった。

「あと十体です。しっかり始末しましょう」

 隊長が笑った。

「いや、まいったね。それにしても、怪我人はいても死者が出なくてよかったよ」

 あたしが思わず呟いた時、探査魔法に高速移動で接近してくる赤い点が表示された。

「ウギッ、マジかい!!」

 立体映像にをみると、それがドラゴンである事はすぐ分かった。

「これはマズいな。対空戦準備!!」

 隊長が叫び、そこかしこで機械が動く音が聞こえた。

 しかし、この速度で接近されたらとても迎撃態勢が間に合わないだろうし、間に合ったとしても生半可な攻撃では、全く効かないだろう。

「……ちょっと待って」

 あたしは一度探査魔法を切り、空間ポケットから杖を取り出した。

「つ、杖なんてダメだよ。気合い入りすぎだよ!!」

 スコーンが慌てた様子であたしに抱き付いた。

 通常は杖なしで魔法を使っているあたしたちだが、気合いを入れて本腰で魔法を使う時は杖の出番となる。

 今のあたしではせいぜい一発撃てるかどうかだが、ないよりはマシだろう。

「さてと、探査魔法を……」

 あたしは再び探査魔法を使い、周囲の状況を確認した。

 すると、すでに三体のドラゴンは上空を通り過ぎていたあとだった。

「ふぅ、通過しただけか。脅かしやがって」

 あたしは笑った。

「全くです。死を覚悟しましたよ。では、引き続き進めましょう」

 隊長が笑った。


 学校周りのオークを殲滅した頃には、時刻は当の朝になっていた。

「お疲れさまでした。これ、少ないですがアルバイト代です」

 隊長があたしとスコーンに封筒を渡し、本部の撤収作業に入った。

「おっ、これは思わぬ収入!!」

「やった!!」

 あたしとスコーンは手を打ち鳴らした。

「さて、ビスコッティたちは無事かな。恐らく、陸戦要員で駆り出されたはずだから」

 あたしはポケットから無線機を取り出し、とりあえずビスコッティにチャンネルを合わせた。

「ビスコッティ、聞いてる?」

『ああ、リズですね。お疲れさまです。全員大した怪我はしていません。安心して下さいね』

 ビスコッティの応答に、あたしはひとまず安心した。

「ふぅ、お腹空いたな。寝るより先に、メシだこれ」

 あたしは苦笑した。

『ほら、魔法を使うとお腹が空くでしょ。恐らく、過去最大に魔力を消費したのでしょう。学食に集合で』

 ビスコッティが、無線越しに笑った。

「そうだね。今は屋上にいるけど、そっちはどこ?」

『はい、今は学食にいます。混んでいますが席を確保していますので、無理しないようにゆっくりきて下さい』

 ビスコッティが小さく笑った。

「分かった。ゆっくり行くよ」

 あたしは笑ったのだった。

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