永久side ① 前編

 永久side ①





 早朝。時刻は五時半です。

 私はいつもよりも早くに目を覚ましました。

 今日から迎える新学期。それに向けて、昨日はいつもより早めに寝ていたからですね。


 私はひとつ伸びをしてからベッドから降りて、部屋を出ます。

 下の階に降りるとお母さんがもう起きていて、お父さんのためにお弁当を作っていました。


「あら、早いわね、永久。もう起きたの?」

「うん。昨日は早めに寝たからね」


 私はそう言ってテーブルの横にある椅子を引いて座ります。


「朝ご飯はどっちを食べる?」

「うーん.......今日はトーストが欲しいな」


 我が家の朝ご飯は、シリアルかトーストか。その日の気分で決めることになっています。


「わかったわ。今パンを焼くわね」

「ありがとう、お母さん」


 そして、少しするとパンが焼けるいい匂いがしてきます。


 チーン


 と言う音と共に、パンが焼けました。


 私は椅子から立ち上がると、空のお皿を持ってトースターへと向かいます。


「あちち……」


 焼けたばかりのパンはまだまだ熱かったです。


「火傷しないようにね」

「はーい」


 私はパンをテーブルに置くと、お母さんがマーガリンと一緒に、冷蔵庫から冷えた牛乳をコップに注いで出してくれました。


「ありがとう、お母さん」

「このくらいなんて事ないわよー」




 いつもの朝のやり取り。

 平和な一日の始まりです。





 私はゆっくりと朝ご飯を食べ終えると、着替えを始めました。


 新しい制服に身を包み、髪型を整え、薄く化粧をします。お化粧をするのは高校生になってから。と決めていました。

 春休みの間に勉強した成果を少しは発揮出来ていると思います。


 ですが、いつもより早めに起きたので、すごく時間が余ってしまいました。


「遅刻するよりは早くに行った方が良いよね」


 電車通学の私。満員電車に乗って、変なこととかされたくないです……

 私の性格上……多分声なんか出せないし……


 私はそう結論付けると、予定より一時間ほど早く家を出ることにしました。


「お母さん、私行くね」

「はーい。行ってらっしゃい、永久」


 私は台所に居るお母さんに声を掛けると、玄関へと向かいました。


 そして、革靴を履いて扉を開けて外に出ます。


「わぁ……快晴だ」


 春の陽気を感じる快晴に、私の心は踊りました。


 そして、玄関の横に置いてある自転車の鍵を外し、それに跨って駅へと向かいました。





 自転車を走らせること十分。

 最寄り駅へと到着した私は、駅前の無料の駐輪場に自転車を停めます。


 盗まれたことは無いですが、誰でも使える駐輪場なので、盗難対策はしっかりとしてから駅へと歩きます。


 まだまだ早い時間です。

 チラホラと周りを歩くのはサラリーマンの方やOLの方が見えるくらいでした。

 これなら満員電車という事は無さそうです。


 私は少しだけ安心して駅の中へと入りました。


 時刻表を確認すると、それほど待たずに電車に乗れそうです。


 定期券を使い、構内へと入ります。


 すると、すぐに電車が来ました。


 私は一応、乗る電車で間違いないかを確認します。


 ……うん。大丈夫。


 扉が開いたので電車の中へと入りました。


 中はやはり空いていて、座る場所もいくつかありました。


 私はどこかに座れるところで、いいところは無いかなぁ……と探します。

 隣に男の人がいない席が良いです……


 ここから高校の最寄り駅まで十五分ほど。


 別に立ってても良いですが、座れるなら座りたいです。


 そんなことを考えていると、


「…………わぁ、すごい綺麗な人が居る」


 私の目の前に、同じ高校の制服を着た長い黒髪のとても美人な女性が居ました。


 きっと先輩ですね。私のような中学を出たばかりの小娘には無いような『色気』のようなものを、あの女性からは感じました。


 どうやら読書をしているようですが、持っている本を見て私は驚きました。


「あれはライトノベルです……」


 ハードカバーのミステリー小説とかを好みそうな見た目のイメージでしたが、手にしていたのはライトノベルです。


 ブックカバーを付けているので、タイトルはわかりませんが、あのサイズ感はそれでしょう。

 私も嗜むのでよく分かります。


 と、私の不躾な視線に気が付いたのでしょうか……

 件の女性が視線を上げました。


「あ、すみません。ジロジロ見てしまって……」


 私は目が合った女性の先輩に頭を下げました。


「ふふふ。構いませんよ。そういう視線には慣れてますから」


 女性はそういうと、ふわりと笑いました。


 うわ……笑うと本当に美人だぁ


「その制服。もしかして今年の新入生ですか?」

「は、はい!!そうです!!」


 緊張して声が上ずる私を先輩は笑ってくれました。


「ふふふ。そんなに緊張しなくて良いですよ。学校までまだ時間があります。何か聞いておきたいこととかありますか?」

「あ、はい。そ、その、お名前を伺っても良いですか?」


 私のその質問に、先輩は言葉を返します。


「海皇高校の三年。生徒会で副会長をしております。

 黒瀬詩織くろせしおりと言います。こう見えて、学年首席なのですよ?」


 と、黒瀬先輩はパチンとウィンクをしました。


 せ、生徒会の副会長!!??いきなりそんなVIPとお会いするなんて!!しかも学年首席ってすごく頭の良い人です。


「わ、私は北島永久きたじまとわと言います。その……実を言うと、私も今年の入学生の中では首席です。なので、入学式では挨拶をすることになってます……」


「あら、それは凄いわね。ふふふ。そう言えば雫ちゃんが、『入試の成績が二位だった。おにぃと一緒だ……』なんて言ってましたね……そう、あなたが首席でしたか」


 後半の方は良く聞き取れなかったですけど、褒めていただいたのはわかりました。


 そんな話をしていると、降りる駅に着きました。


「ふふふ。北島さんと話していたらすぐでしたね」

「はい。私も黒瀬先輩と話せて楽しかったです」


 私たちは電車から降りると、駅の外へと向かいます。


「北島さん、私は少し寄るところがあるのでここで失礼しますね」


 と、黒瀬先輩は駅を出たところで私にそう言いました。


「はい。わかりました。これからもよろしくお願いします!!」


 私はそう言って先輩に頭を下げました。


「いえいえ。こちらこそよろしくね」


 そうして私は先輩と別れたあと、有料の駐輪場に停めてある自転車を取りに行きます。

 駅前にある施設で、月額五千円です。

 ここなら盗まれる心配が無いので、安心して置いておける場所です。


 そして、私は学校へと自転車を走らせました。




 これから通うのは、公立 海皇高校。

 県内でも有数の進学校で部活動も盛んです。

『個人的な理由』でこの高校を選んだ部分が非常に大きいけど、良い高校だと思っています。


 自転車を走らせること二十分。

 私の目の前に大きな高校が見えてきました。


 そのまま私は校門を通り抜け、駐輪場へと向かいます。


 駐輪場にはまだ自転車は停まって居ませんでした。

 私が一番乗りです。


 そんなことを考えながら、私はクラス分けの紙が貼ってある場所へと向かいます。


 とても大きな高校。それに、歴史があるのにとても綺麗。


 こんな学校の一員に、今日からなるんだ。


 私は期待に胸を躍らせました。


 そして、クラス分けの紙を私は見ました。


「えーーーと……北島、北島……」


 あ、ありました!!一年二組です!!


 そして、私は視線を少しだけ下に動かして、固まりました。



桜井霧都さくらいきりと



「う、うそ……桜井……くん……」


 その名前を今日まで忘れたことはありません。

 小学生のころ。虐められていた私を助けてくれたヒーロー。

 自分が虐められる可能性も高いのに、そんなのお構いなしに私を助けてくれました。


 その後、私は家庭の事情で引越しをすることになり、転校を余儀なくされました。


 ですが、桜井くんへの想いは増すばかりでした。


 そう、この高校を選んだのは『彼の家に近い高校だから』


 もしかしたら、通学の途中で会えるかも知らない。

 くらいの気持ちでしたが、まさか同じ高校で、しかも同じクラス。


「か、神様が……祝福してくれています……」


 私が感動に胸を震わせている時でした。


「おはよう。君も早くに来ちゃった感じかな?」

「……え?」


 突然背後から聞こえてくる、男性の声。どこか聞き覚えのある、優しい声です。


「いやぁ、俺も前日は寝れなくてさ。遅刻するのも嫌だから早くに来ようと思ってね。一人でのんびりクラス分けの紙でも見ようかと思ってたんだよね」

「………………」


 う、嘘ですよね……幻ですか?夢にまで見た彼が……私の目の前にいます。

 どれだけ時間が経っても私は間違えません。時間と共に成長した彼は、私の身長などゆうに追い越して、とても高いです。


 私の目には涙が浮かんできました。


 それを見た彼が困惑しています。


 あはは……そうですよね。いきなり目の前で泣かれたら驚きますよね……


 私は、勇気を出して、彼に話しかけました。


「桜井くん……ですよね……」

「…………え?」


 驚く彼。私は自分の名前を告げました。






「小学生の時。虐められてた私を助けてくれましたよね。お久しぶりです、北島永久きたじまとわです……」

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