第15話「2022/10/08 ⑧」

 その日は結果として、ぼくたちは外食をすることもショッピングモールやスーパーで買い物をすることも出来なかった。


 加速した時の中にいるぼくたちは、ふたりで手を繋いで街を歩くことはできた。それは正午ちょうどに1日を47時間にするログインボーナスを使ったときにすでに経験済みだった。


 けれど、ファミレスやファーストフード店で外食をしたくても、ぼくたちが口頭でする注文を、ぼくたちの1/24の速度で動いている店員は聞き取ることができなかった。

 タッチパネルを採用している店なら注文することはできたが、いつもなら注文から数分から10分ほどで出てくるはずのものが、加速した時の中にいるぼくたちにとっては数時間経たなければやってこないのだ。

 待っていることなどできなかっし、注文した以上、お金を払わずに出ていくわけにもいかなかったから、注文した分のお金を決済アプリの県内通貨ではなく、紙幣や硬貨をテーブルの上に置いてぼくたちは店を出た。


 ショッピングモールやスーパーでも、ウィンドウショッピングをすることはできても、買い物をすることはやはり難しかった。

 ぼくたちの目には店員がいるレジの会計はとても時間がかかっているように見えたし、セルフレジの機械も1/24の速度でしか動いていなかった。どちらも列が出来ていて、会計を終えるまでに何時間かかるかわからなかった。


 加速した時の中では、ぼくたちは街ではろくにデートをすることができないのだ。

 遊園地に行っても、ジェットコースターを楽しむことは出来そうになかった。むしろ逆に落ちるときとかゆっくりすぎて怖いんじゃないかという気もしたが。観覧車も何時間も乗るようなものじゃないだろう。

 人気のアトラクションで2時間待ち3時間待ちのものに並んだら、48時間や72時間待たなければいけなくなってしまう。列に並んでいる間に週末だけのせっかくのログインボーナスが終わってしまう。


 エクスの超拡張現実機能によって、はじめて1日を47時間にできると聞いたときに思い描いていたことと、実際の拡張された24時間との間には大きな隔たりがあった。

 ぼくたち以外では、お互いのエクスとロリコとシヨタだけが同じ加速した時の中にいるだけで、外出には不向きな機能だった。


 仕方なく、ぼくたちはコンビニの弁当やお菓子を、セルフレジで時間をかけて買って、ぼくの部屋で食事を済ませることにした。

 コンビニの弁当とはいえ、栄養補助食品以外のものを口に入れたのは、施設を出てから一年半ぶりのことだった。だけど、やはりぼくには美味しいという感覚が理解できなかった。

 もしコヨミがぼくのために料理を作ってくれていたら、ぼくはそれがどんな味かもわからないまま、美味しい美味しいと言って食べていたことだろう。


「途中で元の時間に戻せる機能が必要だね。

 一度戻したら終わりじゃなくて、加速を再開できる機能も」


 兄さんに言っておかなきゃ、とコヨミは箸を×印にして掴んだおかずを口に運びながら言った。

 コヨミは小さい頃から箸の持ち方が少し変だったが、それは今も変わっていなかった。


「お兄さん? コヨミの親御さんは子宝に恵まれなかったんじゃなかったっけ?」


 子宝に恵まれなかった理事長夫婦のDNAを解析し、もしふたりに子どもがいたらと仮定した3D写真にコヨミがよく似ていたというのが、彼女が理事長夫婦の養女に選ばれたきっかけだったはずだった。

 お兄さんがいるというのは初耳だった。


「わたしは、お父様とお母様の子どもが女の子だった場合に、そっくりだった子だから」


 子どもが男の子だった場合の3D写真にそっくりなお兄さんがコヨミにはいたということだろう。


 そのお兄さんは、コヨミより9歳歳上で、今は26歳だということだった。

 14年前まで、彼女と同じようにどこかの児童養護施設で育ち、12歳で比良坂家の養子になったそうだった。


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