第13話「2022/10/08 ⑥」
「あと18時間も一緒にいられるね」
コヨミがとても嬉しそうにしてくれていたから、少しほっとした。
正午に時を加速させたから、加速が終わるのは午後1時になる。
加速が終わってから夕方まではまだ5時間くらいあるはずだったが、あと18時間ということは加速した時が終われば、彼女は帰ってしまうということなのだろう。
もしかしたら、コヨミは理事長夫婦には内緒でぼくに会いに来てくれたのかもしれなかった。
理事長夫婦はぼくをヒラサカ高校に特待生として入学させてくれた恩人だったが、そのことと娘であるコヨミとぼくが仲良くすることは別問題なのかもしれなかった。
彼女はもう、比良坂家のお嬢様なのだ。
比良坂家は所謂、やんごとなき一族、というやつだった。
この国の王族と同じだけの歴史と、似て非なる神話を持つ大変高貴な一族であるらしい。
比良坂家は、太平洋戦争後に表舞台に現れるまでは、この国の歴史を裏からずっと操り続けてきたという。
明智光秀の謀反や坂本龍馬の暗殺など、歴史上のターニングポイントには必ず比良坂家が関わっており、古くは復活したメシアの渡来や日ユ同祖論、山人(さんじん)と呼ばれる日本の先住民族、邪馬台国の所在地、空白の四世紀と呼ばれる時代に行った焚書、それによって失なわれた漢字渡来以前にこの国で使われていたという神代文字にまで関わっているという話だった。
ヒラサカ高校は、幼稚園から大学院までエスカレーター制の私立ヒラサカ学園の高等部であり、神道と同じだけの歴史を持つ裏の神道である「黄泉路(よみじ)」という宗教を母体としていた。
神道は、黄泉の国から帰還したイザナギが穢れを祓うために行った禊によって産まれた三貴神の一柱、高天原の最高神であるアマテラスや八百万の神を崇め奉る。
黄泉路は、黄泉の国の女王となったイザナミを最高神とし、彼女がイザナギとの神産みで産んだ神々や、彼女自身が黄泉の国の穢れを取り込むことで新たに産んだ裏の八百万の神を崇め奉る宗教だという。
ヒラサカ学園は、いくつもの企業を経営するヒラサカグループのひとつでしかなく、軌道エレベーターの建造や48番目の都道府県であるトツカ県を海を埋め立てて作ったのも、ぼくたちが持つエクスという超拡張現実スマートフォンの開発・支給も、すべてヒラサカグループの企業が主体となっていた。
ヒラサカグループの最終目的は、軌道エレベーターや月や火星のテラフォーミングでも、スペースコロニーのような宇宙空間の居住区を作ることでもなかった。
永久機関という、無限にエネルギーを生み出し続ける装置を作り出すことらしい。
比良坂家のそういった情報は都市伝説上に近く、信じるか信じないかはあなた次第だとテレビでは言っていたけれど、コヨミはぼくのような子どもにはどうにもできない一族の人だった。
どこの馬の骨かもわからないという言葉があるが、その骨がDNAのことを指しているのなら、産みの親を知らないぼくは本当にどこの馬の骨かもわからない男だった。
理事長夫婦にしてみれば、コヨミがぼくと付き合うなんて論外だろう。
おそらくコヨミは昨晩のエクスの大型アップグレードで実装された、土日と祝日だけ1日を47時間にするログインボーナスを利用しなければ、学校以外ではぼくと会うことができなかったのだろう。
それまでの再会してからの一年半、ぼくたちが学校やその最寄駅以外で一度も会ったことがなかったことも、そう考えるとすべて合点がいくような気がした。
今、コヨミがぼくの部屋にいて、ぼくが彼女に膝枕をしてもらっていることは、奇跡のようなことなのかもしれなかった。
まだ18時間もあるのだと、明日も明後日もログインボーナスはあるのだと、楽観視してはいられないと思った。
「コヨミ」
ぼくは彼女の名前を呼ぶと、頭と上半身をゆっくりと彼女の太ももから起こした。
彼女の小さく冷たい手を握り、まっすぐにその綺麗でかわいらしい顔を見つめた。
「ぼくはコヨミが好きだよ」
そう言って、ぼくは彼女にキスをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます