第5話 拳銃

 私の部屋は壁の一面が本棚になっており、そこは天井まで本で埋まっていた。

 小説などはほとんどない。大半が人文書と言われる類の本だ。日本語でない本もかなりある。

 私の部屋の特徴らしいものはその本棚ぐらいで、後は飾り気のない机とベッドが置いてあるだけだった。


 自分の部屋で机に向かい、仕事用のアタッシュケースを開けた。


 底が二重底になっており、さらに外側からもはた目には分からないカバーをスライドさせるだけで中身が取り出せるように改造してあった。

 中に収めている拳銃を取り出した。コルト・パイソン。昨夜一発撃ち、弾を抜いただけでそのままだ。


 普段は使った日の内に掃除しているが、昨夜はソルヤの件でそれが出来ていなかった。

 他に、普段持ち歩いている武器は折り畳み式のナイフが一つ。こちらはいつも、ズボンのポケットの中だ。


 ヨークとシリンダーを外し、手入れを始めた。ソルベントを塗ってからしばらく放置し、それからブラシでこする。

 初期のスチールモデルだった。あまり強くこすると錆止めのガンブルー処理が剥がれてしまうので、柔らかいブラシで丁寧にゆっくりと掃除して行く。こう行った無心で続けられる作業は、嫌いではない。


 何故ほとんど迷う事も無くソルヤを守る事にしたのか、作業を続けながら考えた。答えは出ない。いや、答えを出そうとすると、自分が思い出したくもない記憶と感情に触れなくてはいけない気がする。気紛れ、で片付けた方がいいのだろう。


 誰かが部屋に入って来た。振り向く。ソルヤだった。もう顔には涙の痕も残っては無い。スポーツバッグを肩に下げている。

 私の手元の分解された銃を見ても、さほど驚く様子もなかった。


「俺の部屋に入っていい、とは言っていないぞ」


 私は手を止める事無く言った。


「ごめんね。イーリスさんがいいって言ったから」


「あいつの言う事はあまり真に受けるなよ。金をもらって出す情報でなければ、どんな出鱈目を吹き込んでもいいと信じてる奴だ」


「とても、仲は良さそうだったけど」


「腐れ縁だ」


 やはりそうとしか言いようが無かった。


「恋人さんかと思った」


「子どもに手を出す趣味は無いよ」


 実際に、イーリスと男と女の関係になった事は一度も無かった。どちらかが誘った、と言う事もない。

 今は子どもである事を理由にしているが、イーリスが歳を重ねれば別の事を理由にし始めるだろう、と言う気がする。


「私と同い年ぐらい?」


「確か今年十八だったと思う」


「私より一個上か。じゃあ、私もまだ駄目だね」


「王女殿下なんぞに手を出す趣味はもっと無いね。面倒の方が多そうだ」


 ソルヤの冗談めかした発言に、私も冗談で応じた。

 ソルヤは近付いてくると、私の手元を後ろから覗き込んで来た。パイソンは組み立てに入っている。


「本物?」


「モデルガンさ、と言ったら信じるのか?」


「ううん。これ、コルト・パイソンだよね」


「詳しいな」


「漫画やアニメでとても良く見る銃だから」


 拳銃は今までに色々な物を使った。もっと新しいモデルの軍用オートマチック拳銃を持っていた事もある。このコルト・パイソンを手に取ったのは、ほとんどたまたまだった。


 手に取った瞬間、銃が自分と結び付いた感覚がした。


 その感覚を疑った事は、一度もない。実際に他の拳銃であれば外すような距離でも、この銃であれば大抵は当てられた。


「日本じゃ、普通は持ってるだけで逮捕されるよね」


「警察や自衛隊でも持ってないからな。本来は日本にあるはずがない銃だ」


 組み立て終わった。弾倉をフレームアウトさせ、.357マグナム弾を装填して行く。

 .38スペシャル弾も使うが、プロを相手にする可能性がある時は.357マグナムだった。.38スペシャルでは、インナーとして着れる程度のボディアーマーでも止められる可能性が高い。


 最もこの国では、プロとぶつかる事などほとんど無かった。


 立ち上がって一度だけ構え、それからパイソンをアタッシュケースの中にしまう。


「見ての通り、俺は元から真っ当な人間じゃない。だから、あまり俺の事は気にするな。迷惑を掛けるような相手もいないしな」


「イーリスさんは?」


「あいつも俺の同類だよ。仮に俺が死んだ所で、困るような事は無いさ。報酬さえ払えば、あいつはあいつでお前の力にはなってくれると思う。あいつの力を借りるかどうかは、お前に任せるけどな」


 私が死ねば、イーリスは悲しむだろうか。


 あまり想像は出来なかった。少なくとも、人前で嘆くような事はしないはずだ。


「さっき、キザキに言われた事を落ち着いて考え直したんだけど」


「ほう」


「私は、クーデターを起こした人間達に捕まりたくない。殺されるにせよ利用されるにせよ、お父様の仇に自分も好きなようにされるなんて絶対いや。でも、君の気紛れから来る好意にすがり続けるのもいや」


「我儘な奴だな」


「私は子どもかも知れないけど、猫じゃないよ」


「確かに」


 私は苦笑した。猫に例えた事にソルヤは妙にこだわっている。


「だから君がプロだと言うんなら、私は君を雇いたい。御礼じゃなくて、報酬。気紛れじゃなく、契約」


「契約じゃないと、信用出来ないか?」


「信用はしているよ、もう。何の由縁もないのに、危険を冒して私をいきなり助けて、面倒を見るって言ってくれた人だもの」


「じゃあ、何の差がある?気紛れと契約の間に」


「命を預ける、命を懸ける、と言う関係が、ただの気紛れだけなのはよろしくない」


「良く分からんな」


「君は、このままだと本当にただの気紛れと言う動機だけで、私を守るために自分の命を懸ける事も、人を殺す事も、すると思う。そんな気配がするよ、君からは」


「そこまで危ない人間に見えるかね、俺は」


「間違ってる?」


「いや。あっているな、残念ながら」


「私は君が私のために死んだり人を殺したりした時、あれはあの男が気紛れで勝手にやった事だ、私には関係ない、なんて言い訳したくはない。それは私がやらせた事だ、って言いたい。私は自分が生き残るために、君を戦わせる」


「自分で逃げ道を塞ぐタイプか、お前は。しかも人を見る目があり過ぎる」


「褒められていると思っておくね」


 ソルヤは真っ直ぐな目で私を見詰めて来た。


「なるほど、覚悟は伝わった。子どもは黙って助けられていればいい、と言う態度だったのは謝ろう」


「トラブルの程度によっては、それでいいのかもしれない。殺す殺されると言う話になると、もうそれじゃ許されないよ」


 ソルヤはスポーツバッグを開き、中身を取り出すと並べ始めた。指輪、ネックレス、腕時計。どれも宝石で飾られている。それだけでなく円やドル、ユーロの紙幣もあった。

 私には宝石の価値は分からない。しかし紙幣だけで数百万円分はありそうだ。


「プロを雇う時の相場は分からないし、どうせ今の私が持っていても有効活用できる物じゃないから、君が私を守るのに必要だと思う分だけ、必要経費も含めて持って行ってくれていいよ」


「俺も一国の王女様の護衛の相場なんて分からんがね」


 私が過去に護衛した相手と言えば、犯罪組織の幹部がほとんどだった。

 そして全体で言えば、誰かを守るよりも、誰かを殺す仕事の方が、受けた頻度はずっと多い。


 私は昨夜ソルヤが出してきた指輪を選ぶと、手に取った。


「ひとまず、これだけ契約料としてもらっておくよ。後は、事の面倒さによって考えるさ」


「契約成立、って事でいいのかな?」


「ご期待に応えられるかどうかは分からんがね」


 私自身も、少し困惑から救われた気分だった。仕事でやる事と割り切れれば、自分の行動の理由に悩む事は無くなる。


「大丈夫、信じてるよ。ハードボイルドで優しい探偵さん」


 本当は殺し屋だ、と訂正するか一瞬迷った。


 どうでもいい事だ、と思い直す。表向きは探偵で通しているのだ。

 殺し屋を雇うよりも、殺しも出来る探偵を雇う方が、ソルヤもまだ少しは気が楽かも知れない。


 ソルヤが手を差し出して来る。私は少し迷い、その手を握り返した。

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