第13話

 数日後、放課後に文化祭の実行委員会が開かれた。


 安賀多ダンス選手権を従来通りトーナメントで行うか、今年から趣向を変えてリーグ戦で行うかを決める会議だ。このため、安賀多ダンス選手権の顧問の御木本みきもと幾世が参加していた。御木本は数学の教師だ。以前はダンス部の顧問もしていたが、山西とダンス部の顧問を替わってからは、安賀多ダンス選手権を中心に指導を行っていた。


 最終の意思決定をする会議ということで、トーナメント派の金澤久美も、リーグ戦派の木元優香も熱が入っていた。


 「私はダンスだけが安賀多高校のメイン行事のようになってしまうことが残念です。うちの高校では、ダンス以外にもいろいろなスポーツや文化部の活動に力を入れています。なぜ、文化祭のメイン行事がダンスでなければならないんでしょうか?」


 2年4組の金澤久美が主張した。


 「金澤さんは安賀多ダンス選手権そのものを止めるべきだというのですか?」


 2年3組の木元優香が反論する。


 「そんなことは言っていません。私は、安賀多ダンス選手権は従来通り、トーナメントで充分だと言っているのです。リーグ戦までやると、毎日がダンスづけの高校生活になってしまいます」


 「そのダンスづけの高校生活が大切なんじゃないですか。生徒の中には部活をやっていない人もたくさんいるんですよ。そういう人たちに何か集中するものを提供することは重要ではありませんか?」


 「部活をやってない子は、自分の意志でやってないんです。そういう子にとっては、何か集中するものを提供すると言われても迷惑以外なにものでもありません。何かに集中しようがしまいが生徒の自由ではありませんか?」


 「金澤さんはダンスのすばらしさを知らないから、そんなことを言うんです。みんなで、ゼロから創作ダンスを作り上げるところにすばらしさがあるんですよ。安賀多ダンス選手権は私たちにとって勉強の一環なんです。生徒の自由意思で参加したり、しなかったりできるものとはまったく違います。ダンスは勉強の一環ですから、安賀高生は積極的に安賀多ダンス選手権に参加しないといけないんです」


 「そんなの、生徒の自由の侵害です。やりすぎですよ。木元さんがそこまで言うんだったら、全校生徒の前で『ダンスのすばらしさ』というものを証明してみせてください。それで、全校生徒が納得したら、私もリーグ戦に賛成します」


 二人の議論が、だんだん売り言葉に買い言葉になって白熱していく。


 「全校生徒の前で『ダンスのすばらしさ』を証明したらいいんですね」


 「待ってください・・・その前に私に『ダンスのすばらしさ』とやらを見せてください」


 「金澤さんに?・・一体どうしろというんですか?」


 「いまここで、ダンスを踊って、如何にすばらしいものかを見せてください」


 「この会議の場でダンスを踊れっていうんですか?」


 「そうです。ここで踊って見せてください」


 「いま、ここでって言われても・・・そんな、ここでいきなり即興のダンスができるような・・・そんな人なんているわけがないでしょう。無茶を言わないでください」


 「ダンスがそんなにすばらしいものなら、いつでも、どんなところででも踊れるはずでしょう?・・・できないんですか?・・・『ダンスのすばらしさ』を証明できないのなら、安賀多ダンス選手権は従来通りトーナメントでいいのではありませんか?」


 金澤が勝ち誇ったように言った。ちょっと無理がある論旨展開だ。だが、木元は言い返せない。


 「・・・・・」


 金澤が笑う。


 「どうですか? 木元さん?」


 木元がヤケクソのように言った。


 「いいでしょう。そんなに言うんだったら、ダンスを見せましょう。この委員会のメンバーで・・・誰かダンスを踊ってれる人はいませんか? 今、ここで、即興でダンスが踊れるような人はいませんか?」


 誰も手を上げなかった。木元が泣き出しそうになった。


 「誰か・・・誰か・・・いませんか? 手がいてる人なら誰でもいいんです。どんなダンスでもいいんです。協力してください。誰か・・手隙()の人はいませんか?」


 あっと思ったときには、オレの身体が勝手に立ち上がっていた。


 全員の前に出る。足をそろえて、両手をグーにして腰に構える。軽くひざを曲げてリズムをとる。イチニ。イチニ。イチニ。イチニ。


 夏美以外の全員が驚いてオレを見つめていた。みんな、いったい何が始まったのか?という顔で眼を見開いている。顧問の御木本がびっくりしてイスから立ち上がった。


 オレはステップタッチをする。イチニ。イチニ。両手を頭の上で大きくタッチする。次に左手を上に突き出す。「オー」。今度は右手を上に突き出す。「オー」。両手をⅤの字に大きく頭の上に広げる。手の平をヒラヒラさせる。声が出た。


「いいぞ。いいぞ。安賀高ダンス」

「いいぞ。いいぞ。安賀高ダンス」


 両手を前に突き出して、手の平をそろえる。足をそろえる。軽くひざを曲げてリズムをとる。


 「いいぞ。いいぞ」


 ひざを曲げて大きくジャンプ。両手はV字に頭の上に上げて、両足はそろえて後ろに蹴り上げる。


 「安賀多ダンス選手権」


 足をそろえて、両手はグーにして腰に構えて着地。ひざを横に曲げ腰をひねる。両手をふくらはぎにおいて、色っぽく尻を前に突き出した。


 「はい、ポーズ」


 みんな、あっけにとられてオレを見ている。


 すると、教室の入り口からパチパチパチと拍手が起こった。見ると・・・また、あの掃除のおばちゃんだ。


 掃除のおばちゃんの拍手につられて、御木本がパチパチパチと拍手をした。御木本の声が出る。


 「すばらしい。すばらしいダンスだわ。感動したわ」


 すると、木元がオレに抱きついてきた。


 「ありがとう。すばらしいダンスよ、小紫君」


 次の瞬間、教室が割れんばかりの拍手で満たされた。会議の参加者全員が立ち上がって、拍手をしている。なんと、あの金澤までもが拍手をしていた。


 拍手が収まると、御木本が顧問らしく口を開いた。


 「小紫君は実際にダンスを踊って、ダンスのすばらしさを私たちに見せてくれました。でも、金澤さんの言うことも一理あると思います。


 そこで、先生からの提案なんですが、明日の昼休みに全校生徒に体育館に集まってもらって、みんなの前で小紫君にもう一度、さっきのダンスを踊ってもらうのはどうかしら? 


 生徒の中には金澤さんが言うように、ダンスなんかやりたくないという子もいますから、そういう子に、いまのすばらしいダンスを見てもらって、それから全校生徒で安賀多ダンス選手権を従来通りトーナメントで行うか、今年から趣向を変えてリーグ戦で行うかを決めてはどうかしら?」


 全校生徒の前でダンスを踊るんだって! そんなバカな!・・・オレの心臓がドキンと大きく鳴った。


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