第5話

 女子トイレの中にはオレたち以外、誰もいないはずなのに・・・トイレの奥の水を流す音を聞いて、オレも夏美もその場に固まってしまった。


 「なぁに、いまの音?」


 「奥の個室に誰かいるんだ」


 俺はそう言ったが、オレの理性はオレの言葉を否定していた。


 奥の個室に誰かいる! そんなバカな! この女子トイレの入り口はオレたちがいま立っているすぐ横に1か所あるだけだ。さっき、オレたちが罰掃除をしている途中で、佐々野たち、女子ダンス部員が女子トイレに入ろうとしたが、トイレの中に入る前に夏美に追い返されてしまっている。その後は、オレたちが罰掃除をしている間、誰もこの女子トイレにはやってこなかった。


 それから、罰掃除が終わると、オレと夏美はずっとトイレの入り口に近い通路のところにいたのだ。オレがその入口に近い通路で夏美からデッキブラシダンスを教わっていた。その間もやはり誰もこの女子トイレの中には入ってこなかった。


 それなのに、どうして奥の個室から水を流す音がしたのだ? 誰がどのようにして、オレと夏美に姿を見られずに女子トイレの中に侵入して、そして奥の個室に入ることができたのだろう?


 オレは夏美と顔を見合わせた。夏美の顔が少し脅えているように見えた。オレも怖かったが・・夏美の前でそんな様子は見せられない。オレは勇気を振り絞って、奥に向かって叫んだ。声が少し震えた。


 「誰だ」


 返事はない。オレはおっかなびっくり、夏美と二人で女子トイレの奥に進んだ。一番奥の個室のドアだけが閉まっていた。おかしい。オレは掃除が済んだ個室のドアはすべて大きく開けておいたはずだ。オレはその閉まっている個室のドアをトントンとノックした。


 「誰か入ってますか?」


 返事はない。オレは取っ手を持ってドアを揺すったが・・ドアは開かなかった。内側から鍵がかかっているのだ。ということは、中に誰かいるはずだ。しかし、個室の中はシンとしたままだ。人の気配はしない。


 すると、夏美が個室のドアと天井の間の隙間をながめた。上を見上げながら夏美がオレに言った。


 「小紫君。このドアの前の床に四つん這いになって」


 「えっ」


 「私がドアの上からのぞいてみるわ」


 オレはトイレの床に四つん這いになった。夏美が靴を脱いで、オレの背中に上がる。重い。オレの背中がグッとしなった。思わずオレの口からウッと声が洩れた。オレは夏美の体重に耐えながら聞いた。


 「倉持。どう? 中が見える?」


 「うーん。ダメ。もう少しなんだけど・・・届かないわ。仕方ないわねえ。じゃあ、小紫君。今度は私を肩車してよ」


 オレは夏美を下ろして、今度は個室のドアの前にしゃがんだ。首を前に突き出した。夏美が制服のスカートのままオレの首にまたがった。夏美の白い太ももがオレの首の両側にきた。オレは夏美の太ももに手をおいた。そのまま一気に持ち上げた。


 夏美の体重がオレの肩にかかった。今度もズシリと重い。オレはちょっとふらついた。手でトイレのドアを触ってなんとか身体を支える。すると、夏美の制服のスカートが下りてきて、オレの頭がスカートの中にすっぽりと入ってしまった。オレの眼の前が真っ暗になった。スカートの布がオレの鼻と口を覆う。息が苦しくなった。夏美の声が飛んだ。


 「小紫君。何をするのよ。いやらしいわね。スカートの中をのぞかないでよ」


 オレは夏美のスカートの中から声を出した。スカートの中なので、オレの声がオレ自身にくぐもって聞こえた。


 「そんな・・・オレは・・・別にスカートの中をのぞいているんじゃないよ!」


 すると、夏美がオレに肩車された状態で、両足をバタバタさせた。制服のスカートの中で、夏美の太ももがオレのほほを蹴り上げた。オレはウッとうめく。夏美の両足の動きにあおられて、オレの眼の前で一瞬スカートがふんわりと広がった。そして、スカートがゆっくりと下りてきて、オレの鼻と口を再び覆った。夏美の両足がオレの首を挟んだ。オレの首が締まる。息ができない。オレは叫んだ。


 「や、やめてくれ。倉持。し、死んでしまう・・・」


 思わず、個室のドアの前でオレの身体が回転した。オレはドアに思い切り頭をぶつけた。ゴンという大きな音がした。すると、夏美の足の締め付けが弱くなった。オレは右手を個室のドアについて、左手で夏美のスカートをめくった。やっとオレの顔がスカートの外に出た。


 オレはハアハアと荒い息をついて、空気を吸い込んだ。オレの顔の横で、夏美の健康そうな太ももがスカートから出ている。太ももがトイレの電灯を白く反射していた。


 オレが顔を上に向けると・・・夏美がオレの頭に手を置いて、上からオレを見つめていた。見上げるオレと、見下ろす夏美の上下の視線が出会ってからまった。


 「見ないでよ」


 そう言うと、夏美はスカートをオレの頭にかぶせた。オレの眼の前が再び真っ暗になった。スカートの布が再びオレの鼻と口を覆う。オレの呼吸に合わせて、スカートの生地がふくらんだりへこんだりしているのがわかった。また息が苦しくなった。オレはスカートの中で、左手を鼻と口に持っていった。左手でスカートと鼻の間に息をする隙間をあける。相変わらず、オレの呼吸とともに、眼の前のスカートの布地が膨らんだり、しぼんだりした。それでも、左手を顔とスカートの間に入れたので、オレの鼻と口に空気が流れ込んできた。


 スー、ハー、スー、ハー。


 やっと、息ができた・・・オレはようやく落ち着いた。そして、夏美に声を掛けた。


 「わざとやってるんじゃないよ・・・それより、倉持。どう? 個室の中は見える?」


 夏美は返事をしなかった。制服のスカートの中に頭があるので、オレには夏美が何をしているのかわからなかった。だが、夏美は個室の中がのぞけたようだ。夏美が息を飲むのがわかった。次の瞬間、夏美の甲高い悲鳴が女子トイレの中に響き渡った。


 「キャー。中で男の人が倒れている!」


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