第六話 同じように

「じゃあ、本当にこいつ……この方は動物画家のクリス・ブルックテイラー殿で間違いないのか」


『うん、大変残念だけど間違いないよ。正真正銘、動物画家のクリス・ブルックテイラー。まぁ、実態はただの迷惑な変態だけどね』


「はい、間違いありません。クリス殿の母国であるエンディバーン国が発行した身分証明書と、我がルモント国が発行した入国許可書をお持ちです」


 僕が背負っていたカバンから書類を探し出した副団長さんが団長さんに手渡す。身分証明書と入国許可書を光に透かしてみたり、裏返してみたり、指で文字をなぞってよくよく読み込んだりしたあと――。


「……確かに間違いないようだ」


 団長さんは怖い顔をますます怖くして、言葉をしぼり出すようにして言った。


「フェンリルのフェナたん、ハァハァ……! ニャンリルのリーネたん、ハァハァ……!」


 ロープでぐるぐる巻きにされて床に転がされてもまだそんなことを言ってる変態が高名な動物画家だなんて信じたくなかったのだろう。


『ごめんね、団長さん。信じたくないだろうけど。僕もいまだに信じたくないけど。これが本当の本当に高名な動物画家殿なんだ』


 額を押さえてため息をつく団長さんに心の中でごめんなさいする僕だけど、もう一人、ごめんなさいしたい相手がいた。


「とにかく。さっさとこいつ……いや、クリス殿にはフェナとリーネの絵を描きあげてもらって、さっさと退散……いや、お忙しいだろうからお帰りいただくぞ」


 ……団長さん、本音がだだもれてる。隠しきれなくなってる。でも仕方ない。大人の対応にも限界があるよね、うん!


「と、いうわけだ、ヨハン副団長。さっさとリーネを呼び戻せ!」


「は、はい! ただちに!」


 団長さんの不機嫌な声に副団長さんはあわてて窓に駆け寄った。僕がごめんなさいしたいもう一人の相手はもちろん、この副団長さんだ。


「リーネ! リーネ、戻っておいでぇ~」


 猫なで声でそう言って、副団長さんはズボンのポケットから干し肉を取り出すとリーネへと振って見せた。


『……』


 いいにおいがしたのだろう。リーネが片目を開けて副団長さんをチラッと見る。

 でも――。


「リーネぇ~……」


 フー……と鼻でため息をつくと、リーネはそっぽを向いてまた目を閉じてしまった。

 ガックリと肩を落とす副団長さんの背中を見つめて団長さんもフー……と鼻でため息をついた。


「まったく。干し肉で釣ろうとは情けない。しかも、干し肉を使ってもなお、言うことを聞かせることができないとはな」


 低い声で言って団長さんはただでさえ伸びている背筋をぴんと伸ばして立つとスッと左手をあげた。それが合図なのだろう。おすわりしていたフェナがスッと立ち上がって団長さんの横にピタリとついた。


『わ、息ピッタリ』


「巨大わんこの〝ついて〟、ハァハァ……!」


 団長さんとフェナのコンビネーションに感心していた僕はクリスの変態吐息にげんなりした。

 げんなりする僕には気が付かず。でも、クリスの変態吐息には気が付いてしかめっ面になりつつ。団長さんは続けてスッと左手をおろす。するとフェナが機敏な動きで床に伏せた。


「きょ、巨大わんこの〝ふせ〟! 大きな前足! なでなで、もみもみ、ぺろぺろしたい! 何より踏まれたい!」


『この緊迫した空気でまだそういうこと言うの? 空気読んで黙ろうよ、クリス』


「ベガのひづめ……ハァハァ……! フェナたんに抱き着けなくて落ち込む僕をなぐさめるために踏んでくれるベガの優しさ……ハァハァ……!」


『違う! そうじゃない!』


 口をふさぐつもりでクリスの顔をひづめでちょいちょいと突いてみたんだけど、当のクリスはいいように解釈して勝手にハァハァしてる。

 ……団長さん、体だけじゃなくてクリスの口の方もきつめに縛っといて。


 なんて思ってると――。


「これが私とフェナが――フェンリル隊が築き上げてきた信頼関係であり実力だ。言葉がなくとも通じ合う。干し肉で釣るなんて行為は不要」


 団長さんが低く、軽蔑を含んだ声で言うのを聞いて副団長さんはうつむいた。そんな副団長さんを見て、団長さんの目はさらに鋭くなる。


「勝手気ままに行動して作戦を台無しにする。大切な式典でも顔を洗い、あくびをし、あまつさえ丸くなったり腹を出して熟睡する」


「な、なにそれ……! すっごい見たい! 丸くなったりお腹出して寝てるニャンリルたん、なでなで、もみもみ、ぺろぺろしたい……ハァハァ……!」


『クリス、黙って』


「相棒である隊員の指示にすら従わない。パートナーと信頼関係を築けていないことがすべての原因なのではないか。……私たちフェンリル隊と同じようにニャンリル隊ができない原因なのではないか」


「ニャンリル隊が、フェンリル隊と同じように……?」


 団長さんの言葉にクリスの変態吐息がぴたりとやんだ。変態型から人型に戻ったようすのクリスに僕は首をかしげた。


『……クリス?』


 ロープでぐるぐる巻きにされた状態のクリスは真剣な表情でなにか考え込んでいる。

 ……どうしたんだろう?


 クリスの背中を鼻先で突いて問いただそうと思った僕だけど――。


「挙句、こんなやつを招き入れて我が獣騎士団の誇りにして牙である相棒たちを危険にさらすとは……! 高名な動物画家だからぜひとも相棒たちを描いてもらおう、部下たちの士気もあがると珍しく熱心に言うから許可したが……こんな危険人物を招き入れるとは!」


「も、もうしわけありません! フーベルト団長!」


『ごめんなさい、団長さん! その件については本当にごめんなさい! クリスが変態なのが悪いんです! 全面的にクリスが悪いんです! だから副団長さんを怒らないであげて!』


 団長さんの剣幕と大きな体を小さく丸める副団長さんに、伝わらないとわかっていても僕は必死でごめんなさいした。

 と、――。


「フーベルト団長、ヨハン副団長。僕はお行儀よくおすわりしているフェンリルとニャンリルを――フェナとリーネを描きたいわけではありません。ありのままの二匹を見て、描きたいんです」


 クリスが真剣な表情で言った。極太ロープでぐるぐる巻きにされたままなのが情けないけど、今日一番の真剣な表情だ。


「フェナとリーネのいろんな表情、いろんな仕草が見たい。ぜひ見せてください。……まずはリーネが寝ている木の下まで案内してもらえませんか?」


 団長さんと副団長さんは思わず顔を見合わせた。変態吐息をついて変態語をしゃべってた変態型のクリスが、急に人型になって真面目な顔して人語をしゃべり出したものだからびっくりしてしまったのだろう。

 目を丸くしながらもこくりとうなずく団長さんと副団長さんを見て僕はほーーーっと息をついた。ピリピリとした緊迫空気がとりあえずだけどやわらいだ。


「クリス殿、どうぞ。こちらです」


 副団長さんが先頭に立って歩き出す。そのあとをピンと背筋を伸ばした団長さんと、相棒のフェナがしっぽをゆっさゆっさと揺らしながら続く。さらにそのあとを僕とクリスが――……。


「ハァハァ……! フェ、フェナたんのしっぽの付け根、何色? ねぇ、何色!? ハァハァ……ハァハァ……!」


『キャワ……!?』


『クリスーーー!!!』


 続かないし、人型クリスもたいして続かなかったことに僕は絶望の絶叫をあげた。


「なでなで、もみもみ、ぺろぺろ、ハァハァ……!」


『あーもーーー! ちょっと油断をするとすぐにこれなんだから!』


 ロープでぐるぐる巻きにされたままとは思えない俊敏な動きでシュバッ! とフェナのもっふもふのおしりに顔面からダイブするクリスに、フェナは悲鳴をあげ、僕は地団駄を踏んだ。

 そして――。


「…………クリス殿」


 首根っこをつかんでフェナからクリスを引きはがすと、ぽーーーんと放り投げて団長さんは怒りに声を震わせた。


「フェ、フェナたんのしっぽの付け根……ハァハァ、ハァハァ……!」


「我が相棒・フェナはれっきとしたレディだ。……やめていただこうか、クリス殿」


 懲りずにフェナに飛びつこうとするクリスの前に団長さんは仁王立ちで立ちはだかる。それはそれ低ーーーい声だし、それはそれは怖ーーーい顔をしている。

 屈強な騎士団の団長さんに睨み下ろされたら、さすがのクリスも大人しく――。


「そこをなんとか! もう1なで、もう1もみ、もう1ぺろ、お願いしまっす!!!」


 引き下がるわけがないのである。澄んだ目で真っ直ぐに団長さんを見上げるクリスを見て心の底から思う。

 ……引き下がりなよ、バカ。クリスのど変態。


「レディなフェナのわんケツをなでなで、もみもみ、ぺろぺろするのがダメだと言うのなら、紳士なフェンリルたんを紹介……」


「するか、ボケがぁぁぁ!!! 我が獣騎士団に相棒をど変態に売る下劣はいない!!!」


 人語が通じなくなりつつある変態型クリスの足首をつかんでスパーン! と放り投げる団長さんを見て、僕は前足で顔をおおいたくなったし、クリスを穴に埋めたくなった。


『生真面目な団長さんの口からど変態なんて言わせちゃうとか……ホント、もう……やめてよ、クリスぅ~……』

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