第3話 神官セレナは果てに向かう

「えーっと。もっていくのは着替えと、薬と包帯と……。あ、あと何かいるかなぁ……」

「水晶もいるんじゃないの? 職種ジョブを見分けたりするんだろうし」


 ソルニアから任務を伝えられた日の夜。

 二人は同じ部屋の中で荷造りを行っていた。


 四角い旅行用のカバンの中にはパンパンに荷物が積み込まれており、それでも足りないものが無いかとセレナは不安げに覗き込む。


「ちょっとセレナ! もうカバンから出さないでよ! 準備がいつまで経っても終わらないじゃない!」

「で、でも足りないものとかあったら困るし……」

「あったら現地でどうにかするしかないでしょ」


 そういってカノンはため息をついた。

 そもそも2人にとって宣教という仕事は初めてであり、何から手をつけるのかすら分かっていないのだ。


 その不安の大きさを表すように持っていく荷物も大きくなっていく。


「ソルニア様も、もーちょっと何するか教えてくれればいいのにね」

「……そうだね」


 めったなことでは神々に文句を言わないセレナも、こればかりは流石に頷いた。

 宣教と一口に言っても、『教会』はそこまで熱心に改宗を迫ることはしない。ただ、街や村の人々の生活によりそって、怪我の治療や“適職の儀“を通じて教会への寄付をお願いする。


 つまりは助け合いを主とする教義なのだ。


 故に、宣教と言っても一朝一夕でどうにかなるようなものではない。

 そんなことはセレナやカノンでも分かっていたことだ。


 だからこそ、彼女たちは太陽神ソルニアに『何をするのか』を聞いたのだ。与えられた仕事の内容で齟齬そごを生まないように確認するのは仕事の基本の基本である。


 そんな彼女たちに返ってきたのは、


『果てにいる人たちの困ってることを助けてあげてよ』


 である。


 アバウトにも程があるというか、何をすれば良いのか全く具体的な方法を提示されていない。だが、それを考えるのもまた神官という仕事だ。


 神様からの仕事が適当と言えば聞こえは悪いが、逆に言えばそれだけ自由に仕事ができるということでもある。


 それに何より人助けはセレナの好きな仕事の1つだ。

 困った人に『ありがとう』と言われたくて、彼女は神官になったのだから。


「うーん。他に持っていくものは……」

「もう! 向こうの人に借りればよいでしょ。明日は早いんだから寝るわよ!」

「で、でも……。準備が……」

「心配性なのは知ってるけど、物が足りなくて困ることになれば私がなんとかするから!!」


 一向にカバンの前から離れようとしないセレナを、無理やりベッドに投げ込んだカノンは灯りであるロウソクの火を吹いて消した。



 ――――――――――――



「『西の果て』まで同行いたします。聖堂騎士のルーネと申しますわ。よろしくお願いいたします」

「こ、こちらこそ。よろしくお願いいたします」


 翌朝、教会の中にやってきたのは教会のシンボルが刻まれた装備を着込んだ女性騎士だった。聖なる色である銀が輝き、一等神官であるセレナに最敬礼を見せる。


 彼女がセレナたちを『西の果て』まで連れて行く護衛だ。


 神官は奇跡の使い手であり、普通の魔術師たちであれば神官が介入した方が早いのだが……あいにくと、人々に神秘の担い手であることがバレてはいけないので、こうして教会お抱えの騎士団が護衛に付いてくれるのである。


 ルーネは豊かな金髪がとてもきれいな、カノンよりも背が高い女性だった。


「数々の神秘を極められたというセレナ様にお会いできて光栄ですわ!」

「そ、そんなことないですよぅ……」


 セレナは褒められて微妙な表情を浮かべる。

 褒められるのは嬉しいのだが、神秘関連で褒められるのはあまり嬉しくないのだ。


 褒めるならもっと治療の腕で褒められたい。


 ルーネはそのまま視線をカノンに移すと、


「そちらがカノン様ですわね。セレナ様を尻に敷いて、好き放題に使っていると聞いていますわ!」

「ちょっと!? 誰よ! そんなこと言ったの!!」

「冗談ですわ」


 そういって微笑んだ。

 ルーネはその堅苦しい見た目に反してお茶目な人物だということが分かって、セレナはほっと安堵の息を吐き出す。


 これで堅苦しい人物だったら、これからの宣教活動でずっと気を張っていたところだった。


 そして空気を和ませたルーネは2人を馬車にうながした。


「さぁ、馬車に乗ってくださいまし。早く行かないと日が暮れますわよ!」

「わ、分かりました」

「あら、セレナ様。騎士に敬語は要りませんわ。神官様の方が偉いですもの」

「え、で、でも……」


 いくら自分の方が上の立場だとは言え、知り合ったばかりのルーネに対してタメ口を使うのはいかがなものか……と、セレナが困っていると荷物を馬車に詰め込みながらカノンが答えた。


「ルーネの言うことを聞いておきましょ。そこの立場関係をしっかりさせないと、他に示しが付かないわよ」

「そ、それを言うなら、カノンちゃんは私に敬語を使った方が良いと思う」

「私だってちゃんとした場所だったらアンタに敬語使うわよ!!」


 セレナから当たり前すぎる説教をされて、カノンは思わず返した。

 

「とにかく、騎士の方がタメ口使ってて神官が敬語なんて聞いたことないから。アンタもちゃんと口調は揃えなさいよね」

「わ、分かった。カノンちゃんがそこまで言うなら」


 セレナは頷くと、ルーネに向き直った。


「ルーネちゃん。よ、よろしく……」

「お任せくださいまし」


 ルーネは礼をすると、セレナを馬車に案内。


 中に入るととても質素な内装が彼女を出迎えた。木で打ち付けたままの壁に、同じようにむき出しの木々が見える床。最低限、椅子は座りやすいようにクッションが載せられているが、それだって必要最低なものだ。


「わ……! 椅子にクッションがある!」

「はい。長時間乗るのでクッション付きを用意させていただきましたわ」

「良かった。いつも使ってる移動用の馬車は木の椅子だから……」


 人々からの寄付で成り立っている教会では、質素倹約が常である。

 よって、馬車の装飾を華美にすることはできないのだ。そのため、《厄災》討伐に向かう馬車の椅子はそのまま木の板である。長時間座ってたら、お尻が痛くてしょうがないのだ。


 セレナはクッション付きの馬車であることに微笑むと、馬車の後部にある荷物置きを閉める音が響いた。


「セレナ! クッション付いてるって本当なの!?」

「ほ、本当だよ! 見てみて、カノンちゃん!」

「うわっ! 本当ね! 大当たりじゃないの!!」


 そういってクッションをさわさわと撫でるセレナとカノン。


「さぁ、お二人ともお座りくださいまし。これから西に向かって出発いたしますわ!」

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