第10話 逃走

 ジェームズは暗い場所で目を覚ました。

 昨日負った傷から流れていた血はいつのまにか止まっていたが、それでもあの銀の弾丸で撃ち抜かれた肩には激痛が走る。


 体は椅子に座らされ、鉄の鎖で厳重にも何重に縛られていたが、ジェームズは逃げ出す気力もなかった。


 顔を上げ、辺りを見回すと、どこかの地下室であるとわかった。

 窓はなく、灯りもない。


 しかし、夜目が効くジェームズは、天井に一匹のコウモリがぶら下がっているのに気がついた。


「ヴィシーか」


 昨日、体を引きちぎったが、やはりそれだけでは死なないようだ。ニヤニヤとこちらを見つめている目は、憎たらしいことに健在だ。


「相変わらず不気味な奴だ。俺が吸血鬼だと、初めから疑っていたんだろ。なぜ、お嬢ちゃんに言わなかった」


 コウモリは更に可笑しそうに体全体を揺らして笑う。


「エイプリルはオレに質問しなかった。オレは今は使い魔だから、聞かれた事以上の事は、言わない」


(こいつも、一筋縄ではないということか)


 この世のものではないそのコウモリを見て思う。


「お前、今は使い魔なんてケチな事してるが昔は悪魔だったんだろ。そんな小さな体に押し込められて、エクソシストのガキの使いっ走りか」


 ジェームズは皮肉のつもりで言ったのだが、それはヴィシーのツボに入ったのか、ケラケラと笑いだした。


「オレは退屈しのぎさ。お前と同じだ」


 本当に不気味な奴だ。

 こいつと分かり合う日は永遠に来ないだろう。


 しかし、さっきこいつは、聞かれなかったから答えなかったと言った。

 なら、命令されていない事も、やらないのではないか。


 ジェームズはヴィシーを見る。

 そして、部屋を見渡す。


 エイプリルは、ここにはいないようだ。

 ならば、チャンスは今しかない。


 ◆


 エイプリルはロンドン市内の古い教会に入る。ここは英国国教会系であるが、バチカン市国の協力者でもあるのだ。


 祭壇の裏の部屋に入り、そこにある地下へと続く階段を降りた。


 ジェームズは目覚めただろうか。

 問い詰めてやりたいが、本部へ送り届けることが先決だ。


 扉を開け、部屋の灯りをつけると、エイプリルは驚愕した。

 そこには、イスと壊れた鎖があるだけだったのだから。


「なんでよ!」


 エイプリルは、急いで外に飛び出す。

 いつのまにか空が晴れたのか、心細いほど細い月が浮かんでいる。


 「ヴィシー!」と呼ぶと、さっとコウモリが姿を現わす。


「なんで見てなかったのよ!」


 エイプリルが怒鳴りつけるが、ヴィシーは平然と答えただけだ。


「お前は見てろと言っただろ、オレは、あいつを見てたぜ。あいつが力を振り絞って鎖を壊し、外へ出て行くのをな」


(くそっ! そう言えばこいつ、こういう奴だった!!)


 昨日、ヴィシーを傷つけられて怒りが湧いたことを激しく後悔しながら、エイプリルは命令する。


「あいつがどこへ行ったのか探して教えて!! もちろん、あいつって、ジェームズ・アーカーの事よ!!」


 ヴィシーは面白そうにクククと笑うと、街中を検索し始めたのだった。

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