第5話 囲まれてしまいました

【姫様近衛隊】

 その隊の任務は主に姫様の身辺警護。

 役職としてのクラスは【聖職】

 姫様が欲する物の調査・調達

 姫様を害する者の監視・排除


 姫様行く所に近衛隊あり、姫様無き所にも近衛隊ありと言わ占める程その業務は多岐に渡る。



 ――――――


 サカリナ・ヨル・ヤルヨ姫近衛隊隊長

 メノシータ・クマ・ヤバイの目の下には社会の厳しさが刻印されている。


「さぁオレガ君。これから隊の皆に君を紹介しようと思う。ついてきてくれるかな?」

「はい隊長!」


 サカリナ姫との誓いの儀式を終えた後、寝室に連れ込まれる事は無く隊長がオレガを促した。


「先ほどの誓い、私は感動したよ」

「そんな滅相もない。心の中では優柔不断ばかりで姫様にも失礼な言動をいくつか」


「ふふふっ。姫様は多少アレだけど心が広い方だからね……多少アレだけど」

「あ、はははは」


 メノシータのオーラが淀んでいるのはいつもの事。


「私は本当に嬉しいよ」

「と、言いますと?」


「あの小さかった君がこんなに立派な少年になって……いや、青年と言った方がいいだろうか」

「そういえば姫様も隊長も自分の事をご存知だと仰っていましたね」


 オレガ自身は教科書や式典でしか姫様達を見た事がなかったし、メノシータがこんなに綺麗な女性だとは知らなかった。


えんの国から騎士学校に入る生徒は珍しかったからね。だいたいはユリ教会シスターに行くからさ」

「あぁ、確かにそうですね。自分も両親から少し反対されました」


 とはいえ支援職が向いているというだけで戦闘ができない訳じゃない。それでも騎士学校でのオレガの同期組は彼の事を慕ってくれていたので過ごしやすかった。


「騎士学校での様子も知ってはいるがその話は別の機会にしよう」

「あんまり恥ずかしくない話でお願いしますね」

「ふふふっ。その調子ならこらから逢わせる隊員とも上手くやれそうだ」


 揺れる長い髪がピタリと止まり彼も習ってメノシータの斜め横に構える。


「ではゆくぞ」

「はい」


 隊長の後に続いて「近衛隊詰所」と書かれた部屋の扉を潜る。すると扉を潜った先に四人の姿が見えたので彼は先手を取って声を出す。


「初めまして! 本日より姫様の性職係の任に就きましたホワイ・ナゼ・オレガです。若輩の身ではありますが先輩方の背中を見て学ばせて頂きます」


 いきなりの声に驚いたのは隊長だったが「その元気羨ましいぞ」と小声で言って四人の元へ。


 オレガの挨拶に四人から嫌な感じはしない。メノシータが咳払いをして自己紹介へ。


「コホンッ。既に先ほど挨拶をしたがもう一度改めて。私はサカリナ・ヨル・ヤルヨ姫近衛隊隊長メノシータ・クマ・ヤバイだ。君を歓迎する」


 そして隊長に続くように大柄な男性がオレガの前にドンドン近づいてくる。その風圧だけで飛ばされそうな雰囲気を持った短髪の偉丈夫いじょうぶはオレガに手を差し伸べる。その手が握手だと分かると彼は両手で包み込んだ。


「うむっ! 俺はマエムキニ・ヒタ・ムキニだっ! 君のような若人が入ってくれて心強いぞっ! 弟子にならんかっ?」

「あ、ありがとうございます?」


 顔の前にずいっと寄ってきたマエムキニは彼の手をブンブン振って歓迎してくれた。そしてひとしきり頷いた後もう一人の男性がやってきて。


「俺 は ミ ギ ノ ヤ ツ コ エ ウ ル サ って 言 う ん だ !」


「……き、聞こえてますぅ」


 ミギノヤツ・コエ・ウルサ。

 先輩の声が一番うるさい気がするとは言えなかった。


「よ ろ し く な!」

「はいぃぃぃぃぃ」


 耳元で大声を出されたのでキンキンしてよろけてしまいそうな彼の左側から、今度は対照的な穏やかな女性の声が聞こえた。


「ごめんね。アイツいつもあぁなの」

「い、いえ。ありがとうございます」


 オレガの頭をポンポンとしてくる流し目の女性の先輩は「うふふ」と笑いながら名前を教えてくれた。


「私はヒダリニ・ウケ・ナガスよ。よろしくねオレガ君」

「はい、よろしくお願いします」


「ちなみにアイツの声は左方向に受け流すといいわよ」

「そうなんですか、助かります」


 未だに耳がおかしいオレガを案じて先輩は柔らかく笑う。


「アレ? そう言えばもう一人の先輩が見当たらないような」


 さっきまでメノシータの横に居たはずの女性がどこかに消えた。キョロキョロと視線をさ迷わせるオレガの背後から突然声が聞した。


「少年、後ろがガラ空きヨ」

「ひぃぃぃぃっ」


 後ろから声を掛けられただけでなく、オレガのお尻をむんずと掴む怪しい人物。


「ほほぅ。良い尻ネ! ランキング上位に入るヨ」


 気配すら感じる事もなくそして抵抗する事もできず彼は氷の彫像のように固まってしまった。


「こらガラ! 毎回初対面の相手に失礼だぞ」


 異変に気付いたメノシータが慌ててオレガを引き寄せる。その際、メノシータに抱きつく形になってしまってオレガはまたやらかした。


「……怖かったよ母さん」


「か、かかかかか母さんっ!?」


 恐怖と緊張と色々なものが混ざった感情で咄嗟に出たオレガの言葉にメノシータは膝から崩れ落ちた。


(決して隊長の容姿が母さんに似ていたからではない、断じてないのだ! そりゃあ

 ちょっと電話で話して懐かしいなぁとは思ったけども)


 オレガは心の中で弁明するけどメノシータには届かない。


「一撃で隊長を無力化するとは、少年やるネ」

「うむっ! 見事っ!」

「す ご い な」

「うふふふっ。オレガ君は期待以上じゃない?」


 崩れ落ちた隊長にオレガが肩を貸しつつ誠心誠意謝る。


「す、すみません隊長。えっとあの、母さんのような安心感と言いますか、故郷に帰ったような懐かしさと言いますか、幼少期を思い出すと言いますか」


「少年、それ全部クリティカルネ」

「オーバーキルとは容赦が無いなっ!」


「あっ」


 メノシータは膝を抱えて蹲ってしまった。


「それよりワタシまだ名乗って無いネ」

「は、はぁ」


 お下げ髪の女性はニヨニヨとした笑い方で教えてくれた。


「ウシロガ・ガラ・アキヨ、ネ! 少年も後ろに気を付けた方がいいネ!」

「精一杯気をつけますっ!」


 恐らく狙うのは貴女だけだと思いますけど、とオレガは考えながらこれで全員分の自己紹介が終わった。そしてメノシータを置き去りに彼を囲むように前後左右に集まった近衛隊の皆さんの笑顔が怖い。


「あ、改めてよろしくお願いします」


 もう一度先手を打って声を出すけど彼の嫌な予感は的中してしまう。



「「「「ようこそ、我らが緩衝材」」」」


 あぁ……そういうパターンですか。

 と心の中で複雑な気分のオレガであった。



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