吸血姫ちゃんは恋したい!~宇宙から来た美少女吸血鬼は地球が滅ぶその日まで我が家でゲームをして過ごすそうです。

神霊刃シン

吸血姫ちゃんは恋したい!

プロローグ

第1話 さあ、楽しい星間交流の時間でぇーす♡


 朝が来たのだろう。侵入者が現れる。

 寝台ベッドで寝ている俺の上に――トサッ!――今日も今日とて、彼女が座り込む。


 小柄こがら華奢きゃしゃ体躯たいくのため、重くはない。

 だが、目覚めるには十分な刺激だ。


「またか……」


 いい加減してくれ――という意味を込めたのだが、


「さあ、楽しい星間交流の時間でぇーす♡」


 ちなみに『星間』を『性感』の字としても、いいのでーすよぉ!――と彼女。

 ちっとも良くない。幼い見た目の割に、笑った顔はどこか妖艶ようえんだ。


 彼女自身が性的興奮を覚えているのだろう。

 普段は澄んだ水色の瞳が、今は赤く光っている。


 窓帷カーテンの隙間から差し込む朝日に、彼女の薄い紅薔薇色ピンクローズの長い髪が輝く。

 居候の吸血鬼『ヴァイオレット』。


 地球の言葉だと、そのニュアンスが一番近いらしい。

 俺たちの間では愛称の『ヴィオ』で通っている。


 いつもながら、その姿に『綺麗だ』と見惚みとれてしまう自分がいた。

 本人は吸血鬼を自称している。


 だが、朝日にうっすらと輪郭りんかくを照らされるその姿は、まるで天使か妖精のようだ。

 彼女の顔が近づき、その小さく瑞々みずみずしい唇から、


「起きないのなら、このまま……」


 吸ってもいいのだぞ――と耳元で静かにささやく。

 先程までとは違う、大人びた口調だ。思わず、心臓の鼓動が早くなってしまう。


「フフフッ♡ 冗談でーす!」


 とヴィオ。俺の正面に顔を持ってくると嬉しそうに微笑ほほえんだ。


(いや、本気だったぞ……)


 どうやら、寸前で思い留まってくれたらしい。

 彼女たちの種族による吸血行為には、催淫さいいんと精力増強の効果がある。


 地球人などよりはるかに長命だが、出会いは限られているらしい。

 吸血鬼同士では子供が作れない――というのが主な理由だ。


 そのため、気に入った異性を逃がさないための能力なのだろう。

 まったく効かない場合もあるらしい。


 だが、彼女いわく、俺との相性はバッチリなようだ。十代で経験の少ない俺では、理性が飛び――ケダモノのように彼女をおそってしまう――と言われた。


 ヴィオは小さく先端がとがった耳に掛かる髪をかきあげる。

 彼女の綺麗な双眸そうぼうが俺を覗き込む。


 そのまま目をつむり、ゆっくりと俺の唇にヴィオの唇が重なろうとした瞬間だった。

 バンッ!――と勢いよくドアが開く。


「ちょっと! なにしてるのよ、ヴィオっ!」


 毎朝、毎朝――と俺の幼馴染兼家主ともいえる『あかね』が声を上げる。

 一つ年下の彼女は幼馴染で妹のような存在だ。


 お嬢様風の白いワンピースが似合うヴィオとは対照的に、髪が短くボーイッシュな印象を受ける。肌の色も健康的で、エプロン姿の似合う家庭的な女の子だ。


 目下のところ、年を重ねる毎に口喧くちやかましくなっているのが悩みの種と言える。

 騒がしい――という意味ではどっちもどっちだ。


 なので俺としては、この状況に辟易へきえきしている。

 二人とも、早く出て行ってくれないだろうか?


 このままでは着替えもできやしない。

 ただ、それを口に出すと面倒なことにしかならないだろう。


 上手い返しが見付からないので、俺は沈黙することを選んだ。


なんでーす? いいところでしたのに……」


 邪魔しないでくーださーい――とヴィオ。しかし、


「するわよ!」


 と茜。いつにも増して、強めの口調だ。続けて、


「家の中でそういう、うらやま……ふ、ふしだらなことをしないで!」


 と注意する。今、違うことを言おうとしなかっただろうか?

 やれやれでーす――といった感じでヴィオは寝台ベッドから降りた。しかし、


「ふしだーら? なんのことでーすか? 日本語難しいアル」


 そんなとぼけた返しをヴィオがするモノだから当然、茜も怒るワケだ。


「そのエセ外国人みたいな話し方、止めなさいよ」


 完全にわざとでしょ!――腰に両手を当て、お小言モードになる。

 これはしばらく続きそうだ。


 ヴィオはヴィオで――外国人ではなく、宇宙人でーす――と言い返すモノだから、更に面倒なことになる。


 これ以上、続けさせても、誰も得はしないだろう。

 俺が――仲裁ちゅうさいに入るしかない――と思った時だった。


 もぞもぞとなにやら足元の方で温かいモノが動く。


くすぐったい……)


 なにかいるのだろうか?

 俺が布団をめくると、そこには寝間着パジャマ姿の少女が一人――


なんだ『あおい』か……」


 おどろかせるなよ――と俺は溜息をく。

 そこにいたのは、茜の双子の妹の葵だった。


 双子だが二卵性のため、見た目はそれほど似ていない。

 明るく元気で社交的な茜に対し、大人しい性格の文学少女だ。


 俺を『兄者あにじゃ』と呼び慕ってくれるのは嬉しいが、不思議ちゃんでもある。


「二度寝……」


 とつぶやくと――すんすん――とニオイをぎ、


兄者あにじゃのニオイ、落ち着く」


 などと言って、そのまま俺のお腹を枕にすると眠りに就く。

 人の寝台ベッドもぐり込んで寝るとは――随分ずいぶんと計画的な二度寝だ。


 いや、そうじゃない。ヴィオと茜の二人に気付かれると面倒なので、俺はそそくさと逃げ出すことにした。しかし、なぜか上着はしっかりと葵に握られている。


 彼女を起こそうかと逡巡しゅんじゅんしたが、幸せそうな表情を見て、俺は仕方なく上着を脱ぐことにした。


(やれやれ……)


 ヴィオが来てからというモノ、毎朝慌ただしい。

 困ったことに――そのことに対し――すっかり慣れてしまった自分がいる。

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