2034

@tenmeiyasuhito

第1話 サイレントヒューマン

 時は2034年。


 ある日の昼下がり、ヒナタを乗せた黒塗りの車ではラジオが流れている。


「東京都スーパー特区六本木の裏路地で二十代会社員の女性が倒れている状態で発見されました。目立った外傷はないものの、病院に搬送されまもなく死亡しました」


「最近この手の不審死や怪奇事件が相次いでいますね。今月に入ってすでに4件目。先々月から合わせると計10件です。犯人はいずれの事件についても捕まっていないということです。原因究明を急がないと取り返しのつかないことになりますね」


 黒塗りの車は六本木の大きなクラブの前で止まり、ヒナタは車から降ろされた。

ヒナタは故郷のバンドメンバーと引き離され、半ば無理やりに連れて来られたに等しかった。


 クラブに通されるとハタチそこそこのブランド物を身に着けた派手な女性が言葉を発した。桜井あゆみという金持ちの令嬢だった。


「HINATA、リリースする楽曲の動画がどれもあっという間に100万再生を突破。正体不明の高校生バンドRAINBOW AGE RIOTのリーダー。動画で見るより更にイケメンね」


「・・・」


「あら、緊張してるのかしら? 田舎にはクラブなんてないでしょうから仕方ないわね。代議士のお父様にお願いして田舎者のサイレントヒューマンであるあなたをこのスーパー特区に招待して上げるの大変だったんだだから。今日のライブ本当に楽しみにしてるわ」


「・・・」


 ヒナタはあゆみの軽薄な価値観に嫌悪感を感じた。


 過去のパンデミックで体内に「予防マイクロチップ」を「埋め込んだ者」と「埋め込まなかった者」の生活は大きく二分した。

 特区への立ち入り制限、電車の客室の分断、飲食店の利用の制限等「埋め込まなかった者」に課される制限は数知れず。

  発表・発言・参加の機会を捨てた「埋めこまなかった者」を後に「サイレントヒューマン」と呼ぶようになった。


「サイレントヒューマンが嫌いなら家に帰る。それで話は終わりだ。そもそも最近この辺って物騒な事件も多いんだろ?特区なんて腐った奴しかいないところで演奏なんてしたくないね」

ヒナタは強く言い放った。


「そうはいかないわ、チケット3000枚は即完売。今晩ここでライブをやってもらうわ」

 あゆみはあゆみで高飛車な口調で言った。


「あんたアホか?バンドメンバーもいないのに出来るわけねーだろ」


「一流のプロのミュージシャンを揃えてあるわ。あの芋くさいメンバーよりあなたに相応しいと思うけど?」


「・・・」


「あと、これを見て!」


 あゆみは透明なメガネのようなゴーグルをヒナタに見せた。


「観客に配る特別なVRグラスよ。今日のためにプログラム作ってもらったのよ。VRグラスなんて使ったことないでしょうけど、特区での生活では今やどこでも欠かせないの。これであなたのライブがド派手に盛り上がるわ」


「・・・」


 話題の謎のアーティストRAINBOW AGE RIOTのライブを待ちわびる暗転した会場。


 そして暗闇を激しく切り裂くように大音量で演奏が始まりステージが始まり会場は熱狂する。スポットライトの当たるステージのセンターでは、ヒナタがオーディエンスに背中を向けたまま力強くギターを掻き鳴らす。


 背中を向けていても、その細身の身体から、全身全霊で発するサウンドには誰もが感じるカリスマがある。


「キャー!!!」

観客の黄色い声が会場に響く。


 いよいよヒナタのヴォーカルがシャウトするタイミングで今まで背中を見せていたが、ついにステージを向く。

ヒナタは口を塞ぐようにガムテープを一文字に貼っていた。


「斬新なパフォーマンス!ミステリアス!」


 熱狂していた観客だが、曲がクライマックスに向かってもいっこうに歌おうとしないヒナタに苛立ち始める。


「いつまでも何やってんだ!金返せ!」


 一部の客のボルテージが上がってきた。ペットボトルなどをステージに投げ、ついには観客がステージに詰めかけ暴徒化してしまう。


「むむむ!(今だ!)」


 ヒナタは口に貼っていたガムテープをむしり取り、静止しようとする警備員を持っていたギターでぶん殴り、そのままヒナタは夜の街に消えた。


 ヒナタがネオン輝く六本木の交差点で信号待ちをしていると、街の屋外大型ビジョンでは、1人の女性が10体のアニメキャラクターのような人型やペット型の多様なクリーチャーを一挙に操作している映像が映し出されていた。


 政府の2050年クリーチャー計画に関する新しい広報動画だ。


「あなたに分身のようなクリーチャーがいたら何をさせたいですか?

 誰もが気軽に多様な活動に参画できる夢の社会がいよいよ実現します」

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