婚約破棄について

 アシメ教は禁欲的な宗教である。特に性行為については「非常に堕落的な行為」として嫌悪している。なので自分の配偶者との子作り以外の性行為は認めていない。もし致しているのが見つかると罰金を払わされる事になる


 …というのは表向きの話で、実際は教会のお偉方や貴族には普通に愛人がいるし、売春を黙認していたりと色々矛盾が多い。どこも腐っているのは一緒である。


 話を元に戻そう。アシメ教は自分の配偶者以外との性行為を認めていない。なので婚約を公示する必要があるのだ。


 つまるところおおやけに「○○は××と婚約したんだから他の奴らは手を出そうとするなよ! 絶対にだぞ!」と公表して他の連中が罪を犯そうとするのを止めるわけである。二重婚や結婚詐欺などを防ぐ目的もあると言われている。


 そしてアシメ教を国教としているわが国でもそれは法律で定められているのだ。俺とシフャット男爵令嬢の婚姻もその法律に従って公示されていた。婚約破棄になったので教会に公示の撤回を求めていたのだが、無事受理されたようだ。


「婚約破棄の件、真に心苦しい事と存じます。次の国王たる王太子殿下が他人の婚約者を奪うなど嘆かわしい…」


「いえ、お気になさらず」


 彼女は俺に気を使ってか、同情するような表情を俺に向けて来た。確かに婚約破棄を告げられた時は少しショックだったが、今ではむしろアレと結婚しなくて良かったと思っている。


 そういえば…と俺はもう一つ気になったことを聞いてみた。


「アリアンヌ公爵令嬢と王太子殿下の婚約破棄の件はどうなりました?」


「私もその時にはもうすでに王都を離れていましたので詳細は分かりかねますが…揉めに揉めているという話を聞いています」


 だよなぁ…。あの2人の婚約は俺とシフャット男爵令嬢のように本人同士が納得すれば済むという話ではない。国王、アグリカ公爵をはじめとした国の重鎮方の話し合いにより決定したものだ。


 付け加えるならアシメ教としても次の国王である王太子が他人の婚約者を奪って新たに婚約を結ぼうとしているのを認めるのはちょっと…という感じだろう。


 国のトップがそのようなのでは下々の者に示しがつかない。まぁ…こちらに関しては教会のトップ周辺も似たような事をしているのでどうにかなりそうだが。


 現国王夫妻には子供が王太子殿下しかいない。いや、正確に言うともう1人いるのだが、そちらの方は色々問題がありすぎてすでに廃嫡されている。


 なので王太子殿下には何が何でも結婚して跡継ぎを作ってもらわないと王の一族が途絶えてしまうのだ。そしてできれば王家の力を維持するためにも結婚相手は大貴族の娘が望ましい。


 王太子としてはアリアンヌ嬢とは結婚したくない、国王夫妻としては力のある貴族の娘と結婚して跡継ぎを作って欲しい。アグリカ公爵は今回の王太子の身勝手な婚約破棄を許せない。そしてそれに自分たちの利益を得ようと動く周りの貴族たちの思惑も乗っかってもう無茶苦茶になっているのだろう。


 今回の騒動…色々裏がありそうだな。アリアンヌ嬢が王太子の婚約者でなくなる事で得をする人物の企みが裏で動いているのだろう。中央政界は怖いねぇ。


 俺は手元にあるお茶を飲んで一息入れた。お茶は先ほどポーラが持って来てくれた。アリアンヌ嬢の事は分かったが、まだまだ彼女には聞きたいことが沢山ある。せっかくなので世間話がてら色々聞いてしまおう。



○○〇



「ところで…フィーヌ司祭は回復魔法はお使えになるのですか?」


 フィーヌ司祭から様々な情報を聞き出している最中に俺はそのような事を尋ねてみた。何故かというとアシメ教の司祭には回復魔法を使える者が多くいる。というか回復魔法を使える人間が神学校に入れられることが多く、アシメ教の関係者になるのだ。全員が全員ではないが。


 回復魔法の使い手はどこに行っても重宝する人材であり、うちの領にも回復魔法を使える人材がいると心強いので尋ねてみたのだ。


 この世界は医術というものがあまり進歩していない。せいぜい薬草を煎じて傷薬や薬湯を作るぐらいだ。だがそれではケガや病気を治すのに限界がある。


 回復魔法なら使い手の技量にもよるが、ケガや病気がたちどころに良くなると聞いている。特に「魔の森」と接しているこのウルシュタイン領にとっては重要な能力だった。回復魔法の使い手がいるだけで領民の死亡率が大きく変わる。


 …まぁそれはそれで領主よりも教会側になつく領民が出て来るのが問題なのだが、なんとか俺の方も領民が教会側につかないように手を尽くそう。領民が死ぬよりはマシという判断である。ただでさえ貴重な労働力を失うのは痛い。


「残念ながら…私は回復魔法を使えません。ご期待に添えず申し訳ありません。しかし、薬学の知識はありますのである程度はケガや病気の治療が行えます」

 

「薬学の知識があるだけでも凄いではありませんか。この辺境には医者もおらず薬品は他の領地からの輸入に頼っていたのです。我が領地で薬品が作れるだけでも領民は助かるでしょう。あなたが来てくれてよかった」


「ウルシュタイン卿は人を褒めるのが上手ですね。私こんなに褒められたのは初めてです////」


 フィーヌ司祭は嬉しそうな顔をして答えた。うーん…俺は簡単な社交辞令ぐらいしか言っていないのだが、この人は今までどれだけ褒められてこなかったんだよ…。


 彼女は回復魔法は使えないらしいが、我が領地には医者もいなかったのでちょうどいい。薬品はそれ自体が結構なお値段がするので、輸入せずに自領地で作れるようになるだけでもお金が節約できる。


「それと薬品を作るために必要な薬草なのですが…『魔の森』には上質な薬草が沢山生えていると聞いているので立ち入りの許可を頂きたいのですが…よろしいでしょうか?」


「『魔の森』は危険な魔獣が多数出没します。フィーヌ司祭だけでは危険でしょう。立ち入りは許可できません。我々ですら森の奥には絶対に立ち入らないのです」


 彼女の提案に俺は反対した。せっかく確保した薬学の知識がある人材を手放してなる物か。彼女が森に行って死んだ場合、次に来る司祭が薬学の知識があるとは限らないのだ。同じ司祭と言っても能力や知識はピンキリである。コネでなったようなのもいるしな。


 薬代を節約するためにも彼女にはここの司祭でいてもらわなくては困る。薬草は何も「魔の森」の中に行かなくてもそこらの道端に生えているのだ。


「大丈夫ですよ。私、強いので」


 彼女はその細腕を上げて力こぶを作るポーズをしながらそう言った。そうは見えんけどなぁ…。


「わかりました。では『魔の森』に入る際は私に声をかけて下さい。戦える者を何人か共に付けます。フィーヌ司祭も我が領地に来たからには大事な守るべき民ですので」


「ウルシュタイン卿…/// 私のためにそこまで…。ポッ/////」


 いや、単純に薬学の知識のある人材に死なれたら困るだけなんだが…なんだか勝手に勘違いされている気がする。


 その後、彼女から最近の教会の動向や王都の方で話題になっているニュースなどの話を聞きだした。彼女、意外と口は軽く様々な事をしゃべってくれる。これはいい人が我が領地に来てくれたかもしれない。教会の人間が御しやすい人というのは領主にとっては助かるのだ。


 いつの時代も情報は武器だ。話題のニュースなどは早めに耳に入れておいた方が良い。どうやら教会は教会で各地の司祭に独自の連絡網があるらしく、中央のニュースが新聞より早く出回って来るらしい。2時間ほど会談した後、彼女にはお帰り頂いた。


「ふぅ…終わった。すまん、ゲオルグ。領地の話の続きをしようか。ポーラ! 茶をもう1杯頼む!」


「教会との関係を良好に保つのも領主の立派な仕事です。向こうが腹芸が苦手…というのも幸いしましたが、色々な情報を聞き出した上に見事に司祭と良好な関係を築けましたな」


「あれで良かったのか? それなら良かった」


「ええ、上出来です。それと…今お聞きするのは少し酷かもしれませんが、ハルト様の新しい婚約者の件はどういたしましょうか?」


 ゲオルグは申し訳なさそうな表情をしながら尋ねて来た。俺も男爵とは言え貴族なのだ。お家を発展させるためにどこぞの貴族の娘を嫁に貰い子孫を残す事は義務である。そういう理由もあって彼は話題に出してきたのだろう。


 しかし、今は婚約破棄されたばかりなのであまり誰かと婚約を結ぶ気にはなれなかった。


「すまん、もう少しだけ時間をくれないか? 心の整理をしたい」


「分かりました。心中お察しいたします。ハルト様の心の整理が済んだらまた考えましょう」


「すまんな、苦労をかけて」


 シフャット男爵令嬢との婚約破棄で受けた傷は自分の中では軽いと思っていたはずなのだが、火傷の傷のように治ったように見えても未だにズキズキと痛みを発していた。なのでもう少しだけ傷を癒す時間が欲しかったのだ。


 と、そこでまた部屋のドアがノックされた。


「ハルト様! またお客様ですよ」


「またか!? 今日はよく客が来るな。誰だ?」


「アグリカ公爵家の使者だそうです」


「え?」



○○〇


主人公は少しだけ婚約破棄がトラウマになっている状況です。


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