行倒れ神に捧ぐ解決案

十余一

前編

 都会というほど栄えているわけでもなく、かといって田舎というほど緑に溢れているわけでもない。ちょっと寂れた郊外の町という言葉がしっくりくるこの場所で、一つの事件が起きようとしていた。


 気持ちの良い秋晴れの空につられて散歩に出掛けたら、道端に倒れている人を見つけてしまったのだ。事件や事故とは無縁の静かなこの町で突如見かけた非日常の光景。救急か、警察か、いやその前に意識の確認か。多少気が動転しつつも駆け寄り、声をかけることにした。すると……。


「……お主、釜はいらんかね。釜で炊いた米は美味いぞぉ……。これを機に自宅にかまどを作らんか」


 倒れていた人はうつ伏せのまま何処からともなく羽釜を取り出し、勧誘を始めたではないか。これ関わらないほうがいいやつ?

 セールスマンの成れの果て、にしては服装がなんだか小汚いし社会人とは思えない長髪だ。認知症の徘徊老人、にしてはそこまでの老齢には見えない。なんだかよくわからないが、とりあえず元気そうではあるので生活安全課の人に任せてしまおうと「ちょっと待っててくださいねー」と声をかけ、電話をするために立ち上がった。


「通報すな! 話を聞けぇい!」


 立ち上がったところで、足首を掴まれる。いきなり何なんだ怖い怖い怖い。


「儂は怪しいものではない! 竈の神じゃ!」


 やっぱり、これ関わらないほうがいいやつでは?



 少しの攻防の末、結局公園に移動しこの奇妙なおっさんの話を聞くことになった。鬼気迫る様子に完全に負けたのだ。

 おっさんはベンチに座り釜を横に置いたので、僕は釜の反対側に腰を据える。よく見たらおっさんは教科書で見たことあるような恰好をしていた。合わせのある上着とズボンは腕と膝のあたりが紐で括られ、首元には勾玉のついたネックレスがジャラジャラと連なっている。古墳時代感が凄い。


 おっさんがボサボサの長髪を整えている間に、自称である竈の神というのを検索してみる。


「防火、家族守護、家畜守護、豊作、招福……、へぇ……」

「疑っておるな?」


 髪を結い終えたおっさんが僕の呟きに反応する。というか、この髪型も見たことがある。確か角髪みずらというやつだ。


「お主、ちょっと儂に祈りを捧げてみよ」

「ええ……」

「祈りを捧げよ! 本気でやるんじゃぞ」


 隠さずに嫌そうな顔をしてしまった僕に、自称神が祈りを強要する。とりあえず柏手を打ち拝んでみたところ、おっさんは一人で大盛り上がり。「久々に力が漲ってきたぁァ!」などと叫びながら不思議な動きで舞い踊る。不審者感が凄い。


 猜疑心に満ちた目で眺めていると、おっさんの両手から炎が立ち昇り、揺らいだ炎から万華鏡のように火花が散る。小汚いおっさんとは思えないほどの幻想的な光景に目を奪われたのも束の間、火花が纏めてこちらに向かって飛んできたではないか! 思わず腕で庇うが熱さは感じない。火花は僕の周りをくるくると舞い、やがてふわっと消えた。


「……手品?」

「神通力じゃ! ありがたぁ~い加護を授けたのじゃぞ」


 どんな手を使ったのかわからないが、とりあえずちょっと凄いおっさんということはわかった。古墳時代感と不審者感以外も凄い。


「本当に神様だったとして」

「だったとして、ではない。正真正銘の本物じゃ」

「どうして道端に倒れていたんですか?」


 自称神が言葉を遮ろうとしたのをスルーして事情を尋ねてみる。


「もう竈がある家はほとんど無いだろうけど、コンロはあるわけじゃないですか。そこに憑いたりしないんですか」

「憑くなどと、狐や幽霊のように言うでない」


 正直その怪しげな風貌だと“憑く”という言葉がかなり似合っていると思う。古墳時代に埋葬された人が幽霊として出てきたと言われたら納得してしまうだろう。ちょっと「うらめしや~」とか言ってみてほしい。

 自称神のおっさん、略して神おっさんは狐や幽霊扱いされたことに一瞬顔を顰めたものの、粛々と語り始める。


「お主の言う通り、同輩たちは時代の変化と共に竈ではなくコンロに宿るようになった。IHに宿った者もおるな……。というかオール電化って何じゃ! せめて火を使え、火を!」


 まるで火山が噴火しそうなほど興奮した様子の神おっさんをどうどうと宥める。火の神的にIHはアウトなようだ。


「儂はそんな世の中に、どうしても馴染めなかったんじゃ……。古墳時代から祀られておるんじゃぞ。千五百年以上じゃ。ガスコンロが普及したのは先の大戦以降、IHなんてここ三十年ほどの出来事。そんなにすぐには切り替えられん!」


 悔しさを滲ませた神おっさんは俯く。

 確かに、それだけ長い間慣れ親しんだものが変わってしまったら戸惑うだろう。森林が減り棲み処を追われた野生動物たちの如く、そして暗闇が減り忘れ去られた妖怪や怪異たちの如く。寄る辺を失ってしまった心細さや寂しさはどれだけのものだろう。四半世紀も生きていない僕には想像することしかできない。


「どうせ儂は現代に馴染めない時代遅れの神なんじゃ……」


 神おっさんは肩を落とし、すっかりしんみりした空気になってしまった。かと思えば「というかガスコンロ神て! IH神て!」と言いながらケタケタと笑い、急にスンッと真顔になった。情緒不安定なのかな。


「だからこうして釜を譲り、竈の良さを広め、復権を目指しているんじゃ」


 気を取り直した神おっさんが隣に置いてあった釜を一撫でし、まるで決意表明のように宣う。壮大な目標のように言っているけれど正直その手段はどうかと思う。

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