人形使いと半人形のあやなす事件簿

小此木センウ

にぎやかな市場と珍妙な一行

 帝都は秋の実りの季節である。大通りにはどこも市が立って、規定よりだいぶ道にはみ出した露店、食料品を詰めこんだ袋をさげた買い物客、そして荷を運ぶ大型の半自動機械カリヨンで大変な賑わいだ。特に中央通りは左右に野菜、果物の露店が並び、大荷物の人々が行き交って、まっすぐに進めないほどに混雑している。


 そんな中を、どうにも場違いな一団が進んでいく。

 先を進むのは、肩まで届くか届かないくらいのぼさぼさの銀髪に灰色の瞳を持った少年。ところどころほつれて着古した感じのする国軍の制服を身につけているが、瞳が時おり陽光を反射して緑の光をたたえる様子は、思念でカリヨンを操縦する、いわゆる「人形使い」に時おり見られる特徴だ。

 この少年と肩を並べる、というか並べようとして通行人とか露店の端にぶつかりまくっている長身の女性は、眼鏡を通して見える黒い瞳に浅黒い肌、長くなりかけた黒髪を後ろで束ね上げ、こちらは汚れのない軍服に身を包んでいる。少年よりは何歳か年上のようだ。

 だがなんといっても一番目立つのは、二人の後ろを長い髪をなびかせて歩く子だろう。歳はまだ十五、六だろうか、驚くほど整った容貌、白い透けるような肌に、左右で異なる瞳の色が一見して強い印象を与える。右は赤、左は灰色、特に赤い瞳というのは、多種多様な民族の暮らすこの国でも極めて少ない。ただ亜麻色の前髪が斜めに額を覆い、右目の半分ほどを隠している。

 顔だけでも十分に目立つのだが、その姿をますます際立たせるのが服装だ。黒に近い紺の生地を、あえてくすませた銀糸で縁取った衣装は、地味ながらも内に抑えた優美さがある。年長の貴族の婦人が着ていてもおかしくないような装いだが、あどけなさの残る容貌に不思議と似合う。

 さらにその後からついてくるのは、人間型のカリヨンが一基。軍用のゴツいやつで、人垣から頭ひとつ飛び抜けている。


 「ねえユルゲン、私たちちょっと目立ちすぎじゃない?」

 露店の果物を落としかけて危うく拾いながら背の高い女性が聞いた。

「いいんですよアルマさん、エマがそう言ったんだから。エマの受言は必ず成就します」

 銀髪の少年が背後を振り返って答える。

「だけど、相手に気づかれるでしょ、これ」

 アルマという名らしい女性はユルゲンにつられて後ろを向き、その途端に前から来た買い物客の荷物にぶつかって中身のリンゴをぶちまけた。

 すいませんすいませんと謝りながらりんごを拾うアルマを捨て置いて進むユルゲンの裾を、エマと呼ばれた子が引っ張った。

「もう着いたよ、ここ」

 ユルゲンは周囲をきょろきょろ見回した。

「ああ、そうだな。リンゴ売りがたくさんいて、十字路の向こうに聖イェルク教会」

「尋ね人は近くにいるはずだね」

 外見から想像されるより低い声でエマは言った。

 肩から下げた鞄から、ユルゲンは一枚の紙を取り出す。人相書きである。

「ヘルマン・グラーエ。以前は国軍にいたが、二年前に脱走。それ以降は、傭兵に加わったり、商人の用心棒になったり、各地を回って食い繋いでいたらしい」

 似顔絵の下には走り書きで経歴が記されている。

「でも、これだけの人出からグラーエって人を見つけ出せるの?」

 リンゴを拾い終えたアルマが追いついてきた。

「何もしなくても、ここにいれば絶対に見つかるよ」

 エマが断定的に答えた。

「そんなものかな」

 疑わしそうにアルマはつぶやく。

 ユルゲンは雑踏から露店の方に視線を移した。

「ま、形だけでも聞き込みしてみましょうか」

 目ざとく、曲がり角に店を広げたリンゴ売りに近づく。

 背後に木箱を山のように積み上げたその露店は、粗末な厚い布の上に穴の開きかけた籠を並べて、しかし籠の中には真っ赤に熟したリンゴが山盛りになっている。

「へえ、どれもうまそうだ。三つもらいますよ」

 手のひらに収まる程度のを取って、少し多めの小銭を渡す。

「どうも」

 リンゴ売りは言葉少なに受け取って、挨拶のつもりか深くかぶった帽子の端に手をかけた。

 ユルゲンは後ろの二人を手で招いた。待つ間に服の裾でリンゴをぬぐってほこりを落とす。一つを投げると、エマが意外と敏捷に受け止めた。すぐにかぶりつき、甘い、と声を漏らす。

 そんなエマの仕草にユルゲンは少し微笑み、それからアルマにリンゴを差し出した。

「お裾分けです。どうぞ」

「ちょっと、そんなことしている場合? 聞き込みじゃなかったの」

「まあまあ、そのうちどうにかなりますよ」

 無理やり一個アルマに握らせて、自分はもう一つに歯を立てた。

 夏の光を凝縮したように、甘味も、酸味も強い。

「これ、うまいですよ。アルマさんもどうぞ」

「……でも、この歳で立ち食いなんて」

 アルマは困惑の視線をリンゴに向ける。

「すみません、うっかりしてた。気にするようなお歳でしたね」

 からかうように言ったのをアルマはぎろりと睨んだ。

「私が歳だっつってんじゃないわよ! あんたらがガキだっての」

 鼻息を荒くしてリンゴをひと齧りした。と、その目が輝く。

「うそ⁉︎ すごいおいしい」

 夢中になって食べ始めたアルマのことは放っておいて、ユルゲンはリンゴ売りに話しかけた。

「これ、初めて食べたけどうまいです。この辺で作ってる品種じゃないですね」

「……ああ、遠くから仕入れてるからね」

 リンゴ売りは相変わらず帽子を深くかぶり、顔を隠したままで答える。ユルゲンは白い歯を見せて笑った。

「あはは。あなた、商才ありますね。方々の街を回った中から、きっちり良いリンゴの産地を覚えてるんですから」

「あんた、何が言いたい?」

 帽子の下から、じろりと鋭い目が動いた。ユルゲンも口は笑ったまま、目で相手を睨みつける。

「回りくどいのはよしましょう。俺たちと一緒に来ていただきたい、グラーエさん」

 リンゴ売り、いやグラーエは、ちっと舌打ちした。

「どうして俺がここにいるとわかった?」

「それは追々、俺たちの雇い主から話してもらいましょう」

 ユルゲンはアルマを振り向いた。

「アルマさん、見つけました。この人ですよ」

「へ?」

 リンゴを芯だけにする作業に没頭していたアルマの動きが止まる。指先から果汁が垂れた、それと同時にグラーエが帽子をかなぐり捨てた。

「なめるなガキっ!」

 布の下に隠されていた長剣を引き抜きざまに、下から上へ払い上げる。

 ユルゲンは飛びのくと、突っ立っているエマの腕を引いて自分の背中に隠した。

「はへ」

 エマはリンゴを口いっぱいに頬張ってクルミを食べたリスみたいになっている。

「始まったぞ。早く食っちまえ」

 エマは素早くうなずいてもごもご口を動かす。ユルゲンはうなずき返すと大声を張り上げた。

「なかなか腕も立つみたいですね!」

 声と刃物の生々しい光で、あたりの人々がざわつき始めた。注目が大きいほど、相手は逃げづらくなる。ユルゲンはにやりと笑い、自分の剣を引き抜いた。

「そっちがその気なら行きますよ!」

「もふもふ!」

「お前は早く食え」

 ユルゲンの注意がついエマに向いた瞬間、グラーエが間合いを詰めた。振り下ろされる剣をユルゲンは間一髪で受け止めた。が、その表情から微笑は消えている。

「わかるか? 本気で殺すぞ」

 今度はグラーエの顔に笑みが浮かんだ。

「追手に同情してられるほど強くはないんでね」

 押し切ろうというつもりか、グラーエの剣に力がこもる。

「あんたたちどいて!」

 重い足音が響いてグラーエが飛びのいた。ユルゲンとグラーエの間に割りこんできたのは、先ほど後ろから来ていたカリヨンである。基本的に人間と同じ形で、鎧をまとった騎士を思わせる外観だが、異様に太い左腕の先には手がなく、尖った筒のようなものがついている。

「あんたたちの仕事は終わった。後は私に任せて」

 その隣に立ったアルマが振り返らずに言った。続けてグラーエに告げる。

「ヘルマン・グラーエ。私は技術院大尉のアルマ・フォーゲルだ。あんたには軍から逮捕状が出ている。投降しろ」

「へえ、アルマさんってドスの効いた声も出せるんだね」

 リンゴを食べ終えたエマが、ユルゲンの裾で手を拭きながらつぶやいた。

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