第9話 初陣

 武士たけしとバサラがそれぞれの道を突き進むようになって、数ヶ月が経とうとしていた。季節は移り、少しずつ戦の足音が聞こえて来る。

 その間に、バサラは小四郎から五戦に二戦は勝ちを得られるようになった。武士たけしは光明のもとで参謀としての考え方や知略を教わり、自分でも考えられるようになりつつあった。

 毎日昼間は別々に行動し、夜に互いの報告をし合う。すっかり日課となったそれを今夜も始めた二人のもとに、和姫に仕える梅が尋ねて来た。


「夜分遅くに申し訳ありません。姫様が、お二人を呼んでおられます」

「和姫が?」

「わかりました。すぐにまいります」


 二つ返事で引き受けた武士たけしとバサラは、急いで寝間着から普段着へと着替える。とはいえ、それも着物と呼ばれる類いのものではあるのだが。

 すっかり着慣れたそれを身に付け、二人は和姫のもとへと向かう。


「姫様、武士たけしとバサラだ」

「入って。……こほっ」

「姫!?」

「和姫様、大丈夫なのか?」


 和姫の咳き込む音を聞き、武士たけしが部屋へ飛び込む。幼馴染に背中をさすられる和姫の前に腰を下ろしたバサラが問うと、和姫は少し青い顔をして微笑んだ。


「ええ、大丈夫です。武士たけしもありがとうございます」

「あまり興奮しては体に悪いって、お館様からは聞いているから。無茶はするなよ?」

「ふふ。お二人に無茶を強いている身で、そんな悠長なことは出来ません」


 ここ数ヶ月をかけ、武士たけしとバサラ、そして和姫は互いに気安い関係になっていた。同年代ということもあるが、何よりも和姫が対等を望んだ。

 最初は遠慮していた武士たけしとバサラも、いつの間にか和姫に敬語を使わないことへの躊躇いがなくなった。そして、仕事の合間に話をすることが増えていったのだ。

 気忙しく過ぎていく日々の中、男子二人にとって和姫と話す時間は癒しでもある。特に武士たけしにとっては。

 しかし、今宵のような呼び出しは珍しい。バサラは首を傾げ、和姫に尋ねた。


「それで、今夜はどうしたんだ? こんな時間に呼び出すなんて、今までなかったと思うけど」

「……お二人の初陣が近いと聞いたものですから、一度きちんとお話しすべきだと思ったのです」

「ああ……。お館様から聞いたのか」


 納得の声を上げた武士たけしに、和姫は頷く。


「ええ、昨日。次の戦に、お二人を伴うと」

「この数ヶ月、かなりしごかれたからな。……怖くないといえば嘘になるけど、オレに出来る精一杯で信功様を守って見せるよ。刀の扱いも弓矢も、槍も一通使えるようになったと自負してる。馬の乗り方も板について来たって、この前小四郎さんに褒められたんだ」


 そう言って微笑んだバサラは、この世界に来た時とは別人に近い程成長を見せた。元々のすばしっこさに加え、体力がつき筋肉をつけている。歩兵相手ならば同等以上に戦える、と克一のお墨付きだ。

 胸を張るバサラの横で、彼に比べれば貧相な体つきの武士たけしが苦笑する。


「おれは光明さんの傍で、戦略についてかなり学ばせて貰ったよ。まだまだ立案まではいけないけど、考えて地図上で動かすことに楽しさも感じる。バサラたちが無事に帰って来るかどうかは、俺たちにかかっていると光明さんはおっしゃっていた。……それに加えて戦うため、守りたいものを守るための手段として弓矢の扱いも教わっているところだよ。この術を使わずに済むならそれが一番なんだけど」


 武士たけしは武士としてではなく、所謂参謀役として成長しつつある。信功のもとで裏方に徹し続けて来た光明の指導を受け、武将たちの動かし方、戦場を俯瞰してみる方法、幾つもの戦術等、多くの戦い方を頭に叩き込んで来た。

 更に身を護る手段として、そして守りたいものを守る手段として馬上での弓矢の扱いについても教授されている。まだ完璧に弓矢と馬の両方を制御することは出来ていないが、武士たけしは少しだけバサラに近付いたと内心喜んでいた。


「お二人は場所は違えど、互いに高め合う間柄なのですね。普段の様子を拝見していても、とても仲がよろしくて。――お二人を選んだことは、正しかったようです」

「でも、和姫の思う未来を描くかどうかは、初陣にかかってるよな。必ず、この国を救う一歩を勝ち取って来るから待っててくれよ」

「おれたちが今出来る全力で。絶対に、和姫が視た未来になんて繋げない」

「御武運を。……必ずわたくしの、和のもとへとお戻り下さい」


 水色の瞳が揺れ、和姫は胸の上で両手の指を絡ませた。願い事をするような仕草をして、二人の少年を見上げる。

 武士たけしとバサラは顔を見合わせ、それぞれに笑みを浮かべて見せた。そして、拳を突き出す。


「あの?」

「ほら、和姫も出せよ」

「こ、これは何の儀式ですか!?」


 珍しく戸惑いの声を上げる和姫に、武士たけしが苦笑いを浮かべながら説明してやった。


「和姫も片手を握って。それをおれたちの方に突き出して欲しいんだ。三人の拳を突き合わせて、戦での勝利を祈願するんだよ」

「はい……。こう、ですか?」

「そうそう、上手いぞ」


 慣れないながらにおずおずと拳を出す和姫を褒め、バサラが最初に彼女と拳を突き合わせた。続いて、武士たけしも加わる。

 三人の少年少女は拳を触れ合わせ、笑い合った。互いの存在が、どれだけ力になるか、彼らはまだ知らない。


 それから一週間後、武士たけしとバサラの初陣となる戦の火蓋が切られた。

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