第4話 3

「――それにしても、あなたはなんでここに?」


 暴れていた男が去って、ヤツが突っ込んだ所為で壊れた書棚を、使用人達が撤去する中。


 俺とバルディオは、ユリシアの兄――マイルズ殿に挨拶してたんだが、ようやく落ち着きを取り戻したのか、ユリシアがそう訊ねてきた。


「王宮に用事があるって言ってたじゃない」


「そう。その用事の件で、おまえに相談があって来たんだよ」


 俺がバルディオと共に王宮に向かったのは、貴族院に呼び出しを受けたからだ。


 その呼び出し内容ってのは、俺の伴侶について。


 ――準男爵になったのだから、いい加減、愛人だけではなく嫁を取れ。


 あれこれ貴族的な遠回しな言い方をされたものの、要約するとそういったもので。


 当然、俺とバルディオは貴族院に抗議した。


 ユリシアは愛人じゃなく、嫁だと。


 そうして判明したのが――


「どうも俺とおまえの婚姻届が受理されてなかったみたいでよ。

 なんかおまえの婚約が生きてる間は、俺との結婚が認められないとか言われたぞ」


 そんなわけで、俺はユリシアに相談するために、ロートス家に来たってわけだ。


 手続き関係はよくわからねえから、王宮からそのままバルディオにも一緒に来てもらった。


 そのバルディオが、俺の言葉を引き継いで。


「そしたら、件の君の婚約者――リオン・カッソールが来てるっていうだろう?

 ちょうど部屋の扉も開いてたしね。

 外で話を聞かせてもらってたんだ」


 ユリシアの学院時代の話は、すべてではないだろうが――この三年の間、断片的に聞かされている。


 侯爵令嬢という上位貴族の立場でありながら、婚約者の為に身を粉にして働いて……そして当の婚約者によって捨てられたという救いのない――ユリシアの過去。


 そんな理不尽を行ったのが、さっき俺がぶっ飛ばしたリオンとかいう男なんだという。


「我が家の問題に巻き込んでしまって、申し訳ない……」


 俺とバルディオの話を聞いたマイルズ殿は、沈んだ表情で頭を下げる。


「――いや義兄上殿、よしてくれ!

 ユリシアの問題は俺の問題だ。巻き込まれたなんて思っちゃいない!」


「そうそう。そしてノルドの問題は、寄り親である私の問題でもあるからね。

 この件には、ダストール家も全面的に協力させてもらうよ」


 俺達の言葉に、マイルズ殿はほっとした表情を見せる。


 彼は俺より年下なんだが、侯爵家当主をしてるだけあってしっかりした人で、どこか俺の兄さんを彷彿させるんだよな。


「それにしても、いまいちわからねえんだが、あいつはいまさらユリシアをどうしようっていうんだ?

 ――自分で捨てたんだろう?」


「それがね――」


 と、ユリシアがヤツの狙いを説明しはじめる。


 カッソール家の凋落や、ユリシアの学生時代の功績についてだ。


「たぶん、わたしを娶って王宮魔道士に据えれば、以前の生活に戻れると考えてるのでしょうね……」


 ユリシアがため息まじりにこめかみを揉む。


「つまりはなんだ?

 あいつは学生時代同様に、ユリシアのヒモに戻ろうと考えてるって事か?」


「ノルド、言い方……」


 バルディオが苦笑する。


「だが、そうだろう?

 王族だか公爵家だか知らねえが、落ちぶれたあげく金に困ってユリシアを働かせようとしてるクズじゃねえか」


 ユリシアやマイルズ殿の話では、カッソール家は三代も前の王弟が起こした家なんだとか。


 元々が王族だけに、働く事を知らずに俸給で暮らしていたようだ。


 初代はそれでも良かったのだろうが、代が下れば当然、俸給だって下がる。


 だからこそ、家が先細りしていく未来を見越したカッソールの二代目――あのクズの祖父は、文官としての名家ロートス家との婚姻を考えたらしい。


 縁故でリオンを、ロートス家が取り仕切る運輸局に入局させて。


 リオンは無理でも、その子供に官位を取得させようって考えだったようだ。


「カッソールの先代――エラン翁と祖父は学生時代の友人だったから、孫をくっつけようというのも、貴族としては不自然なものじゃなかった」


「問題は、あのバカがエランおじい様の考えを理解していなかったという点ね」


 ユリシアの辛辣な言葉に、バルディオがうなずく。


「王族と言ったって、いまや傍系も傍系。

 今の王家から見たら、かなり遠い親戚だからね。

 むしろ税を納めず俸給を食い漁る分、普通の貴族よりタチが悪い」


 うらやましい事に、カッソール公爵家は現在の当主――クズの父親の代までは、税が免除されているのだという。


「ああ、だからあのクズは余計に焦ってるのか……」


 ヤツが当主になっちまえば、税が発生する。


 無役無官で領地もないカッソール家は、ただでさえ少ない俸給から税を捻出しなければいけなくなるもんな。


 ウチの村も今は開拓したてってことで免税してもらってるが……二年後からはしっかりと納めないといけなくなる。


 それまでには、なにかしらの産業を形にしねえといけねえんだよなぁ……


 俺がそんな事を考えてる間にも、バルディオは出されたお茶をひと含み。


「そんなわけで陛下の直臣の一員としては、あの家は邪魔で仕方ないんだよね。

 国になにももたらさないクセに、権威欲だけは一丁前でさ。

 機会があったら潰してやろうってのは、私達共通の見解だ」


 ――バルディオがいう私達というのは、貴族院の上位機関――陛下の直臣達で構成された枢密院の面々の事だろう。


 立場が上すぎて俺にはいまいち理解できないが、辺境伯や将軍、宰相や大臣達が名を連ねている国の中枢だ。


「……それで戦争なんて言ってたのか」


 呆れた俺の言葉に、バルディオはうなずく。


「王族だ公爵だと粋がったところで、あの家はもはやその程度なんだよ。

 むしろ枢密院は、ユリシアを娶ろうとしている君に注目してるくらいさ」


「……わたし、ですか?」


 ユリシアが驚きの目をバルディオに向ける。


「君の発明した魔道器が、それだけ評価されてるってことさ。

 護身用の結界の腕輪とか、ご令嬢方にかなりウケが良いって話だよ」


「あー、確かにアレは冒険者にもウケてたな……」


 魔道が得意じゃないヤツでも、喚起詞ひとつで結界を張れる上、それまでの結界魔道器と違って両手が塞がらないからな。


 発明したのがユリシアだと知ったのは、一緒に暮らすようになってからだ。


「わたしはただ、自分用にと考えただけなんですが……」


 学生時代におかしな噂を立てられて、身の危険を感じたから思いついたつってたな。


 照れて顔を赤らめるユリシア。


「そんなユリシアとくっついたのが、古代騎を使ってすごい勢いで開拓を進めてるノルドだ。

 普通の騎士は、兵騎に土木作業させようなんて考えないからね。

 枢密院としては、いやでも注目しちゃうよね」


「使った方が効率良いんだから、なんでも使うべきだろ」


 俺はバルディオに腕組みして胸を張って見せる。


「むしろ、なぜ他領では使わないのかが不思議なんですよね……」


 ユリシアも首を傾げている。


「貴族はどうしても、兵騎は戦の為のモノって認識が強くてね。

 私だって、ノルドの話を聞くまで思いつかなかったくらいだよ。

 話を戻すけど――そんな風に考えられて、国の発展に貢献するであろう君らを、今回のようなくだらない話で潰させるわけにはいかないんだよね。

 ――だから、カッソールは潰そうと思う」


 目を細めて、黒い笑みを浮かべる親友。


 ……ふむ。


「そこまで断言するって事は、おまえの中じゃあ、もう計画ができてるんだな?

 ――聞かせろよ」


 俺の問いかけに、バルディオは芝居がかった仕草で大袈裟に両手を広げて見せて。


「古来から女性をかけて男が争うなら、決着法はひとつだろう?

 それが貴族となれば、なおのこと!」


 ぐるりとこの場にいる面々を見回し、バルディオは宣言した。


「――決闘さ!」

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