第29話 追放される者の王


「……ザードのもと後輩か……」


 その後、家に戻った俺たちは、BBの食事を味わいながら、今日の首尾を話した。

 

 今日のBBの食事はカレーだ。

「たまには庶民的なものもいいかと思いまして」

 無表情にBBが答える。

 傍らには、ドラゴンのイズミがぎゃあぎゃあ吠えながら旋空していた。

「おいしいですよ、このカレー」

 ザードが口いっぱいにほおばりながら、褒めた。

 

 確かに、BBのカレーは美味かった。

「古代世界にはない、変わった調味料がたくさん手に入ったので」

 BBは俺たちが学園で調査している間、独自でこの世界の探査を進めているようだ。

「奥の深い世界ですね――カレーというものは。ほんのわずかな配合で、全く味が変わってしまう」

 袋から取り出した、鬱金色のパウダーを、BBは灯にかざす。

 見つめる瞳は、興奮できらめいている。

 夢中になれるものができたということで、めでたしめでたしなのだが……。

 

「しかし、まさかエグザがいるなんて、思ってもいませんでした」

 しみじみとザードが言う。

 

「……なんだか、見たことのない人たちがたくさんいた気がします」

 マキが感想を言う。

「生徒会の連中が、ザードにも接近していたとはな……」


 怪しげなムードの、ぴしっと制服を着こんだ連中。

 生徒会、その長のザッシュ・ケーン。

 ハイ・エーナに付き従う様子は、忠実な部下といった感じだった。

 どう考えても、教師と生徒ではない。


「生徒会のメンバーには、妙な噂があるんですよ」

「噂?」

「なんでも――おかしな研究をしているって」

「研究がおかしなことなのか?」

「魔法の研究は、魔法学園の本分ですが……わざわざ噂になるってことは、相当変な研究か、あるいは秘密にしなければならない理由があるのかもしれませんね」

「例えば、どんなだ」

「そうですね……お小遣い稼ぎをしているとか」

「なるほど――」

 魔法の技術を使って、利益を上げている。

 それは、大っぴらにするわけにはいかない。

「私を捕獲しようとしたときに、魔力封じのタリスマンを持っていたやつがいたんです」

「タリスマン――護符か」

「安いものじゃないです。ああいうものを持つ財力が、生徒会にあるとすれば財源もあるはず」

「あるいは、やつらがそれらを密造して、売りさばいているとかな」


 ハイ・エーナが先導し、魔法の道具を製造する。

 それらを秘密ルートで販売し、巨万の富を得る。

 タヌーキ学園長には、売り上げの何割かを渡せばいい。

「魔法の品物は、冒険者ギルドや魔法協会によって販売や流通が仕切られています。どうしても必要な人が、転売などで無茶なお金で買わなくてすむように」

「学園ぐるみで密造が行われているとすれば――王が動いてもおかしくない話だな」


 蓋然性は高い。

 だが、あくまで可能性の話だ。

 ワンズに伝えるまでもあるまい。

 まだ、やつらの動きを確かめてからでも遅くはないだろう。

「それから――創立祭の話か」

「ディーンは、何か言われましたか?」

「――武道会に出場しろ、と言われた」

 まったく、予想外の話だ。

 そもそも俺は用務員だ。用務員が武道会で戦うなど、聞いたことがない。

 

「やればいいじゃないですか。参加しましょうよ、武道会」

 が、ザードの返事は意外なものだった。

「――大丈夫なのか? 俺たちは潜入捜査をしてるんだ。あまり目立つわけにはいかない」

「今更何を言ってるんですか。正義の用務員現る! って、学園内はディーンの噂でもちきりですよ」


「むぅ……」

 俺は黙ってしまう。

 ひたすら目立たないように、用務員に徹していたつもりだったのだが。

 どうしてこうなってしまったんだ?

 

「……私のクラスの友達も、ディーン様の噂をしてます」

「何で、そんなことになるんだ……」

「私が触れ回ってますからね」


 エッヘンと胸を張るザード。


「いずれにせよ、ディーンの活躍は、敵方の捨て置けないところまで来ています。武道会に引きずり出すまでにね」

 カレーを全部食べ、水をごくっと飲み干す。

「こうなったら毒食らわば皿まで! 武道会で優勝するっきゃないです!」

「趣旨が変わっているような気がするのだが……」

「……ディーン様が用務員としてトイレ掃除ばっかりやってるのも趣旨が変わっている気がします……」

 小声で突っ込んでくるマキ。

 あ、突っ込みを入れるくらいまで、俺たちに心を開いてくれているか。

 

 まあ、それはそれとして。

「ワンズは大丈夫なのか? 彼女の腹案とずれてしまっているような気もする」

「いいんじゃないですか? もともとワンズの作戦だってゆるゆるですし」

 まあ、現状の報告をしても、すべてオッケーで通してくれている。

 俺が不良をボコったりしても、お咎めされたことはない。

 鷹揚な性格な王族なのだ。

 

「まあ、彼女の許可が出次第、参加エントリーをすることにしよう」

 あまり気は進まないのだが、ザードの言う『毒食らわば皿まで』という発想も、間違っているとは思えない。

 このまま敵の出方を伺っていては、俺たちは相手に追い詰められていくだろう。

 ザードやマキを、これ以上危険に晒すわけにはいかない。

 ならばいっそ、相手の策略に乗ったふりで、相手に姿をさらすのも一つの作戦かもしれない。

「――創立祭の武道会……一体何が待っているか」


 そうして、一週間が過ぎた。

 俺たちは調査を続けながら、武道会へスキルの調整と練習を怠らなかった。

 ワンズからの許可は、次の日に来た。

『当日、私たちも見に行く』

 とのことだそうだ。

 

 そんなこんなで、創立祭の前日。

 俺が一人で、家の裏で素振りの練習をしていると。

 

「――ディーン、ちょっといいですか?」

 背後から声がかけられた。

 ザードだ。

 俺は竹刀を下ろして、彼女の方を振り返る。

「何かあったのか?」

「BBに食事を作ってもらいました。一緒に食べませんか?」

 俺たちは並んで腰を下ろした。

 すでに日は暮れて、星空が広がっている。

 ザードがBBの作ったサンドイッチを手渡し、お茶を入れてくれる。

 疲れた体に、あたたかいお茶が染みた。

 

「いよいよ明日ですね……武道会」

「そうだな。あっという間だった」

「無理はしないでくださいね」

「どうかな。セコンドの判断に任せるよ」

 当日は、セコンドが一人つくことになっている。

 治癒魔法などは禁止だが、アドバイスをもらったり、応急処置を受けることができる。

 ザードに、セコンドをまかせることにしていた。

 マキは友達と観客席で応援することになっている。

「不思議なものですね……一緒のパーティになって、追放されて……あの時のことが夢みたい」

 夜風が、ザードの髪をなびかせる。

 

 星月夜、というのだろうか。月の光こそないが、星の光が月光より強くまたたく、そんな夜。

 あかるく照らされたザードの顔は、美しかった。

「ディーンは……」

「え?」

 俺はザードの言葉にどぎまぎする。

 思わず彼女の顔に見とれていたのだ。

「ディーンは、後悔してます?」



「――後悔は、一度もしたことがないよ」

 即座に、言葉が出た。

「一度も?」

「子供の頃、スキルが無いということになってから、俺は追放されっぱなしだった。家からも追放されたし、学園からも追放されたし、パーティからも追放された。

 でも<追放>というスキルを覚醒させて、自分の村から追放されたマキや、自分のかつての文明から追放されたBB、それに王家から追放されかかっているワンズと一緒に冒険している。

 不思議な縁だ。追放された人々が、俺の周りに集まっている。そういう運命なのかもな」

 

「……」


「いずれ俺は、追放された人々のために、もっと働けるようになりたい」

「――それは、えらくなりたいっていうこと? 王様になりたいっていうこと?」

「わからない。でも、世の中には追放されて苦しんでいる人がまだまだいると思う。昔の俺みたいに、自分に生きる価値なんてないと思っているような人たちがね。

 そういう人に、手を差し伸べられる人間でいたいんだ」

「ディーンなら、きっとなれますよ……王様にだってなれます」

 ふいに、肩に重みがかかった。

 ザードが、頭を寄せてきたのだ。

 俺は、そのままにしていた。

 髪の柔らかいにおいが漂って、頭がくらくらした。

「私が、してあげます……」

 そうして、俺たちは二人きりで、しばらく星空を眺めていたのだ。

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