第7話 美少女のお世話は大変だけど……


 なーちゃんが、体より大きそうな毛布を一生懸命に抱えて、よたよたと持ってきてくれた。助けてあげたいが、はーちゃんを抱えているため動けない。

「ありがとー、はーちゃんの上にぼふって置いていいよ」

 なーちゃんが懸命に毛布を投げたのを片手ではーちゃんを抱えつつ、片手で受け取る。……端がちょこっと土についた気がするけど、いいか。

 しゃがみ込むと、膝の上に毛布を広げて、はーちゃんの体をす巻きのように包む。なーちゃんは興味津々でのぞき込んでいた。

「誰かに聞かれたら、はーちゃんはちょっと疲れて寝ちゃったってことにしてね」

「わかった!」

 よい返事だ。声だけだと、はーちゃんなのかなーちゃんなのかわかりにくいが、まあ気にすることはないだろう。

 勝手口から入るとかえって怪しまれるので、表に回り、堂々と玄関から家に入る。幸いなことに玄関のあたりにはまだ人がいなかった。長テーブルやら、白い布やらが置いてあるところを見ると、お通夜の受付を作っている最中なのだろう。

「はーちゃん、ちょっと疲れちゃったみたい。眠そうだから、上に寝かしとくね」

 奥に声をかけて、台所脇の階段を上る。なーちゃんは何も言わずについてきた。

「なーちゃん達、どこのお部屋?」

「こっちー」

 なーちゃんが先に立って、自分たち家族に割り当てられた部屋に入っていく。

「お邪魔しまーす……」

 なんとなく挨拶をして中にはいった。人の部屋を勝手に覗くようで、申し訳ない気持ちになる。

 まだあまり荷物は広げていないようで、スーツケースが二つと、小さなカバンが二つ、部屋の隅にまとめられてあった。ちょうど窓から西日が入ってきてまぶしい。真っ赤な地平と朱と濃紺のグラデーション。少しだけ不安になる色だ。

「なーちゃん、カーテン閉めてくれる?」

「はーい」

 なーちゃんが背伸びをしながら、カーテンを閉めている間に、はーちゃんを毛布ごと床に置き、押し入れから布団を出して敷く。はーちゃんを布団にうつして、新しく押し入れから出した毛布と、羽毛布団を掛けた。

「そういえばこの毛布、どこから持ってきたの?」

「んとね、車の中」

「車まで取りに行ったの!?」

「おとうさんが、持ってきたよ?」

 ああ、そうか。車で使っているものを部屋に持ってきて置いてあったのか。なんとなく理解する。

「ありがと! 助かったよ」

「気がついたのは、はーなんだよ!」

「でも持ってきたのはなー」

「二人ともえらいえらい、ありがと」

 なーちゃんの頭をなでる。腕がとてもだるいことに気がついた。ここまでずっと抱っこして来たのが効いている。普段の運動不足がたたった。

「はーちゃん、大丈夫かな」

 なーちゃんが、はーちゃんの横に座って彼女の顔をのぞき込んでいた。

「大丈夫、あたしここにいるから」

「はーちゃん……」

 なーちゃんの目に涙が浮かんだ。慌ててなーちゃんを抱きしめる。

「うう……、ううう……、ひっく……」

 子供なりに気を使って、声を殺して泣いている。本当は泣きわめいてもいい年頃だ。

「ごめんね、本当にごめんね」

 私はなーちゃんの背中をぎゅっと抱きしめて、なで続けた。それしか、できることがなかった。

「おねーちゃ……ん……」

 なーちゃんの体重が急に重くなった。泣き疲れて寝てしまったかな?

「なーちゃん?」

 小さな声で呼びかけても、返答がなかった。

「ごめんね」

 謝ると、私は足で掛け布団をまくり上げて、はーちゃんの横になーちゃんを寝かせた。二人とも顔がよく似ている。よく見ると、なーちゃんの胸だけが上下に動いていた。二人に布団を掛ける。服がしわになるのが少しだけ気になったが、年頃の女の子の服を勝手に脱がすのは気が引けた。

 一息つくと、一気に緊張が解けて、力が抜けてしまった。このまま倒れ込みたい。けど、そういうわけにはいかない。なんとか意識をたもって部屋を出ようと、ふすまに手をかける。

「髪の毛、ぐしゃぐしゃだよ」

「うわっ」

 せっかく小声で話しかけてくれたのに、私はびっくりして大声を上げてしまった。

「なーが寝ててもあたしは起きてることができるみたい。体は動かせないけど」

 なーちゃんの口から、はーちゃんの声が、ぼそぼそと聞こえた。布団に逆戻りする。

「はーちゃん!!」

「あたしは大丈夫。おねーさんだから。でもなーは、あたしのこと心配して……。だいぶ疲れちゃったみたい」

 大丈夫なわけがなかった。でもけなげな思いを否定するわけにはいかなかった。

「絶対に体取り戻すからね」

「どうやって取り戻すの?」

 答える言葉を持たなかった。私の力は、たまに夢を見る、それくらいだった。

「ふふふ。ごめんね、意地悪して。……おじいちゃんから、ごしんじゅつ?、ほかにも教わってるんだ。おねえちゃん、こっち来て」

 なーちゃんに近づく。

「動けないから、おでこくっつけて」

 素直になーちゃんのおでこに自分のおでこをくっつけた。暖かい。

「おねえちゃんのおでこ、冷たいね。……大地の巫女たる葉月が求める。この者の体を癒やし給え」

 おでこが発熱する。顔、首、胸、腕、指先、全身にじんわりとしたぬくもりが広がっていく。

「ほんの少しなんだけど、疲れがとれてない?」

 いたずらっぽい声に聞こえた。そういえば腕のだるさがとれているし、眠気もだいぶ飛んでいた。

「すごい、すごいすごいすごい」

「でしょー」

 はーちゃんが、どや顔をしているのが見えるようだった。

「おじいちゃんによるとね、はーが大地の巫女でなーが天空の巫女なんだって。二人あわせて天地の巫女になるんだって」

「そんな話、初めて聞いた」

 あたしにはそんな話しなかった。

「あたし達の力は弱いけど、ちゃんと修行? しないと、人を傷つけるかもしれないって、おじいちゃんから教わったの」

 声が少し暗くなる。

「あたしもなーも、あんまりよくわかんなかったけど、ちゃんと頑張ったんだよ」

「すごいね」

「うん。頑張ったから、おねーちゃんを助けれた!!」

「本当にありがとう」

「おねえちゃん、泣いてるの?」

 手を顔に当てる。いつの間にか涙が出ていた。

「もっと大きくなったら、色々教えてくれるって言ってたのに、おじいちゃん、死んじゃった」

 はーちゃんの声は不満そうだった。

「ほかにも何か教わった?」

「二人でやる封印の術と、はーの快復の術、なーの浄化の術だけなの……」

「浄化の術?」

「うん。すごいんだよ、なー。病気になったお花とか治しちゃうし、風邪の菌も殺す? から風邪とかも治っちゃうの」

 除菌機能か?

「はーとなー、おねえちゃんの役に立つかな?」

「たつたつ。当たり前じゃない!」

「よかったよぅ」

 はーちゃんがまた泣き始めた。体はなーちゃんなので、変な感じだが、なーちゃんの頭を抱きしめる。

「……もう大丈夫だよ」

 はーちゃんが言うが、私はもう少し彼女を抱いていたかった。

「大丈夫だってばー。……おねえちゃん、おっぱい小さいね」

 ばっと離れる。

「と、と、突然何を!」

「お母さんにぎゅっとされた時は、もっと苦しかったから」

「ませガキー」

「ませガキってなぁに?」

「……知らなくてもいい言葉」

「えー、教えてよー」

 はーちゃんに励まされてしまった。はーちゃんは、持ち前の明るさで、場の空気を変えるのがうまい子だった。

「おねえちゃん、下手伝ってくるから、朝までこのまま休んでて?」

「わかったー、それじゃパジャマに着替えるねー。って体動かない……」

「パジャマどこ?」

「あたし達のカバンの中に、すぐ出るようにはいってるはずー」

 隅の小さなカバンを開けると、おやつやらジュースやらの下に少し厚手のパジャマがはいっていた。取り出して、はーちゃんに見せる。

「それ、なーのやつー」

「じゃあ、これでいいね」

「あ、今はなーなんだった」

 パジャマを持って、なーちゃんのそばに戻る。

「着替えさせてー」

 ぐったりとしているなーちゃんの背中に腕を入れて、持ち上げようとする。

「ん……、ふわぁ」

 なーちゃんの目が半開きになった。

「なー、自分でお着替えできる……」

 そう言うなり立ち上がると、胸元のボタンを外し、ワンピースを裾から持ち上げる。が、頭に引っかかって、ふらつく。「あぶない」私は、慌てて支えると、腰の部分を支えて、服を上に引っ張って脱がしてあげる。白の綿のキャミソールとパンツだけになると、もぞもぞとパジャマを着始めた。私はなんとなく見てはいけないような気がしつつ、まだ寝ぼけているなーちゃんが倒れると危ないので、チラチラと横目で見る変態のような挙動になってしまった。

「おやすみなさい」

 ズボンは半脱ぎ、おなかも出たままの中途半端な状態で、なーちゃんは布団に潜り込んでしまった。「ま、いっか」気にしないことにすると、なーちゃんの脱いだワンピースをハンガーにかけてカーテンレールにつるした。

「これでいいかな、はーちゃん?」

 返事がなかった。どうやら、なーちゃんといっしょに寝てしまったらしい。困った。一人だけ着替えているというのも不自然だろう。

 もう一つの小さなカバンを開けると、ごちゃごちゃと詰まった一番下に、なーちゃんとおそろいのパジャマが入っていた。意を決して取り出す。

「お着替えしますよー」

 ピクリとも動かないはーちゃんの体に呼びかける。寝かしたまま、胸元のボタンを外す。……なんだかイケナイことをしている気分になってくる。

「ぬがしますよー」

 少しでも罪悪感を減らすために、わざわざ確認してから洋服に手をかける。思った以上に完全に力の抜けた少女の服を脱がすのは大変だった。なーちゃんよりもほんのわずかに膨らみ始めている胸は、全く動いていない。現実を思い出して、今度はパジャマを着せる努力をする。無理矢理着せているせいで、たまに手がデリケートな部分に当たってしまい、とても申し訳ない気持ちになる。

 なーちゃんよりもかなり雑な着方になってしまったが、まあ、これくらいで許されるだろ。これ以上完全に着せるのは難しい気がしたので、布団を掛けてごまかすことにする。

 脱がせたワンピースをなーちゃんのワンピースの横につるした。

 せっかく疲れを癒やしてもらったのに、またどっと疲れてしまった。でも、そろそろ下に戻らないとさすがにヤバい。部屋の片隅に鏡台を見つけると、まとめてあったお団子髪をいったんといて、まとめなおす。化粧も直したかったけど、ポーチは台所に放っておいた気がする。

「はぁ」

 少しだけため息をつくと、諦めて、部屋を出て、ふすまをそっと閉めると、通夜の準備に参加すべく、階段を降りた。

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