Au-225 ムリーヤ 2022年2月

 世界最大と言われる巨大な怪鳥の存在を知ったのは、数年前のナショナルジオグラフィックか、ディスカバリーの番組プログラムだったと思う。


 番組名はそう・・・「潜入!超ド級構造物のエンジニアリング」だ。(調べた)

 タイミングが合えば、今でも再放送をしている。


 エアバスのベルーガや、ボーイングのドリームリフターより、全体の形状がとても美しく、正面から見るおにぎり型の顔に愛嬌があって、一目で夢中になった。


 時折日本に飛来するらしいが、空港まで見にいくことはなかった。

 YouTubeのアントノフ公式チャンネルで、離着陸する機内の様子や、機外の様子を公開していたし、世界中のファンがたくさんの動画を撮って公開している。

 私は、それらを家でリラックスしながら見るのが大好きだった。

 私は推しを影から見守るのが好きなのだと思う。



 2022年2月。突如戦争が始まった。

 ロシア軍のウクライナへの攻撃。

 当然、空港は攻撃の最優先目標の一つになる。

 Twitter界隈の飛行機クラスターの諸兄が、ムリーヤやルスラーンの心配をしていた。そして、量産機であるラスラーン達が、今どこにいるのかの情報も逐次入ってきた。

 結果的にルスラーンに関しては半数近くが無事だったのではないだろうか。

 今はドイツに拠点を移したアントノフ航空が、彼らを運用して事業を継続している。


 さてムリーヤだが、数日前にどこの空港にいたとか、現在はベースであるホストメル空港に戻っている等など、数々の情報が錯綜したが、2月の終わり頃にTwitterから流れてきた上空から写真(衛星写真?)に愕然とした。


 抉られた地面と滑走路。

 穴の空いた格納庫。

 格納庫から少しはみ出した、特徴的な尾翼と、前屈みになっているムリーヤと思しき機首。


 無事なのか無事でないのかはわからなかったが、ムリーヤにが起こっていたのは、その写真からでも明らかだった。


 その当時、アントノフの社長兼ムリーヤのチーフパイロットを務めるドミトリー・アントノフ氏も、まだ現地に行けなくて被害状況がわからないと言っていた。

 ただ彼の悲痛な表情が忘れられない。


 3月だったろうか、解放されたホストメル空港に入ったドミトリー氏達が、動画を公開してくれた。

 英語の字幕で大体のあらましがわかる。

 彼が時折つく、悲しみに満ちた深い溜め息が、辛かった。


 破壊されたヘッドクォーター、ソ連兵がここを拠点としたことを物語る生活の残骸とZの文字。彼の破壊されたオフィス、ブリーフィングルーム、アントノフの代々の機体などが残骸と化し、跡形もなくなっていた。


 駐機スペースだろうか。飛行機の残骸が並ぶ中、黒い何かのところで、ドミトリー氏が立ち止まった。


「ここに、ムリーヤの部品や、交替のクルーを運んでくれた機体があった。これは

 「彼女の遺体」だ」



 その後、格納庫のルスラーンへ。

 幸いにも大きな損傷は間流れたように見えたが、そこかしこに残る銃弾の跡が痛々しかった。


 最後に、ムリーヤ。


 収まりきらない巨体が眠る格納庫で、彼女の胴体部分は焼け落ち、支えきれなくなった機首が崩れ落ちるように地面に頭をもたげていた。

 巨大な翼も地面に触れて、それが胴体全体の崩壊を、エンジンが辛うじて支えているように見えた。


「やぁ、相棒」


 そう言って、煤けて所々銃痕が残るボディを、優しく撫でるの彼の手と、時折つく大きな溜息に胸が締め付けられる。

 涙無しで見られなかったが、最初から最後まで、彼は一切感情を顕にしなかった。時折混じるため息と共にただ淡々と状況を説明していた。




 何故この機は避難できなかったのか。


 6発あるエンジンのうち1発を、メンテナンスで外していたと言う話しをどこかで見た。

 だから、危機が迫っても逃げることができなかったと。

 5発あっても、この巨体を飛翔させるには、どうしても6発のエンジンが必要。

 それだけの推力を、この機は空に浮かび上がるために必要とする。


 もう、この美しい怪鳥が空を飛ぶ事はない。

 この動画で、世界最大の翼は永遠に失われてしまったことを、認めざるを得なかった。


 これを書くにあたり、確認のために動画を探したけれど見つけることができなかった。

 探し方が悪いのか、埋もれてしまったのか、消えたのか。

 ただ、公開時に見て強く印象に残っていることを、今ここに書いている。




 さて、話しは戻って、ムリーヤが破壊されたと言うのを知った2月末。

 私は突如始まった戦争と、「推しムリーヤが死んでしまったかもしれない」事実にショックを受けた。


 私は推しムリーヤのカタチになるものを持っていない。せめて手元に推しムリーヤの形代を持ちたい!


 そこでプラモデルを探したが、同じ事を考える人は多かったようだ。

 AmazonでドイツRevel社のアントノフカラーのプラモデルは、軒並みプレ値になっていた。(なお、デカール違いのソビエトカラーは不人気のようだ。安い)

 そこで困った時のeBayだ。


 プレ値になっているものもあったが、送料込みで日本で買うより少し安いぐらいのを見つけて即購入した。


 出品者から最初のメッセージが届いた。

 ドイツ語だった。

 わかんないよ。英語すら怪しいのに。

 さぁ!翻訳サイトの出番だ。


「1個でいいの? 近々入荷するから、複数個用意できるよ」


 どうやら日本のバイヤーと思われたらしい。

 しかし、私は個人のだ。


「ドイツ語はわからないから、英語でごめんなさい。素敵なオファーをありがとう。私が必要なのは1個です」


 そうして発送されるのを今か今かと待って、何気なくeBayを確認すると、届け先住所を間違えている事に気づいた。

 1年前に移転した会社住所のままだったのだ。


 まだ発送前だったので、慌ててメッセージを送る。


「住所が間違っていた。申し訳ないがこの住所に送って欲しい」


「わかった。新しい住所に変更して送る。安心して」


 その返事に言葉通り安心した。

 そして、発送通知から8日過ぎても、荷物は届かなかった。

 おや?怪しいぞ?

 10日過ぎると荷物はドイツに送り返されてしまう。


 不安になり追跡番号を調べると、移転前の住所の局に荷物は保管されていた。

 何はともあれ保管期限に間に合った。しかし・・・


 住所変わってないじゃん。


「彼らの大丈夫はアテにならないから!」


 と言う、欧州から特殊な部品を輸入している、知人の丸い顔が浮かぶ。


 急いで連絡を取り、数日後に郵便局の配達員が、待ちかねた荷物を持ってきた。


 箱!でか!!


 完成すると、1/144で全幅60センチ超え、全長40センチ超え。

 世界最大の航空機は、プラモデルの箱も巨大だった。

 組み上げるスペースもないため、私のとっておきの積みスペースに、それはしまってある。


 "ただ眺めるのと、自分のものと思って手に取って眺めるのとでは全然ちがう"

(ムーミン スニフ)


 君の言う通りさスニフ。

 買わない後悔より買う後悔(請求書)だ。



 あれからもう9ヶ月。

 世界最大の翼は永遠に失われてしまったが、ムリーヤの後継機を作ると言う話しも見かける。

 現実的には全く同じ機にはならないだろうし、現代の技術で建造されであろう、新設計のムリーヤにも興味がある。


 近いんだか遠いんだかわからない(戦争当事国のロシアは日本の隣国だ)戦場の悲惨さは、Twitterの現地投稿や、映像などから推測することしかできないけど、1日も早く、戦争が終わりますようにと願わずにいられない。

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