あやちゃん その1

その1-1 龍虎くんって、怪しくない?(あや視点)

 「それでねっ! 龍虎くんがね!」


「ふんふん」


 あたしは、カフェで遥の話を聞いている。

 今日は火曜日の放課後だ。


「それがもう……!」


 遥は、話の途中で若干照れた。

 う~ん、可愛いねえ遥は。


 先週の木曜だったっけ、遥から恋の相談を受けたのは。


 で、なんとなくあたしの考えを言ってみたんだけど、次の日には素直に龍虎くんが好きだって認めちゃったらしくって。


 あとはー、龍虎くんに手料理を作りたいとか言って、あたしも調理部に連れて行かれたんだよねー。


 あたしはダルいし入らなくていいかなって感じだけど、遥は調理部に入ることにしたらしい。

 あんなに奥手だった遥がねえ……。


「な、なに? 私の顔をじっくり見て」


「なんでも~?」


 恋する乙女は無敵だからね。


「あ、時間が。そろそろ帰らないとだね」


「んー、そだね。遥が龍虎くんの話に夢中で、時間経つの早いや」


「もう、あやったら!」


「あはは~」


 あながち冗談でもないんだけど。


「じゃあまた明日ねっ!」


「はいよー。んじゃ~」


 遥とは途中まで一緒に帰って、分かれ道で分かれた。

 遥、毎日こんなに楽しそうでいいな~。


「んー」


 あたしも彼氏作るか。


 なーんて、遥が龍虎くんと付き合う前提になってるけど。


 でも龍虎くんって実際どうなの?


 あの感じのくせに初心うぶそうには見えたし、良い人なんだろうけど、あの頭脳……。


「まさか、全て計算!?」


 いやいや、それはさすがにないでしょ。

 ……え、ないよね。


 あー、疑い始めてるあたし~!


「こうなったら」


 遥が龍虎くんを好きなのは良いと思う。

 あたしも応援してる。


 けど、龍虎くんが見せかけだけのチャラ男だったら許さない!

 実は裏で女抱きまくってましたとか、遥が傷つく!


 あの顔だよ?

 普通に考えて女が寄ってこないわけない!


「よし」


 あたしが龍虎くんを調査する!


 もし遥の恋が実って、龍虎くんに取られるのは寂しいけど、遥の幸せな顔は可愛くて好き!


 そうと決まれば、明日から決行ね。







「龍虎くん」


「どうしたの、遥ちゃん」


 一限と二限の間の移動教室。

 いつものように、遥が龍虎くんに話しかける。


 視線は……特に問題なしね。

 いや、今一瞬だけ胸元を見たかしら。


 遥もそれなりに良いものを持ってるから仕方ないわね。

 もう、これだから男子は。


 でもまあ、許容範囲。

 中学の時の男子なんてひどかったし、それに比べたら全然。


「……あの、あやちゃん?」


「な、なに!」


「いや、ぼーっとしてどうかしたのかなって」


「な、なんでもないけど~」


「それなら良いけど……」


 今の、あんまりあたしっぽくなかったかな。

 まあいいわ、とにかく続行ね。





 放課後、遥は正式に入部するらしい調理部へ行った。

 あたしは入らなかったので、今日は帰宅。


 けどもちろん、やることはある。


 それは、龍虎くんの追跡!


 思えば龍虎くん、普段は何してるのかな。

 あれだけスポーツが出来て、部活は入らないみたいだし。


 その上、あたし達が誘わない時は真っ直ぐ帰ってるっぽい。

 松原くんとか友達はみーんな部活だし……。


「まさか」


 放課後は他校の女の子といるんじゃ……。

 調査だわ、これは調査が必要ね。


「あ」


 龍虎くんが荷物を片付けて、席を立った。

 追跡開始よ。





 階段を下って、下の方の階に向かう龍虎くん。

 あたし達、一年生は四階だ。


 一階まで来て下駄箱……を、過ぎた?


 そのまま真っ直ぐ……?

 一体どこに。


「って、え?」 

 

 美術室に……あ、入った。

 え、美術すんの? ちょー意外なんですけど。


「……いや!」


 違う!


 美術室の先生、村椿かおり先生は、二十四歳でかなりの美人先生って噂の!

 もしかして……先生と禁断のいかがわしいことをするんじゃ!

 

 放課後どこへ行くのかと思ったら、まさかこんなところで!

 こうしちゃおけない!


「龍虎くん! そんなのダメ! ……って、あれ」


「……あやちゃん?」


 美術室の扉をガラッと開けると、今まさに絵を描き始める準備をする、龍虎くんがいた。

 

「りゅ、龍虎くん。それは?」


「これ? ああ、今から絵を描くんだよ」


「絵を?」


「う、うん。美術室で他に何するの?」


「……図工とか……ですけど」


 いかがわしい考えを持ってたのは、あたしだけだったみたい。

 ちょっと恥ずかしい。


「石川くん、彼女かな? 真面目に絵を描きたいからって開けてあげたのに、ここはイチャイチャする場所じゃないのよ?」


「い、いえ、違うんです! 僕は本当に絵を描きたくて」


「……」


 あたし、傍からすると龍虎くんの彼女に見えるのかな……。

 って、ダメダメ! 遥を差し置いて何考えてんだあたし!


「あやちゃん? 顔赤いけど、大丈夫?」


「──! な、なにが? 全然大丈夫だけど!」


 うそー、変なこと考えてるのバレてた!


「まあ、いいわ。せっかくならあなたもいらっしゃい。この学校、美術は人気がなくて寂しいのよ」


「え、あたしは──」


「いいから」


「あ、はい」


 結局、席についてしまった。

 大人の美人の圧よ。


「あやちゃんは書かないの?」


「うーん、あたしは見てる」


 てか、監視するみてる


「うーん、集中しずらいな……」


 なんて言いつつも、龍虎くんの手はスラスラと動く。

 って……え、嘘でしょ。


「うっま……」


 思わず絶句してしまうほどの、美麗なイラスト。

 なんかのキャラっぽい? 正体は分かんないけど、めっちゃうまい。


「え、プロ?」


「いやいやー、そんなことないよ」


 龍虎くんは否定するけど、ガチでイラストレーター並み。

 素人には分かんないけど、とりあえずめっちゃうまいのは確か。


「うーん、俺だけ書いててもつまんないよね」


「いや、そんなことは……」


 すでに二枚目、三枚目と手を付けている龍虎くん。

 書きながら、あたしのことまで気にかけてくれる。


「じゃあ、あやちゃんでも書いてみて良いかな?」


「あたしを!?」


 えー、急にそんなこと言われても……。

 でも、この上手さ、ちょっと気になる~。


「じゃ、じゃあ、よろしく」


「おっけい」


 紙をサッと変えた龍虎くんは、サラサラ~と鉛筆を進め始めた。

 で、あっという間に完成。


「どうかな?」


「……!」


 やば、これ……あたし?

 可愛すぎて疑うんだけど、特徴はたしかにあたし。

 

「これ、もらっても……良いかな」


「もちろん。喜んでくれたら良かった」


「よ、喜んだわけじゃ、ないけど……」


 ダメだ、なんか目を真っ直ぐ見れない。

 なんでだろ、なんか、目を合わせるのが恥ずかしい。


「ご、ごめん! 用事思い出したから帰るね!」


 このままじゃおかしくなりそう。

 そう思って部屋から出ていく……あ。


「これはありがと!」


 サッと部屋に声だけ入れて、美術室を去った。


 なんなの、もう……!


 わけが分かんないまま、急いで家に帰った。





 あたしの絵は、部屋にこっそりと飾ってある。

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