第1話 世界の頭脳

 俺が心のままに高校生活を謳歌おうかする前。

 前世の俺は文字通りのクズだった。


「ちっ」


 口癖はそんな、誰にも届かない舌打ち。


 心を開くどころか、口を開くことさえ滅多にないまま高校を卒業。

 自称進学校ということもあり、大学受験を受けさせられ、親が言われるままなんとか受かった地元の低学歴大学に進学した。


 それから今度こそ青春を、と思った俺は大学デビューを決意する。

 髪は金に、耳にはピアスを開け、妹に「似合わない」と言われながらも、必死に陽キャ集団と一緒にいようとした。

 

 正直楽しくはなかったが、集団の一人であるという自分は嫌いではなかった。

 あの言葉を聞くまでは。


「あいつって大学デビューだよな? なんかきもくね?」

「あーわかる。たまにどもるっていうか、なんかオタクみたいだよね」

「てか似合ってないよな? あの髪」


 裏で聞いてしまったんだ。

 たったそれだけだが、当時の不安定な俺の自我を崩壊させるには十分過ぎた。


「くそがっ」


 それからは、そんな口癖と共に家に引きこもる日々。

 いつしか、たまたま目に付いたVTuberやソシャゲだけが、俺の心のり所となっていた。


 でも、それだけならまだよかったんだ。


 俺はバイトをしていないにもかかわらず、親の金でスーパーチャット投げ銭を投げまくった。ただ名前を呼ばれるのが嬉しくて、「また石油王が来たぞ」と言われるのが嬉しくて。


 そうしていつしか止まらなくなった俺は、一か月で二百万を超える課金をしてしまった。

 父に「勘当だ」と言われ、家を追い出された。


 そんな俺が向かう先は、飛び降りるための廃ビルの屋上しかなかったんだ。


 俺はいた。

 今までの全てを。

 父に追い出されたことではなく、実の父にそう言わせてしまったことを。


 もし時を戻せるなら、ただ普通の生活を送りたい。

 ただ普通に友達を作って、ただ普通に暮らせればそれで良いんだ。


「でもまあ、もう遅いか」


≪遅くはないですよ≫


 そんな言葉が聞こえたのは、飛び降りる直前だった──。







「あれ……?」


 日差し? ……というか俺の部屋?

 

 大学で一人暮らしをさせてもらっていた俺には、懐かしい部屋だった。

 家を追い出された時も、リビングで片がついたしな。


「いやいや、そうじゃなくて」


 俺はどうしてたんだっけ?

 うーん、寝ぼけたのか、夢のようなものが頭を巡る。


 ……あれ、俺って飛び降りたんじゃなかったか?

 まさか、救急車に運ばれて自室に──


≪それはありませんよ≫


「うわあっ!」


 謎の声に反応して、思わず体が飛び退く。

 でもどこから?


≪ここです≫


 頭の中?

 今……あなたの頭に……直接呼びかけています……的なやつ?


≪そうです≫


「そうなのかよ!」


 声を上げたことで俺が起きたことに気づいたのか、下の階から声がする。


龍虎りゅうとー? 起きたなら降りてきなさーい」


 親の声に思わず体がびくっとする。

 散々悲しませた母さんの声を、「聞きたくない」と初めて思ったのは一体いつだっただろう。


「あれ? でも……」


 声がなんだか温かかったような。


「!」


 半分寝ぼけていた頭が完全に起きる。


 あれ、おかしくないか?

 俺は確か「勘当だ」と言われてこの家を……


≪大丈夫ですよ≫


 はあ? 何がだよ。

 そもそもこの状況がおかしいし……って、ベッドがなんか大きく見える?


≪とにかく行ってみましょう≫


「お、おう」


 まさかな、とは思いつつも妙に説得力のある謎の声に後押しされ、階段を降りる。 

 リビングからは朝食の匂いがした。


「おはよう」


「お、おは、よう……」


 目を合わせられない。

 いつからこうなってしまったのか。


「もう、またそんな顔して。来週から学校でしょ。ほら、高校生活は楽しくしたいって自分で言ってたでしょ? 頑張ってね」


「……え?」


 耳を疑った。

 来週から高校……? 


「はは、何言ってるんだよ。だって俺は──」


「春休み気分はそろそろおしまい! ほら、さっさと食べてしまいなさい」


 んんん?

 何がどうなってるんだ?

 状況が飲み込めない。


 だけどこんな時、有能な脳内への声なら……


≪そういうことです≫


「って、おーい!」


「龍虎??」


「あ、ごめん。なんでもない」


 この野郎、思わず口に出してツッコんでしまったじゃねえかよ。

 結局どういうことなんだよ!


 今、分からないふりをして、実は心の中ではお前に期待してたんだよ。

 こんな時、もっとなんかあるだろ?

 実は私はチート能力で~とか、タイムスリップして~とか。


≪そうでしたか≫


 こいつ、ラノベでよく見る様な世界の声的な存在じゃないの?

 少なくとも俺はそんな存在を期待してたよ?

 思ったよりポンコツ……?


≪失礼な。では私の力をお見せしましょう≫


 や、やってみろよ。


「ん?」


 母さんの頭上に、メッセージのようなバーが現れる。


ー---------------

石川美咲 好感度:100

ー--------------- 


 好感度? ……って、あの好感度?


≪そうです、あの好感度です≫


 これ本当に合ってる? 適当じゃない?

 家族だからそうなのか、という感情と、なんだか照れ臭い感情が入り混じり、とりあえず疑うことに気が向いた。


≪間違いありません。なんたって私は、“世界の頭脳”ですから≫


 なんかそれっぽい名前きたー!

 超ありがちなやつ!


≪あまり嬉しくはないですね≫


 お、そう? 俺は割とテンション上がってるんだけど。

 じゃあそうだなあ……。


 『ノーズ』なんてどうだろう。

 頭脳を反対から読んで、それっぽくしてみただけなんだけど。


≪……! 悪くは、ないですね≫


 こいつ分かりやっすう!


 にわかには信じていない。

 だけど友達が一人としていなかった俺には、気兼ねなく話せる相手に思えて、なんだか嬉しかった。


 そして俺はだんだんと気づいていく。

 こいつのすごさ、こいつのチート具合を。


 ノーズは、俺の腐り切った人生をやり直させ、人生に彩りをくれたんだ。

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