第36話 WPCの産業利用の現在

 2028年の4月、18歳で本来なら大学1年生の僕は、K大技術研究所のWPC基礎研究室の主任研究員と、T大のWP研究所のWPC産業化研究室の主任研究員に任命された。僕は結局高校に行くことなく、当初はK大の技術研究所を舞台にWPCの産業への実用化に励んできたのだが、大学をどうするかは正直迷っていた。


 ちなみにT大の物理学教室で准教授だった父は、2年前に従来の物理学・化学では説明できないWPCの働きについてWPC物理学を打ち立てて学会に発表した。この論文は学会で大激論を呼んで、賛否両論の大騒ぎになった。


 しかし、実際にそれを駆使しているピートランに生きていたバーラムと長く議論を交わしていた父は、豊富な理論的裏付けを用意することができた。そして、すでに実用化されている多くのWPCは何よりの説得力を持っていた。だから1年もしない内に反論者は黙るしかなくなって、学会で父の論文は正しいと認められることになった。


そして、父はWPC物理学の創始者として認められたためもあって昨年教授に昇格した。そのこともあって、僕がWPCの産業化のためにK大技術研究所に入り浸っていたものを、父を通してもう少し公平にという話があったのだ。


 しかし、元々は父との関係もあってWPCに関してはT大が独占状態に近かったことから、他の大学や研究機関が不満を抱いた面もあったのだ。だから、K大の方は九州も含めて西の他大学も出来るだけ巻き込む形で研究を進めている。


 そして、T大でもWP研究所を設立するのを機会に、研究員として正式に属することになったが、僕はその際にもっと他の大学関係の研究機関へも門戸を開くように強く働きかけたのだ。


 また、僕がどちらかの大学に入学するかどうかについては、両大学共に“今更”と言う反応であった。代わりに研究員の話があった訳であるが、どちらも断れずというか、断りたくなくて18歳になるのを機に先述の2つの研究所の研究員になることになったのだ。


 なお、T大がWP研究所としているのは、K大とは異なりWP能力そのものの研究を、生理学などの基礎から行っていることもあっての名称であり、WPCはその大きい柱の一つということになる。


「はあ。修が主任研究員ねえ。私がまだ学生と言うのに」

 姉のさつきがK大の技術研究所の僕の研究室でため息をついて言う。彼女は、4年生でWPC教室の熱利用研究室に属しているが、指導教官は博士号を取って同じ研究室の講師になっている真中である。


 真中が中心になって生み出したWPCを使った熱利用システムは、日本においても各家庭、事務所、事業所必須のエアコン・システムになっており、今や大部分の建物に導入されている。

「まあ、姉さんも結婚もして、将来は約束されているからいいじゃんか。経済的には困らないしね」


 僕が言うように、姉は医療用のWPCの活性化を引き続きやっており、それだけで年収数千万になっている。また、姉は恋仲だった真中が博士課程を卒業して、助手に採用されたことを機に、2ヵ月前に結婚したばかりだ。


 真中はまだ薄給であるが、彼にはWPCエアコンシムテムの基本特許に関して権利があり、また熱関係のWPCの活性化もできるようになっているために、年間1千万円ほどの収入がある。だから、姉と合わせれば十分すぎる収入があるのだ。


 ちなみに、WP能力者男女の心身の結びつきは、能力が強い方に引っ張られることがすでに確かめられており、姉と真中が男女の関係になってからは、80ほどであった真中のWPSは180ほどにもなっている。なお、姉のさつきは破格の452WPSであるが、すでに伸びはほぼ止まっている。


 現状では、医療用のWPCは他に1名、WPSの高いインド人の留学生に回路に教え込んだところ活性化できるようになった。医療用WPCを活性化できるWPSの数値は400WPS程度のようで、それ以上の者は世界で数十人現れている。

 だが、WPCの回路の本質を理解が出来ないものが多く、今のところアジャーラを含めて活性化できる者は世界に4人しかいない。


 ところで、僕はアジャーラとすでにそういう関係になっている。お互いに想いあっている健康な男女が、ほぼ毎日一緒にいるのだから、そうなるのは自然だよね。彼女は2年ほど前から、医療用だけでなくあらゆる種類のWPCについて深く学びそのなかで活性化もしている。


 WPCについては彼女の理解の度合いについては、日本のみならず世界中の能力の高い人々が学んでいるので、トップとは言えないけれど、何と言っても780WPSのWP強度というアドバンテージがある。


 僕と彼女はそういう関係になってからは互いに能力が伸びた。多分これは男女のパートナーが心身共に深い関係になった場合の相互引き上げと、まだ僕らが若いという点があると思っている。僕は、そうなる前の550WPS余りが今は800を超えてまだジリジリ伸びている。


「じゃあ行こうか。バスも着いたようだから」

 研究室にノックがあって、義兄の真中博士が顔を出して言う。


「ええ、じゃあ行きましょう。試験所まで30分くらいですかね?」

 僕が応じて隣に座っているアジャーラを促して立ち上がる。今日は京都市の西の山中にあるK大の演習林に作られた試験場で、新型ジェットエンジンの噴射試験があるのだ。だから、開発に携わった僕とアジャーラに姉夫婦が立ち会おうということになったのだ。


    ―*―*―*―*―*―*―


 何でジェットエンジンかということをここで説明しておく。

 現在日本の発電については、電力会社の保有する既存の化石燃料を使った10万㎾級以上の大型発電機はほぼすべてWPC方式に代わってしまった。


 このことによって、発電単価の大幅な低下が起き、家庭用・産業用の電力料金は現在では3年前の半分程度に落ちている。さらに日本政府が2025年4月に、立法化によって7年後までに工場内での温室効果ガスの発生ゼロを要求した。


 このことから、工場でのボイラーや炉が化石燃料を使わないWPC方式への転換が起きている。その流れで製鉄所においても、溶鉱炉から製鋼まですべてをWPC方式にしようと開発を進めている。


 この場合、大電力を要することになる事業所は、電力会社に頼らず自前のWPC発電機を所有することになると考えられている。一方で、真中が中心になって開発した家庭用・事業所の用のWPCエアコンシステムは、夏場のエアコンによるピークの電力需要を大幅に低減させつつある。


 こうした産業用と家庭用の需要の変化を考慮すると、トータルとして電力会社の供給する電力需要は30%程度増えると推定されている。それに対して電力会社は、需要地に近く中小規模の発電所を設けて対応して、電力網の増強拡充は極力行わないという方針である。


 これは、WPC方式の発電機が騒音・振動や排気ガスなの公害を出さず、極めてコンパクトであることから容易に用地の適地を見つけることが出来ることによる。実際に10万㎾級の発電所は、WPC方式の変電システムも開発されたこともあって500㎡の用地に収まる。


 また、車両の回転部に用いるR-WPCとEXバッテリーについては、最初は自動車の駆動部に使われ始めた。一方で2023年に発売されたWPC方式乗用車であるが、昨年の国内生産数は1200万台であり、ほぼ全数が国内で販売された。当然すでに国内ではエンジン駆動の自動車はすでに生産していない。


 これは、日本政府は上述の立法化と同時に、5年以内に内燃エンジン方式の車両の駆動部をWPC方式に全面的に切り替えることを法制化している。これを受けての自動車メーカーの対応であるが、政府の立法措置は当然WPC方式の生産体制が整えつつあるのを見ての判断である。


 日本の、世界一と言って差し支えないエンジン技術が使われなくなるのは極めて惜しいことである。だが、気候変動が実感できるような暴風雨の発生が異常でなく定常状態になると、人々も政府が求める温室効果ガスを出さないWPC方式への全面転換に同意せざるを得ない。


 一方で貨物自動車やバス、特殊車両2輪車であるが、これも乗用車と同様にWPC方式への転換を迫られており、実際に転換が進行している。乗用車の場合には、多くの場合が全体の買い替えになっている。


 だが、大型のトラックやバスなどは車両の価格が高いこともあって、車体が新しい場合にはエンジン部のみをWPC方式に換装する場合も多くみられる。そして、そのための交換キットも生産されているため半数ほどは駆動部のみの交換となっている。


 この日本の動きを世界の国々が黙ってみている訳もなく、国連も加わって地球温暖化防止を旗印に日本への全面的な技術の公開を迫っている。そして、日本政府の判断は、公開はやむを得ないことではあるが、出来るだけ日本に有利な形で行いたいというのが本音である。


 そして、WPCを作るには回路を刻んだ素材が必要であり、回路の機能を理解したWP能力者による活性化が必要である。素材まではしかるべき回路を開発できれば通常の工場生産で生産可能であるが、活性化は一定のスキルを持ったWP能力者が必須である。


 WP能力者になるには、WP能力者による処方が必要であるが、処方は日本政府が主導して在日外国人も含めて実施しており、日本に来たものに対して民間が処方をすることは妨げてはいない。更には2年前から日本政府は海外に総計で5万人に及ぶ日本人の処方チームを送り出している。


 これは、いわゆる途上国にはあご足は日本持ちで、処方料金のみは受益者(要は処方を受ける者)負担として、一定以上の経済力の国には、送り出す人の選定以外の費用は受け入れ側の国負担としている。そして政府は処方のやり方、処方後のWPの体内循環によるWP発現の促進の方法を全て公開している。


 だから、WP能力を発現すれば、他の人に処方を施すことが可能であるが、その人の持つWPSの値によってその効率は大幅に異なる。WPSが80以下の人は一人の処方に2時間は必要で、疲労のために、その日は他の人を処方することはできない。


 さらには、WPSの低い人、さらにWPCの回路の働きを理解できない人は活性化ができず、これができる人は民族によって違うがWP能力者の1/10~1/50である。このように、平均的には比較的利用価値が低いように見えるWP能力の処方を人々はこぞって受けたがる。


 これは、処方を受け、WPの体内循環を行うことで、脳が活性化されて知力が向上するからである。事実12歳以上の国民の90%の人々がすでに処方を受けた日本では、特に科学のみならず文学、哲学、音楽にまでも次々に画期的な成果が生み出されている。


 更には、病気と診断されるものが歴然と減っている。これは一つには医療用WPCの普及で、外科や感染症、様々な身体的疾患が殆ど短期で治療されることが大きいが、処方によって心の病の患いが殆ど解消されたことにもよる。つまり脳が活性化することで、人々が活発で明るくなる効果と説明されている。


 このように、日本はWPの処方と能力発現に至るまでは、ほぼ全面的に情報を公開して海外への協力も行っている。しかし、海外からはすでに日本が挙げつつある成果を見て、協力が足りないとは責められているが。


 そしてWPCについては、ほぼ従来の技術的な成果物なので、日本はWPほどにあけっぴろげではない。WPC物理学については、先述のように僕の父が解明して発表している。つまり、基本的な原理についてはすでに公開しているが、それから応用としてある作用を起こすための回路を考案して描くまでは長い道のりである。


 しかし、これはWPCを入手してそれのコピーをすれば、活性化前の素材はできる。そして、十分に回路学を勉強したものが回路を読み解き理解でき、かつ活性化に必要なWPSを持っていればWPCを完成できる。


 日本政府としては、本当は例えばWPC方式の発電所を丸ごと、またWPC方式駆動の自動車を日本のメーカーから売りたい。だけど、それは相手が受け入れがたいという問題のほかに、日本にそこまでの生産能力はない。


 だから、国策会社であるWPC製造㈱で作成したWPCに、出来だけ多くの機器を付属させて売ろうと考えている。

 そのために、出来るだけ早く基幹部分を標準化して、一体として売ることを考えている。発電機に関して、日本の大手メーカーが5万から100万㎾級のパッケージ化してWPC方式発電機を売りだしたのはその一環である。


 これらは十分な利益は乗っているが、従来のエンジン方式に比べ大体1/10のコストになる。また、運転費が従来のものに比べると、只に近いために一刻でも早く運転すればそれだけ運転費の節約につながることになる。

 パッケージ化によって、100万㎾級であっても工期が1年以内と極めて短いことから、製造する端から売れている状態である。


 また、自動車については、元々完成車が売れていた国々についてはより競争力が高まる。しかし、日本で生産する車はまだ2年ほどは輸出する余力がないので、海外工場の能力を目一杯高めている。


さらに、海外でWPC駆動の車を売るための基本的なインフラとして、B-WPCを備え たEXバッテリーの活性化工場を作る必要がある。これについては、日本政府も肝いりの上で現地資本との共同で順次建設を進めているところである。


 また、すでに自国に自動車産業を抱えている国に対しては、完成車を日本で独占することは無理であるため、シャフト毎の駆動部とEXバッテリーの販売にとどめている。そして、問題はどのようにWPCの模倣を防止するかであるが、これは基本的には難しい。


 回路を描いてその部分にカバーをつけても機能はするが、カバーを外せば回路をコピーは可能である。しかし、自社の工夫した回路を権利化しておけば、それをコピーするとその回路をチェックすることでコピーしたことが必ず解ってしまう。


 そこで、日本は各国に呼び掛けてWPCの回路の特許分科会を作り上げた。例えば回転の駆動に用いるR-WPCについては、基本特許はWP製造㈱が持っており、そのベーシックな回路は権利を買うことで使える。


 これは契約金と生産1台当たりの使用料からなっており、契約金は10万ドル、使用量は100ドルであるから良心的と言えるだろう。これはあくまで、WPC製造からWPCを買わずに自分で作る場合の話であるが、日本の自動車メーカーも自分で独自の工夫を入れて自分で製作している。

 この部分の工夫については各社が権利化しているので、無断でコピーすると賠償金と共に製造や販売の禁止などの措置が取られる。


 ところで、発電と車両へのWPCの活用で、大幅に温室効果ガスの発生が抑えられることは明らかである。そして、船についてはスクリューで推進するので、R-WPCによって推進が可能であり、すでにエンジン方式からの切り替わりが始まっている。


 この場合に船体の大きい船はWPCによる発電機を積んでいるので、燃料の補給なしにほとんど無限の航海が可能になる。だから、真っ先に軍用艦にR-WPCが使われたのは当然であろう。


 また、どんどん国際的な輸送の主役になりつつある航空機については、プロペラ機にすぐに適用されてすでに実用化されており、WPC発電機を積んだ貨物機も出現している。しかし、商用のプロペラ機の速度は精々時速600㎞程度であり、旅客用としては物足りない。


 そこで、機体に円筒を通し高速で空気を引き込み、噴射する方式が試みられたが、速度が200㎞/時足らずが限界でプロペラの方がましということになった。その開発に僕もかんでいたんだけど、アジャーラが「水を使ったら」と言ったのがヒントになった。


 ジェットエンジンは、結局燃料を燃やしてその排気と熱した空気を噴射しているわけだ。だから水から蒸気になると1700倍になる水を、爆発的に蒸気にして噴射すればよいと言うことでやってみた。


 水を熱して蒸気にするのは大きなエネルギーが要るが、振動によって熱を発するWPCに必要な電力はわずかだ。熱を発するWPC、水を熱で制限しながら蒸気にするWPC、さらに円筒内で空気を引き込み噴射するWPCを組み合わせた。


 そこで径5㎝の円筒の通気部として装置を組みたてて、実験した結果はゴーという噴射音音と共に相当な推力があった。所詮僕たちはその種のエンジンは素人なので、K大の航空工学研究室に設備と資料を渡したのだ。


 その後、何度かWPCの改造を頼まれてやった。余り詳しいことは教えてくれなかったものの、割に順調に行っているようだった。それが、2日前に相良主任教授から今日の実験の誘いがあったので、村山市の家からやってきたのだ。

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