第25話 姉さつきの進学、アジャーラの来日

 さつきは、特に問題なくK大に合格してルンルンの気分で、親友の真理ことマリリンと話をしている。真理が顔を顰めて言う。

「あの個別試験は、結構ハードだったよね。問題のテーマそのものは学校で習う内容に沿ってはいたけど、試験問題は教科者には載っていない内容ばかりだったわ」


 村山市を中心として、処方を受けた3万人余の高校3年生はセンター試験の個別試験を受けさせられたのだ。ただ、処方を受けて1ケ月未満のものは効果が低いということで免除されている。

 その結果の扱いは、大学によってまちまちであって、概ねの大学は、当該大学の受験者のセンター試験の平均点以上という足切りの基準で満足している。


 ただ、多くは処方を受けた者の救済措置として、個別試験の結果が良ければ参考にするという扱いだった。しかし、個別試験の平均点は満点の45%と言う結果であり、極めて難しかったことが伺える。

 結果的に言えば救済措置にはならなかったため、試験がうまくいかなかったもの達から評判は悪かった。


「でも、マリリン、上位10%の65点取ったんだから立派なものよ。私はあの問題は良問だったと思うよ。要は、授業と教科書をベースにどれだけその関連事項に興味を持って調べたかを試す問題だったよね。それこそが勉強というものだと思う」


「まあ、さつきは92点だもんね。流石よねえ。でも、その結果だと来年はあの個別試験はあるかどうか、疑問だと思うわ」


「まあ。でも今年は3万人だったけど、来年は受験者を優先して処方をするらしいから、実質全員が対象者になるでしょう。だから、個別試験は無しよ。いい問題だったと思うけど、惜しいわね。それにしても、結局平均点が足切りになったけど、うちの高校も進学先のレベルが随分あがったでしょう?」


「そうねえ。そもそも、私の場合で言っても、処方を受ける前ではW大はまあ無理なレベルよね。さつきだって、K大だって相当頑張らないと無理だったでしょう?それが、T大でも確実のレベルなんだから、得をしたわよね。

 うん、それは言えるよ。でも、理解力と記憶力が良くなって勉強そのものが楽になって、関連の勉強を進めることが楽しくなったということがあるでしょう?」


「うん、それは言えるわ。前は聞いても読んでも半端にしか解らず、特に英単語なんて何度やっても覚えられず嫌になっていたよね。それが、ほぼすべてが完全に理解できると、もっと調べようという気になるわ。

 さつきもそうだけど、私なんかもこの前には英検1級も受かったしねえ。今は英語の単行本を普通に読んでいるし、英語のメールをやり取りする仲間が3人いるわ。昔ベンパルと言って、英語なんかで手紙をやりとりする友達がいたらしいけど、英語関係の学科に進学する人が紹介してくれたの。メルパルとでも言うのかな?」


「まあ、マリリンは国際学部だもんね。でも、英検1級というと超難関資格だよ。基本的に、英語でのやり取りには困らないレベルだよね。それに合格したんだから、処方があったとしても十分な実力があった証拠ということだよ。それにしても、うちの高校で英検1級が18人だよね。準1級が50人と言うし」


「ところで、さつきはK大でも工学部の電気だよね。なんでかなと思っていたけど、例の彼氏の関係?」


「ぶっちゃけるとそうなんだけどね。修に付き合って、K大に出入りしていたんだよね。そうすると、修が真中さんに協力している研究があるから、そっちに行くでしょう。そして、私はK大を受けると言ったら、ぜひこの学科へということよ」


 さつきがそう言うが、WPC応用研究所の立ち上げの事業の一環として、修は毎週ベースでK大の中でWPCの回路学のセミナーをやっている。これの最初は50人位の出席者だったのが、毎回出席者が増えて、他大学研究所からの出席者が増えて、今ではK大の教官・院生は半分以下になって400人を超えている。


 そこで、大講義室で全体に対する講義を行って、後に50人程度ずつ専門ごとに分けて質疑応答をやっている。お陰で、修は京都での滞在は毎回1泊2日になっている。そこでは、すでに研究に着手されている、真中担当の家庭温度コントロールシステム、さらに黒田・諸屋カップルの水処理システムの助言をしているのだ。


 さつきも修に何度かは付き合って、真中の研究室を訪問して、女っ気の少ないそこでは大歓迎された。ちなみに、真中が持ち帰ったWPCの研究というか開発は、すでに真中担当でなくなって、研究室を挙げてのものになっている。


 そこに、現れたキーマンの修の姉、しかもK大受験希望ということで、石川准教授率いる電気工学科メカトロニクス研究室のアイドルになってしまったのだ。

 さらには、めったにいない発電WPCの活性化が楽々できる能力者と来ているから、その実の部分も魅力であることは間違いない。そうなると、さつきとしては電気工学科受験を断れなくなってしまった。


「ところで、京都の警備体制はどうするのよ?今のところは意心館もあって、家もがちがちだけど、京都では警備はしないということは出来ないでしょう?」


「うん、それなんだけどね。まあ、私は修の付録なんだけど、修はどうも世界で知る人ぞ知るという存在らしいわ。ウズベキスタンの騒ぎもウズベキの方から広まっているらしいしね」


「なによ、そのウズベキの騒ぎって?聞いてないわ」

「ああ、言ってなかったわね。あのウズベキスタンの美少女が修を訪ねて来て、それに魅かれてあいつがウズベキに行ったのは前に言ったよね?」


「うん、それは聞いた。なにか、その美少女は日本に来るとかね」

「それでね。修の一行が現地でイスラム過激派に狙われたらしいのよ。修と医療のWPCを狙ったらしいわね。車5台、30人位のバズーガ砲や機関銃を持った連中よ」


「ええ!大変じゃない。どうして助かったのよ?」

「修がWP能力で、車を土の柱で突き上げたらしいわ。それで、車の連中が気を失ってアウトよ」


「え、え!土の柱って何よ。WP能力って、そんなこともできるの?」

「まあ、修は出来るらしいね。これは秘密よ。まあ、そんなことを知られたら、何とか修を連れていきたいという国とか組織はあるわよね。私も捕まったら、その種にされかねない訳よ。とばっちりという奴よね」


「へえ!つくづくあなたの弟さんは、変態というか変人というか、何と言っていいか分からない存在だね」


「変人であることは事実だと思うけど、変態は違うと思うよ。まあ、それでね、京都の警備の結論は、意心館の京都支部を作るのよ。それで、ビルを買って道場は1階にして、私はその上に住むし、修も京都に来たときはそこに泊まるのよ」


「へえ!すごいね。その費用はみどり野製菓というわけにはいかないでしょう?さつきの家って、そんなにお金あるの?さつきとか修君の活性化のお手当と言ってもそんなにないだろうし……」


「ふふふ、秘密」

 笑うさつきに真理は言う。

「まあいいわ。でもそこビルなら部屋は沢山あるよね。私やら仲間が京都に行った時泊めてね」

「うん、まあ大丈夫よ

 “仲間”と言う親友の言葉に、少し複雑なさつきだった。



 僕は、成田空港のターミナルビルの入国ゲート前で待っている。午前8時着のウズベキスタン航空の到着便だ。今日は朝6時に車で家を出発して来ている。護衛は運転士して来た者を含めて3人だ。国際空港は、最も警戒すべき場所ということで、車で来たにも関わらず人数を増やしている。


 僕の護衛に関しては、僕を単に殺傷することを狙う者はいないと考えられている。だから、ありうるのは誘拐であって、僕が身体強化出来て、意心館に通っていることは知られているので、なかなか難しいターゲットだろう。

 更には、ウズベキから僕がやったテロ組織への反撃の結果が、壊れた車の映像を含めて裏の世界には流出しているので、猶更だろう。


 だから、基本的には新幹線、地下鉄など公共交通機関では、誘拐して連れ去るのが難しいので安全とみられている。連れ去るということでは、ヘリなどの狭い所で離着陸できる航空機が考えられるが、近傍の自衛隊には僕のためのスクランブル体制というのがあるらしい。


 いざというときはジェット戦闘機とヘリが出動して、逃げられなくして救出するということで、同盟国には知らせているらしい。そうしておけば、誘拐を企む国や組織にもどうせ情報は流れるので、歯止めになるということらしい。だけど、逃げるヘリに僕が捕まっているとして、どうやって止めるのかな?


 ひょっとして、攫われる位なら撃ち落とせっていうことかな?それは嫌だな。数千mの高さから落ちて、軟着陸はできるかな?意識があれば、出来そうな気がするけど、練習はできないしなあ。まあ、一番ありそうなのは車で連れ去ることだよね。だから、郊外がむしろ危ないと見られている。


 また、普通の状態で銃や刃物で脅して連れ去るのは難しいと、相手も考えているだろうと見られている。何たって僕は“魔法使い”だからね。だから、僕を気絶させるのが誘拐の第1歩だろうね。だけど、魔法使いを気絶させるってどうするんだろうね。


 ガス拡散は無理だろうな、僕は空気を操れるしね。注射も僕は悪意が解るからねえ。ありうるのは銃による麻酔弾の発射かな?でも、これも100m位だったら悪意の存在は解るからねえ。やっぱり、僕は誘拐のターゲットとしては結構厄介な相手だね。


 困るのは不特定多数を人質にされることだな。それとか、列車ごととか駅ごとを麻酔ガスで全体を眠らせるとか、あるいは破壊するとかだね。そこまでやらないと、相手の良識?に期待するしかないね。


 アジャーラがゲートに現れた。山積みの荷物のカートを押していて、隣に同じ位の身長の女性が歩いている。多分母親のベジータだろうが、村であったときは死相すら浮かんでやつれ果てていたが、元気でゆったり歩く姿に、その面影はまったくない。


 アジャーラはデニムのパンツに明るい色のシャツにジャケットで、化粧っけがなく色気のない服装だが、その抜群のスタイルの良さと整った顔立ち、生き生きした表情は多くの人が動くターミナルでも目立っている。


 また、横を歩くベジータも、地味なワンピースであるがまだ30歳代の半ばで、娘に似たスタイルの良さと整った顔だちでこれまた人目を引いている。

 アジャーラは、僕を見つけてニコ!と笑って手を振る。その華やいだ表情に僕はドキ!としたよ。だから、当然僕も手を振り返したね。そして、目の前に来た彼女が手を揃えて立って言った。


「お出迎え有難うございます。今後母ともどもお世話になりますが、よろしくお願いします」

 そう言って、折り目正しく一礼した時は本当にドキドキが高まった。


 そして、彼女は深く下げていた頭を横の女性と共に上げて、手も平を彼女に向けて僕に紹介した。

「オサムに助けて頂いた、母のベジータです」

 ベジータさんは僕の目をまっすぐ見て言った。


「アジャーラの母のベジータです。先日は、ご、ご挨拶もできずに、も、申し訳ありませんでした」

 そのように、たどたどしく日本語で言って再度深々と頭を下げる。彼女の目の色は茶色だから、ウズベキ族としては普通だ。


 それにしても、アジャーラの日本語は練習した成果だろうが、立派なもので訛りも余り感じない。流石に彼女は成績優等者で、日本に来るまでの3か月によほど努力したのだろう。


 タシケントには大学に日本語講座があってそこに通っていたらしいが、その成果が出ている。彼女には通っていた学校を辞めることになったために、その学費の納入のための1万5千ドルに加えて他の経費分も考えて3万ドルを送っている。


 航空チケットは、日本からオンラインで買ってメールで送っている。彼女には現地でスマホを買って与えているので、都度連絡を取り合っていた。彼らの家は残してはいるが、あばら家で実質無価値であるが、一応世話をしてくれた親戚に渡してきた。

 また、僕が言ったことであるが、親戚の女性にはまとまった金を贈ってきている。


 つまり、彼等は基本的に日本へ居を移す心算で来ている訳だ。そうするには、母のベジータさんには随分躊躇いがあったようだ。まあ、当然だよね。自分が生まれ育った場所どころか国を離れて全く分からない土地に行くのだ。それも、その人を娘は知っているが自分は全く知らない相手を頼ってのことである。


 だけど、その後訪れて地域の人を治療してくれた村田医師から説得されて同意したらしい。それは、僕のこと、そして娘のアジャーラが医療のWPCを活性化できるようになること、そしてその場合には十分な収入が得られることなどだそうだ。


 そして、彼女は娘がすっかり日本に行く気でいることを感じて、いずれにせよ娘とそのオサムという人がいなければ自分は死んでいたと、いうことを自ら得心してでの事でもあったらしい。それは、後に彼女が日本に慣れて日本語もそれほど不自由がなくしゃべれるようになって僕に語ったことだ。


 また、ウズベキの中央平原の田舎に生まれ育ち、主都のタシケントにも数回しか行ったことがなかった彼女が、タシケントのホテルに泊まり、国際線に乗って日本に来たのは夢のような出来事だったと言う。


 彼等はそれでも、思い出の品を含めて沢山の物を持ってきたが、アジャーラは7百ドルを超えるエクセスの料金を見て、大いに後悔したらしい。それを、彼女は家への車中で笑って言っていたが、彼女は僕が送った金は返す心算でおり、返せるように働くという決意の表れであろう。


 彼等の家は、我が家から近い2DKのマンションという名のアパートであるが、家賃で気を使わせないように僕が買い取っている。そのあたりは大きな公園もあり、田んぼも残っており、少し離れれば里山もある、だから、コンクリートジャングルのストレスになることはないだろう。


 彼等のビザはウズベキの厚生省と日本大使館に世話になったが、アジャーラは留学、ベジータさんはみどり野製菓で雇用することになっている。ちなみに、ウズベキスタンの政府は、寄付された10台もの医療用のWPCに大喜びであった。

 だが、反面アジャーラという優秀な人材を手放すことに渋ったものの、それが決め手で日本に来ることを了承している。


 また、その政府はCR-WPCとIC-WPCの各2台を、近隣の中央アジア諸国(○○スタン国)への貸し出し用に確保して、空軍機で各国に貸し回すことで、大いにそのプレゼンスを高めているようだ。


 アジャーラは自分で活性化できるようになったら、帰って医療用のWPCを活性化して寄付したいと言っている。でも僕は、彼女を帰すつもりはないよ。多分そうやって帰って現地で活性化したら、彼女は二度と国を出られないだろうさ。使えるWPCを作って送ってやればいいんだよ。


 彼女は、当面姉さんの通っていた東部村山高校に、留学生ということで通い始めた。歳からすると2年生だけど1年生だ。うう、僕も通いたい!それと、ベジータさんはみどり野製菓で実際に働いている。


 みどり野製菓はおばさん社員が多いけど、その多くは『美味しくなーれ。皆が明るく健康に!』と念を込める役だから、ベジータさんも十分機能するのだ。

ともあれ、アジャーラの居る生活が始まったよ。

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